8章-(6)諦めは正しいのか
「言いたいこと言ったんならさっさと帰れば? 整備の邪魔だから」
エレンはレミリオを冷たくあしらうように言い放つ。
「おいおい、俺はお前に会いに来たんだぜ? 少しくらい話し相手になってくれてもいいだろ?」
「二度は言わない。仕事の邪魔。話すことなんてないから」
「つれないねえ……飛べもしない鉄くずと語り合うのがそんなに楽しいのか?」
ぴたり、とエレンの動きが止まる。
「おっと気に障ったか? だが事実だろう? 親父さんが一生を掛けて直そうとしたその飛行機とやらは、結局親父さんでも直せなかった……転生者さんご一行を乗せて飛ぶつもりだろうが、飛べるのか? 親父さんのいない、お前一人で?」
エレンが、振り返る。
レミリオを嘲笑う、悪い笑みを浮かべて。
「ごめんね? あたし、父さんよりも才能あったみたいでさ」
「というと? 直ったってのか? その飛行機? 一度完全にブッ壊れたって聞いたが、お前一から完全に作り直せたってのかよ? あの親父さんもいないのに?」
「……明日、またここに来たらわかるよ。こいつが大空を飛ぶ所、見せてあげるから」
「いいねえ。楽しみだ……明日の午前8時。ベーコンと卵のサンドを肴に、お前のマシンが飛ぶ所を見物させてもらおうか?」
「特等席を用意してあげるよ。アンタのアホ面を空から見下ろすのを楽しみにしてる」
「イカレた提案だなあ……いいねいいねえ。この時期に飛ぶなんて正気の沙汰じゃあねえ……やれるもんならやってみな。お前が泣きを入れるのを楽しみにしてるぜ?」
レミリオの言葉を、エレンは振り切るように「フン」と鼻を鳴らし――黙々と機体の整備作業へと戻った。
「素直じゃないのが欠点であり魅力だ。どうしたもんかねえ……」
クスクスと笑うレミリオ。困った様子すらなく、余裕の表情で。
「なに、アンタら昔から知り合いなの?」
マーリカが興味津々といった様子でレミリオに尋ねる。
そういう出歯亀根性丸出しで尋ねるのはどうかと思うが……でも、ちょっと興味はあるな。
「あの子の親父さんと知り合いでね。そこから、あの子にも興味が出てきたって感じだ」
「ふーん。でもさあ、さっき聞いたけどエレンってまだ15歳なんだってさ。アンタ、若い子が好きなタイプなの?」
「俺の年は18だが……15の子を口説くのはそんなに変かな?」
――18っ!? ティーンエイジャー!?
驚きのあまり、俺はつい声に出してしまった。
「……そうなんだ。何故か10歳以上年上に見られることが多くてな。大人っぽいと言われたと喜ぶべきか、フケ顔と悩むべきか……」
指名一位になれない理由を自嘲気味に語るホスト風なことを言いながら、レミリオはクスリと笑う。
……こんな奴が俺の2歳上? 異世界って時間の流れ自体がおかしいんじゃねえのか?
「18歳なんだ? んじゃあ、普通かなあ……?」
――えっ、普通なの? 俺の元の世界じゃ、最悪大学生と中学生が付き合ってるってことだから割とアウトなんだが。
「転生者さんの世界じゃあマズいのか? 俺達の世界じゃあ15歳以上は成人って扱いだから、3歳差なんてのはたいした問題じゃねえんだけどな?」
――まあ、俺のいた世界でも成人したら2~3歳差なんてのは誤差扱いなんだが……
「そっちじゃいくつで成人するんだ?」
――20歳からだが……
「遅っ!!」
「つまり、20歳になるまで大人とすら見られないってことか……辛いねえ、それは」
マーリカとレミリオから同時にツッコまれる。
……どうもこの世界は俺の住んでいた世界よりしっかりした子供が多いらしい。
俺の世界じゃハタチ超えてもドリーミンな事を語る奴は少なくないが、マーリカの話ではこっちの世界は10歳を超えれば誰もが大人びた考えを持つようになるのだとか。
俺達の世界より経済や政情が不安定であるからこそ、死が身近にあるらしく、それゆえに精神年齢が俺の世界より10近く上になるらしい。
……てことはエレンの精神年齢が25歳。レミリオは28歳ってことか……あれ? そんなにおかしくないような……
「おかしくはないさ。俺達が愛し合うことに何の問題はない。なあエレン?」
レミリオがそう水を向けても、エレンはまるで何も聞こえてないと言わんばかりに、黙々と複葉機の整備をしていた。
「……一途だねえ。親父さんの機体を、それほどまでに大事にするってのは」
「アンタには関係ない」
「そりゃそうだ。俺はお前達の一家じゃない、赤の他人だしな」
「…………」
「……他人だからこそ言える事もある」
ふう、とため息を吐き、レミリオは続ける。
「親父さんの意思を継いだ。そいつは立派なことだ。大したことだと思うぜ?
けどな……それはお前の意思と言えるのか? お前は、親父さんに振り回されているだけじゃないのか? 亡くなった親父さんの幻影を追って……お前自身は……虚しくないか?」
「……大きなお世話」
「だな。職業柄、誰かの世話をするのは慣れているからな……気に障ったなら謝る」
ぴりぴりとした雰囲気で整備するエレンとは対照的に、レミリオはゆったりと複葉機に背を預け、ゆっくりと口を開く
「夢や希望を語るのは結構だ。それに向かって努力することもな……だが、俺はそういう輩を見るたびに、少しだけ不安な気持ちになるんだ」
――不安?
「そう、不安だ……本当に、その夢はお前にとって正しい道なのか、とな」
…………
「わからないか? 転生者? 夢を追うってのは素晴らしいことだ。だが、その行き先は必ずしもそいつにとって正しい方角とは限らないんだぜ?」
深く、ため息を吐き、レミリオは続ける。
「“昔からの夢を追い、努力の末にそれを叶える”……最高の美談だよな。そういう内容の本は良くある。ドラマ・小説・ライトノベル・漫画……あらゆるエンタメでもてはやされる題材だ」
レミリオはため息を吐く。
まるで……現実という皮肉を、嘲笑うかのように。
「それでも俺は、そういう美談ってのに疑問を呈さずにはいられない……昔からの夢を追うってのは、そんなに素晴らしいことなのか……?」
複葉機にもたれかかりながら、レミリオはこの世の常識と逆行することを平然と語り続ける。
「夢を追うことは素晴らしく、それを諦めるのは妥協と同じ……そう考える奴が多いんだよなあ、最近。だが、夢なんてのは曖昧でな、年齢ごとにコロコロ簡単に変わったりするんだよなあ……ガキの頃の夢を律儀に追い続けるやつなんていない。人によっちゃあそれを悲しむ奴もいるが、俺はそうは思わない」
レミリオは両手を広げ、まるで演説をするかのように、大仰に自分の意見を語る。
「ガキの頃の夢を諦めて、それでも新しい夢を見つけてさ、嫁さんと子供をこさえて幸せそうにしてる奴なんてのは、意外とよくいるんだぜ? そういう奴に対して“妥協”なんてことが本当に言えるのか? 夢を諦めたとしても……別の新しい夢を見る事は出来るし、叶えることはできる。俺はそう思う……“夢は1つきりじゃねえ。夢は無限に存在する”。俺はそう思うんだ」
エレンが作業の手を止め、レミリオの言葉に耳を傾けている。
レミリオはそんな彼女を視界の端で見て、少しだけ肩をすくめた。
「……夢を諦める。そいつは本当に悪いことなのか? 俺は“悪”とは思わない。1つの夢を諦めることで、無数の“可能性”が生まれるからだ。
1つの夢を追い続けるってのは美談だ。だがそれは、たった1つの夢に縛られ続けることに他ならないんだぜ? 人には可能性がある。何十、何百と、選択によって枝分かれするあらゆる未来が。
それなのに、たった1つの夢に縛られてどうすんだ? “夢を追い続ける事は正しくて、それができない奴は負け犬”……そんな固定概念に縛れてるんじゃねえか? どいつもこいつもよ……勝ち負けなんてのは所詮他人が勝手に貼るレッテルの1つに過ぎない。要するにだ……夢を追うなんてご大層な事言ってる奴は、結局は他人の勝手な理想と価値観に踊らされてるだけなんじゃねえのか……?」
……こいつは。
こいつの言っていることは……正しい。
だが……どこか、悲観的で、聞く者の希望をへし折ろうとしているような意図が……なぜか見え隠れしている……
「1つの夢を諦めない。そいつは1つの夢の代わりに、無数の可能性を殺す事と同じだ。
“諦める事は悪”なんて、くだらねえ他人の価値観に踊らされてよ……若い頃の夢を諦めて、『あの頃こうしてればよかった』なんてジジイはよくみるけどよ、そういう奴ってのは意外と幸せそうな顔してるんだぜ?
……そういう奴に比べて、夢を追い続けて叶わなかった奴は悲惨だ。誰にも認められず、生活も安定せず……不思議だよなあ。そういう一番に同情するべき奴に対して、どいつもこいつも“自業自得”としか言わねえんだ。“夢を追う事は素晴らしい”なんて道徳の授業じみたことほざいてたくせによ? つまづいた奴には誰も見向きしないんだぜ?
……わかるか? “夢を追うことは素晴らしい”ってのは、どっかの馬鹿が作り上げた理想でしかない。“夢を諦めなければきっと叶う”。そんなどっかの馬鹿がほざいた夢物語に踊らされるなんて馬鹿げている。
……たったひとつきりの夢に縛られ続ける気か? 自分の無限の可能性をひとつきりの夢のために犠牲にするのか?
なあ? “夢を諦める”ってのは、そんなに悪いことなのか……?」




