8章-(4)亡き父との勝負
――アーティファクト……?
「その類いじゃないかなあ。うん」
マーリカが腕を組み、そう結論づけた。
他ならぬ、あの複葉機について。
「この世界の外、あたし達にとって異世界の技術で作られたもの。それを総称して“芸術品”って呼んでるのよ。どうやって作られたのかわからないもの、または何に使うかまったくわかんないものを〈芸術〉っていうおおざっぱなくくりで分類してるってわけ」
マーリカの話では、この世界には異世界の技術で作られた物品をよくそう称するらしい。
あの複葉機を始め、空中浮遊都市ウィンデリアの空を飛べる動力。身近な例で言えばマーリカの持つウロコ状の刃を持つムチもその“アーティファクト”の一種なのだとか。
一見してこの世界は中年ヨーロッパ風だが、時々この“アーティファクト”をお目にかかることがあるようだ。マーリカ曰く、「転生者が持ってきた漫画とかアニメ、映画はこっちでかなり人気でさー」とのこと。異世界ってか異次元だな。もはや。
……現在の状況を説明しよう。あの複葉機の整備をしていた少女、エレンの自宅で地元特産の茶を飲みながら、俺達は得られた情報から今の状況を整理している所だ。
――あの飛行機はおよそ100年前に主流だったタイプの飛行機だ。俺が住んでいた世界ではな。
「たぶんアンタの世界の100年前の転生者が持ってきた乗り物なんじゃないの? 転生者って、あたし達の世界じゃけっこう前から召喚されてるしさ」
――100年前の転生者の乗り物……マジかよ……
俺は、あの複葉機の所有者であるエレンへ真偽を求める視線を向けた。
だが、彼女は不愉快そうに鼻を鳴らし、俺を無視してマーリカとセイへ話しかける。
「あれは爺ちゃんがどこかから手に入れた機体。悪いけどそれ以上の事は知らないし、興味も無いから」
――お前の爺さんは転生者と親しかったのか?
「…………」
俺の質問を見事に無視しやがるエレン。
代わりに、マーリカが口を開く。
「エレンちゃんのお家は、転生者と関わりが深いの?」
「そういうわけじゃないよ。爺ちゃんが、そういう人とよく交流してたってだけだから」
――おい、さっきから俺だけ無視か?
俺が抗議の声を上げると、エレンは当たり前だといわんばかりに、もう一度鼻を鳴らす。
「人の頭に股間ぶつけてくる奴に話すことないから」
――ぶつけてきたのはお前だろうが!
「アンタの方でしょ? 下に人がいるかどうか、遠くからでもわかると思うけど?」
――それを言うなら、機体の下から出てくる瞬間、俺がいることもわかったと思うんだけどな?」
「……フン」
――チッ。
俺とエレンは、ほぼ同時に不愉快を示すリアクションをした。
「めんどくさいなあ。お互いがお互いを“悪かった”って言えば済む話でしょ? こんな時に仲違いしてどうすんのよ?」
マーリカが仲介に入るが、エレンはそれでも納得しない。
「人に自分の股間を押しつけるような変態に、なんでわたしが謝らなければいけないわけ……?」
なるほど、理解はできる。
納得はできないが。
――ぶつかってきたのはお前だろうが。
「あんたでしょ!?」
お互い意見は平行線かよ。めんどくせえ……
「本題に入らせてもらうけど、あのヒコーキってやつ、動かせるの?」
マーリカが問うと、エレンはしばし逡巡したあと、頷いた。
「父さんがいなくなってから、わたしが整備してるけど……大丈夫、だと思う」
――父さん。父親が元々整備してたのか……?
俺の問いに、エレンはやはり答えない。めんどくせえな本当に……!
「えっと、そのお父さんの代わりに、アンタが整備してるってこと?」
「…………まあね」
マーリカの問いにだけ、エレンは答えた。
「父さんは最低だった。いっつもあのボロい複葉機ばっかりいじってて、母さんのことをまったく見ていなかった。
……母さんがわたしを連れて家を出た時すら、わたし達を追うことすらせず、ずっと複葉機ばかりをいじってた。“俺が必ず飛べるようにしてやる”なんてのが口癖でさ……本当に馬鹿みたい」
エレンはため息を吐き、再び口を開く。
「……でも、父さんは飛べるようになるまで整備できなかった……大きな怪我を負ってさ。治癒魔法ですら治せない、かなりの大怪我を負ったんだ。
……最低だけど、ちょっとだけ期待したんだ。これで、母さんやわたしに振り向いてくれるかも、って……
でも、あの人は最後まであの人だったよ。あたし達が面会に行っても、ずっとあの複葉機のことばっかり……最低。そう思った。なんで母さんの思いをわかってくれないの? なんで結婚したの? ……そのまま死んじゃえばいい。 そんな事も、思った」
いつまでも親に認められない、そんなやりきれない、思い。
だが……その時エレンは、笑みを浮かべた。
“仕方ない”と言わんばかりの、全てを許す、笑みを。
「あの人、本当に馬鹿でさ。40年前、爺ちゃんにあの複葉機に乗せてくれたことばっかり病室で話すの。初めて地上を離れた時どうだったか、あの複葉機のエンジンがどんな音を出したか、空を飛んでいる時の爺ちゃんがどんな顔をしていたか……わたしや母さんのことはそっちのけで、そんなことばっかり。
本当に、最低。結局さ、死ぬまで、わたし達へはろくに話さないし……複葉機のことばっかりで……わたし達と正面から話す気も無いの? なんて情けない……そう思った……だけどさ」
エレンは、クスリと再び笑みを浮かべた。
「嫉妬かな……母さんやわたしなんかよりも夢中になれる複葉機。飛行機。そんなにすごいのかなって、空を飛ぶってそんなに良いのかなって、そう思ったんだ。
証明してやろう……そう思って、あの複葉機を受け継いだ。家庭を、母さんを、わたしを捨てて、それでものめり込めるほどあの複葉機に魅力があるのかってさ。
これはわたしと父さんの勝負。複葉機を直して飛んで、それでも“こんなもんか”ってなったらわたしの勝ち。わたし達に向き合えなかった父さんが弱かったってこと……でも」
エレンは、本当に楽しそうな、輝くような笑顔を浮かべて見せた。
「もしもさ。“空を飛ぶ”ってことが、本当にわたし達よりも優先するくらい、それくらいすごい事ならさ……許せるかもしれない。父さんを。
……これはわたしと父さんの勝負。あの複葉機を飛ばして、空を飛ぶことがなによりもかけがえのないことだとすれば……母さんがお酒を飲むたびに話してくれる、父さんが本当にいい男だったんだって、そう認められるからさ」




