8章-(3)飛行機と少女
「ま、こんな所かな? 特に問題なく事は運んでるかもね?」
マーリカの発言に、ジュンがふと口をはさむ。
「……上弦国が派兵してきた事は、あなた達にとってマズい事じゃないの?」
上弦国。同じ転生者であり、“七罰”の一人であるレンが治める国だ。
リントとの戦いの最中、あの男とは一度も連絡を取ってはいない。
……リントを倒した後も何の連絡もない所を見ると、レンはおそらく俺を敵として扱っているのかもしれない。
まだ味方として見てくれているなら、リントとの戦闘後に何らかの接触を図ってくるはず。それもなく、あげく派兵するということは……奴が俺をどういう風に評価しているのか、おのずと理解はできる。
奴は決断したのだろう。
俺を、ナインズを敵として扱うと――
「……予想通りよ。なにもかも、ね」
ニヤリと笑うマーリカ。
真偽を読み取ろうとしたが……マーリカの仮面のような笑みからは、ついに何も読み取ることができなかった。
「世界を相手に宣戦布告した組織。流石というべきかもね……」
ふう、とジュンはため息を吐き、再び口を開く。
「……1つ聞きたいのだけど……どうしてあなた達はセイを守ろうとしているのかしら?」
それは俺も聞きたい。
だがこれはマーリカも本当に知らないらしく、ジュンの問いに曖昧に応じるのみ。
「さあね? あたし達の活動に何らかのプラスになるって、上の連中がそう思ってるってだけじゃないの? あたしやソウジは命令に従うだけの下っ端だから詳しい事は全く知らされないんだよね」
「……とりあえず、この子は大切に扱ってくれるのよね?」
セイの頭を撫でながら、ジュンは尋ねる。
「そりゃもう! 高貴なお家柄は使い勝手も……もとい! こんな小さいお嬢サマを放っぽったら危ないじゃん? 他の奴に儲けられたらムカ……もとい! 与えられた使命を果たすためにも、お嬢サマは全力で守るわよ! も、もちろんお金とか抜きに!!」
本音を所々ダダ漏らしながら、マーリカはキリッとした顔で応じてみせた。
……いや、もう言い繕うの無理じゃね?
ため息を吐く俺をよそに、ジュンは楽しげに笑った。
「あなた達なら大丈夫そうね……頼んだわよ、この子を」
ジュンはマーリカを見ず、俺をまっすぐに見据え、手を差し出した。
――結局何者なのかはわからんが、こんな子供を傷つけさせはしない。
俺はそう言い、ジュンの右手を強く握り、固い握手を交わした。
何故か俺とジュンの握手に、セイまで右手を添えて満足げにしていたのは最後まで謎であったが。
「しっかしどうしようかなあ? 駅馬車が駐まってる場所だってのに馬車1つも残ってないじゃん? 距離稼ぐために乗るつもりだったんだけどなあ……」
マーリカがため息を吐く。
昨日のジュンの騒動で、駅馬車の停留所にいた馬車は軒並みその姿を消していた。強引に別の場所へ出立した馬車もあれば、馬が驚いて逃げ出したため、馬のいない荷車のみが残されているものもある。
「ナインズは魔人達の味方って聞いたけど、それは魔人達を助けるため? ここから遠い魔人達の集落へ、異端狩りの兵が向かっているって話だけど……」
――必ずしも魔人の味方ってわけじゃない……いや、ちょっと待て。今なんと……?
ジュンは俺の問いにやや戸惑いながらも、もう一度言った。
「魔人を狩る異端狩りの兵が魔人達がいるって噂の場所、ジヨウ高原へ向かってるって……街の人達から聞いたんだけど……」
――マーリカ。
「うん。あたし達の使命、“啓蒙”を果たすのにピッタリだと思うよ? 理由無く狩られる魔人達を助ければ話題にも上るだろうし、6大国に不満を持つ魔人達を味方につけられる。一挙両得って感じ?」
――で、どうする?
「お馬さんがいないとどうしようもないのよねえ……一両くらい残ってないかなあ……」
俺達はジュンと別れ、駅馬車のあるエリアをひたすら歩いた。
とはいえ開けた場所なので、一目見て馬車がないのは明らかだったのだが。
「……あのさ、町長の家突撃してさ、今すぐ馬車用意しろって言えばさ……」
――無理だろ。今厩の方を見てきたが、馬が一頭もいなかったぞ。
「んぎぎぎ……せっかくのチャンスなのにい……」
諦めムードでマーリカと話していた時、先を歩いていたセイが突然走り出した。
――おい、勝手に変なとこ行くなよ。
彼女の後を追い、曲がり角を曲がる。
すると。
俺の視界に、あり得ないものが現れた。
――複葉機!? なんでこんなものが、この世界に……?
街外れの小さな野原に、シュールに佇む二枚羽のプロペラ機。
赤くペイントされた機体の端々には、月日を感じさせるサビが見て取れた。
だが……中世丸出しのこの世界で、なぜこんなレトロな飛行機が……?
「フクヨーキ? なにそれ?」
――飛行機の種類の1つだ。
「ヒコーキって?」
――空を飛ぶ乗り物だが……
「は? あんな鉄の塊が空を飛ぶっての? 冗談もたいがいにしなさいよ」
なるほど、この中世丸出しの世界の人間ならそういう反応するだろうな。
俺は簡単に、飛行機が飛べる理屈を語って見せた。
しかし、俺の説明の仕方がマズかったのか、聞き終えたマーリカは俺を小馬鹿にするような表情を浮かべた。
「……揚力う? 翼の形状で発生する空気の渦と、そこから生まれる気圧差で空を浮くって……アンタさあ、ホラ吹くならもっとマシなこと言えば?」
――嘘じゃねえわ! 飛んでるわ! 俺の世界じゃあの複葉機以上のデカい奴もバンバン飛んでるわ!
「だいたい気圧って……空気に重さがあるってこともよくわかんないのにさあ。そんなことホントにあるの? こじつけにしか聞こえないんだけど? ねえ?」
マーリカがセイに同意を求めると、セイもまたマーリカのような笑みをニヤニヤ浮かべた。
「鳥じゃあるまいし、こんな鉄の塊が、空気の流れ程度で浮かぶわけないでしょ? 今ならごめんなさいすれば笑って許してあげるわよソウジ?」
――いやだから、船だって鉄製でも水に浮かぶだろ? 水が空気に置き換わっただけなんだよ、気圧ってのは。だからその気圧が――
「船は木製でしょ? 何言ってんの?」
く、クソ! この世界じゃ鉄の船すら存在しねえのか!? 説明のしようがねえよ……!
……なんか、こう正面から堂々とこじつけって言われると、なんとなく俺が間違っているような気さえしてくるな。
あれ? なんで飛行機って飛べるの……?
「よし、んじゃあ真偽を確かめるために、この鉄のオブジェ調べないとね。というわけで行け! お子様調査隊!」
「!」
マーリカがセイを持ち上げ、コクピット付近へとよじ登らせた。
――お、おい待て! これ誰かの持ち物じゃねえのか!? 勝手にいじくったら――
「ちょっと誰!? わたしの機体にちょっかい出してるの!?」
複葉機の下からの声。
同時にそいつは、複葉機の下から勢いよく姿を現したため。
セイを下ろそうと複葉機に接近した俺の下腹部にぶつかった。
下腹部。
正確には……股間を。
――おッッッッ…………!!
名状しがたい、せり上がるボディブローの如きえぐるような深い痛み。同時に現れる切なさ、わびしさ。そして哀しみ。
悲痛。男子ゆえの悲しき痛みに、俺は草がまばらに生えた野原の上でもんどり打つ。
だが、痛みが収まるにつれ、俺の股間を強打した奴の姿も冷静に見れるようになった。
「なんか変なの頭に当たったあああああああっ!!」
作業着姿の、赤い髪をした少女が、額を押さえてもんどり打っていた。
……彼女の名は、エレン。
お互い冷静になった時、彼女自身の口からそう聞いた。




