8章-(2)戦の気配
「あら、可愛い服買ってもらったわね」
店から出てすぐ、通りがかったジュンと出会う。
セイは彼女の姿を見るとすぐに駆けより、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
――何してるんです? 仕事ですか?
「後片付け。あと敬語とかいいよ。いろいろ迷惑かけちゃったしね」
ジュンは笑い、家の梁にでも使うような巨大な木材を3本、右手だけで抱え上げた。
どうやら、彼女は今自分の能力で壊してしまった家屋の修繕を手伝っているらしい……あの細い腕で5、6メートル近い木材をよく平気で運べるもんだ。すげーな、転生者。
ちなみに、あの騒動で奇跡的にも死人は一人も出なかった。逃げ遅れた揚げ団子屋のオヤジが跳んできたガレキで大怪我を負ったらしいが、聞いた被害はそれくらいだ。街の中心からやや離れた駅馬車のあるエリアだったのが幸いしたのだろう。
「……少しずつだけど、自分自身を受け入れていこう、好きになってみよう。そう思っているんだ……こんなわたしにも、手を差し伸べてくれた子がいるからね」
ジュンが左手でセイをなでると、セイは照れくさそうにはにかんだ。
――修繕を手伝った後は? まだ街に残るのか?
「それもいいけど、しばらく一人で旅を続けてみようかと思ってね。今までのこと。これからのこと。ゼロから立ち返って考えて……そうすれば、少しくらいは自分を許せるようになるかなって」
――なら――
「ウチの組織に来る気なあい?」
俺の言葉を遮り、マーリカがジュンをダイレクトに勧誘。
「ウチってば慢性的に人手不足だしさあ? あなたみたいな強~い転生者なら大歓迎なんだけどなあ?」
「ナイトオブナインズに、ね……」
ジュンはしばらく考え、やがて笑みを浮かべ、やんわりと拒否した。
「この世界の問題。あなたたちの活動の意義。よくわかるけど……ごめんなさい。今は自分自身の整理をつけるのが一番だから」
「ええー……あ、じゃあさ、気が向いたら連絡してちょうだい? とりあえず、ウチの組織の窓口になってる情報屋の名前と居所教えとくからさあ」
やけに食い下がるマーリカ。俺はその理由について小声で尋ねる。
(……ああいう自己肯定感の低い奴って使い勝手いいのよね。うまーく調教してやれば、従順な狗に仕上がるからさあ……)
なるほど。
――ナインズの事は気にするな。あんたはあんたの道を行け。
「ちょ、ちょっと!?」
マーリカの抗議を無視して俺はジュンにそう言った。
ジュンは笑い、しかしすぐに真剣な眼差しを俺に向ける。
「……あなた達ナインズの行く道はこれから困難を極めるでしょうね。時を経るごとに、戦の臭いが濃くなってゆく……」
彼女は背後へ軽く視線を向ける。
目を向けると――鎧を着た大勢の兵士達が馬を下り、馬に括っていた荷物を外している様子が見えた。
なんだ? ジュンの騒動を聞きつけて今さら駆けつけた……ってわけじゃないよな……?
「ナインズの拠点、シパイドへ向かう兵達みたいよ?」
――なに……!?
「ウィンデリアとニルディン以外の、4大国それぞれが兵を組織して、大規模な連合軍を向かわせているみたい。いくつかのルートに分隊を振り分けて、陸から海からシパイドを包囲するって聞いたけど」
マジかよ……大丈夫なのか?
マーリカにそう尋ねても、彼女は余裕の表情を崩さない。
「行動が早かったのは意外だけど、ま、予想範囲内よ」
――俺達はこんな所にいていいのか? 軍がシパイドに向かってるんだぞ?
「なんで? ラースやシュルツ、ダンウォードおじいちゃんも揃ってるってのに、負けると思う?」
俺はため息を吐き、最も懸念するべき問題を口にした。
――軍の中に転生者が混じってるかもしれねえんだぞ?
「ああ、そういうこと……」
――この世界の国では、転生者を囲い込んで積極的に戦力に組み込んでいると聞いた。魔人や転生者を同じ人とも思わない、この世界の連中なら、喜んで戦いに投入するとは思わないか?
「その懸念は当然だけど、まあ大丈夫よ」
――その根拠は?
「今回差し向けた連合軍に転生者は投入しない……いや、“できない”っていうのが正しいかな?」
――どういうことだ?
俺がそう問うと、マーリカは得意げな顔でその理由を解説した。
この世界の連中が転生者を差し向けない理由。簡単に言えば、それは“転生者を恐れている”からだという。
国に属する転生者達が相手にしてきたのは、人に危害を加える魔獣や魔人、あるいは大規模な賊……いわばわかりやすい敵、「悪者」であった。
だが俺達ナインズは、これまで彼らが相手にしてきた「悪者」とは少し異なる。宣戦布告をした理由の中に、これまで大国が行ってきたことへの反逆という側面があるからだ。
転生者を差し向けた場合、もしその転生者がこの6大国に少しでも疑問をもっていたら? あるいは差し向けたことで、ナインズ側から6大国の矛盾について知らされ、考えを改めてしまったら?
……最高の戦力である転生者達の裏切り……そんな最悪な展開となる可能性があるのだ。だから6大国側は保有する転生者を投入しない。
それに、転生者は保有するだけでも国としての示威を見せられる。〈異世界征伐〉という共通目的があっても、他国からの裏切りを警戒しているようだ。
よその国を心から信頼するなどありえない。それは自立した国家が持つ当然の心構えらしい。
転生者を動かすには細心の注意が必要。転生者という存在を恐れるが故に、頼っているが故に動かせない。連合軍に転生者が投入されないのはそういう理由らしい。
……なんか、俺のいた世界で言うところの核ミサイルみたいな立ち位置だな。
「転生者がいないなら攻めこまれても負けることはないでしょうよ。つか、ラース一人ででも片付けることできるんじゃない?」
――そうだな。だが……6大国側は勝てると思ってるのか?
「ていうと?」
――ラスティナは自分の力をあの議場で見せつけた。転生者並の力を持っているとな。なら、6大国側は転生者を含めずに勝てると思っているのか? 勝算もないのに大規模な派兵なんてしねえだろ?
「うんうん。そこまで考えられたのは褒めたげる」
子供扱いするマーリカにうんざりしつつ、俺は問いへの答えを促した。
「流石に正面から戦いを挑むほどアホじゃないわよ。大規模な派兵。そしてシパイドの周囲を囲むように兵を展開……考えられるのは物資の流通をせき止める“兵糧攻め”でしょうね」
――兵糧攻め……そのための兵か……!
「あたしらの領地は伯爵のお城にショボい港町だけだしね? 協力してくれる魔人達や、6大国に不満のあるレジスタンス連中からの物資がなくなると大ピンチかなー」
――おい、だいぶヤバイんじゃねえのか、この状況は……?
「だから、最初に言ったでしょ? 予想範囲内なのよこの展開は」
マーリカは、腕を組みながら冷酷な笑みを浮かべる。
「手はだいぶ前に打ってるのよ? そのために“7”がいる」
――ナインズの“7”か? 確か別件の任務についているとか……
「“7”の役割は他国の情報収集および攪乱。6大国のうちのどこかの国のお偉いさんに渡りをつけて、ちゃんと兵糧攻めの抜け道を確保したって言ってたわ」
――俺はそんな話聞いてないんだが……
「アンタに通信ピアス渡す前の話だからね。アンタ、伯爵に召喚されてから2週間近く眠りこけてたからさ。その間に色々動いていたのよ?」
そんな前から……いや、2週間も寝てたのか俺。
「死んでるのかと思ってたけど、普通に元気に起きるからちょっと驚いたわ。転生者の肉体って便利よねー」
そうか? と俺はジュンに視線を送る。
ジュンは困ったように、少しだけ肩をすくめてみせた。




