7章-(7)おまけの寸劇
……そして俺は、ため息を吐いた。
ここは大衆浴場。今は誰もいない。いわゆる貸し切りってやつだ。
あのデカい影を片付けた後、街の人達は俺達を英雄のように讃え、なんだかやたら豪華な食事まで用意してくれた。
……あのシパイドの事もあって素直に口に運べなかったが、マーリカ曰く毒は入っていないようだったので、心配しながらもありがたくいただいた。
その後、さらに風呂も入って行けと言われた。
あの影が消えても、なぜか臭いだけは取れず、ドブに酢と残飯を加えて仕上げに濡れた犬の臭いをトッピングした鬼畜臭がずっとまとわりついている状態だ。
とてもありがたい話だったが……またなんか、さすまた持った連中とかが湧いてくるんじゃないだろうな?
二、三度周囲を見回したが、敵の気配はゼロ。
静寂に俺は安堵し、この脱衣所でようやく服を脱ぎ始める。
「まだなんか心配してんの? 大丈夫だって! ここの連中から敵意は感じなかったしさ」
――敵意。そんなのも感じられるのか、お前は?
「んー、まあ気配っていってもさ、目配せとか動きとか、まあ全体的な雰囲気なんだけどね? 曖昧な雰囲気を信じ込むのもどうかと思うけど、まあ問題ないっしょ?」
――問題ないってのは? 連中が俺達を罠にはめようと勝てるってことか? そういうのは“過信”って言うんじゃねえのか?
「……じゃあ逆に聞くけど、またあのシパイドの時みたいになって、アンタはあの時みたいに何も出来ないと思う?」
――あの檻からは出られる……血の霧が使える今なら……
「そういうこと。連中が何企ててようがさ、今のアンタなら、あたし達なら余裕で勝てるってわけよ。だから鷹揚としてなさい。敵がいれば、あたしが教えたげるからさ」
――そりゃありがたい。
「どういたしまして」
お互い笑い合い、そして、俺はマーリカに言った。
――マーリカ。
「なに?」
――お前がいてくれて本当にありがたいと思ってる。
「なによお? 改まって?」
――ありがたい。本当にありがたいんだ。でもな?
「うんうん」
――ここ、男湯なんだわ。
「うん。で?」
――出てけやあああッッ!!
俺はマーリカのワンピースを掴み、あらん限りの力で脱衣所の外へとブン投げた!
「なにすんのよお! 服伸びたらどうしてくれるわけー?」
――知るか。買い直せ。二度と男湯の敷居をまたぐな!
「どうせ貸し切りなんだしさあ? 混浴しても問題ないじゃん? ほら、お互いの絆を深めるために裸のつきあいみたいな?」
――親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってるか?
「知らないし親しき仲なら礼よりも欲に正直になったほうがよくなーい? 正直になりなよソウジ?」
――じゃあ正直に言うわ。どっか行け。俺の半径1キロ外へ離れろ。それが今の俺の心からの欲求だ。
「ちょ、礼儀はどこ行ったのよ!? ここまで一緒に頑張ってきたのにひどくない!?」
――親しくないし、親しくもなりたくない奴に礼を払う義理なんてねえ。次男湯に紛れ込んだらハンマー投げの要領で全力でぶん投げるからな!
俺はそうマーリカに言い放ち、脱衣所の扉を閉めた。
まったく……からかってるつもりなのかなんなのか知らないが……はた迷惑な……
俺は再び服を脱ぎ、パンツと肌着のみになる。
肌着を脱ぎかけた時、気づいた。
隣でごそごそ服を脱いでいる奴。
砂色のボロいコートを脱ぎ、同じく肌着と下着のみになる少女――セイの存在に。
――ぬあああああッッ!
俺はセイにボロいコートを着せ、あらん限りの力で脱衣所の外へぶん投げようとして……思いとどまって外へソフトランディングさせた。
「ちょっと! あたしと扱い違い過ぎないそれ!?」
――うんマーリカ。お前とは体の作りから違うから、この子は。
「てか、なんでソウジと一緒にお風呂入ろうとしたの? アンタは?」
マーリカの問いに、セイは視線を外し、あさっての方向を見つめる。
「……あー、そっか。あたしがさっき“お互いの絆を深めるために裸のつきあい”とか言ったからかな? 仲良くなるためには裸になるしかないとか思い詰めちゃったのかな?」
セイは一瞬ギクっとした表情をしたが、また無言で明明後日の方向を見つめた。
「なんかよくわかんないけど、アンタと仲良くなりたいみたいね、この子」
――なんでまたそんな心変わりを……?
「いや、アンタが原因なんじゃん?」
――は? 俺が何かしたか?
俺がそう答えると、マーリカはため息を吐いた。
「……まあいいんだけどさ。でもまあ、貸し切りなんだし? あの子と一緒に入っても問題ないんじゃん? まだ10歳前後くらいでしょ、この子?」
――いや、まあ、そうなんだが……
「なに? なんか問題でもあんの?」
――子供とはいえ、男湯に女の子が入るのは……なんか、その、マズいだろ?
「何がマズいのよ? 他の客もいないのに、何が問題あるっての?」
――いや、まあ、その……
「……なんとなくわかったわ。アンタ、もしかして怖がってる? 今までリアルで女性の裸を見たことないから? 子供とはいえ、女の子と一緒に入ってうっかり手違いで反応することが怖かったりするわけ?」
――は、ははは、まさかそんなことあるわけないだろ? 何を根拠にそんなハハハ。
俺がそう答えると、マーリカはさらに大きなため息を吐いた。
「……これだから童貞は」
――ちょ、ちょっと待て! だ、誰が童貞だ!? なんの証拠もないのにそういう事をいうのは憎悪表現、いわゆるヘイトクライムと同じと言わざるをだな――
「さーて、セイちゃんだっけ? 童貞こじらせて意識しすぎのロリコン疑惑お兄ちゃんは放っといて、女二人で入ろっかー?」
じたばた抵抗するセイを押さえつけながら、マーリカは二人で女湯の脱衣所へ入って行った。
……経験の有無で人の価値を決めたり、嘲ったりするのは人として間違っている。誰だって初めは未経験だろうに……
色々言い足りないこともあったが、俺はさっさと体を洗い、この街の名所の1つである天然温泉の浴槽にゆっくりと浸かった。
なんとなく、体育座りで。




