7章-(6)最高の騎士
ジュンの斧男の影が徐々に消失し、わたしはジュンに抱えられたまま、地面に降り立った。
すると――未だに消失しきれていない、どす黒い影の塊が、足下にあった。
「マジ馬鹿。ホント馬鹿。自分の立場わかってんの? もうホント呆れ果てたわ……」
その影の塊に対し、マーリカがボロクソに文句を言いまくっている。
……もしかして、あの中にソウジが……!?
わたしが駆け寄ろうとした時、ジュンの手が私の腕をつかんだ。
「近寄らないで! 影に触れれば、あなたの精神もやられる……!」
精神……?
「……影に囚われている時は、本当に精神が壊れる一歩手前だった。あの時の、影達の非難や罵倒なんてレベルじゃない。自分自身が悪意に染まり、真っ暗な深淵に堕ちていく……そんな感覚だった」
そんな……それじゃあソウジは……?
「彼は……私に向いていた悪意まで、影の全てを引き連れていった……もう、元の彼ではないかもしれない……」
そんな。
わたしのために……? ジュンのために……?
嘘。嘘だ。どうして?
わたしたちのために……どうして自分を犠牲に……!?
ジュンの手をふりほどき、もう一度彼の元へ行こうとした。
でも、ジュンは素早くわたしを抱き留め、離さない。
「あなたまで取り込まれたら彼の犠牲が無駄になる! お願いだからここにいて……!」
わたしは必死にもがいた。認めたくなかった。
嘘だ。
あんなに強い“嘘”をつける彼が――嘘みたいに死んでしまうなんて。
そんなの――嘘だ!
その時だった。
ぞぶり、という嫌な音と共に、影の塊から一人の男が立ち上がった。
ポタポタと頭から影の一部をしたたらせる――ソウジ。
無言で立ち上がった彼の瞳は、あの時と同じ、強靱な意志の光を宿していた。
「へー、元気そうじゃんソウジ。あの影に精神やられたんじゃないかって心配してたのよ?」
彼が出てくるまでさんざん罵倒していたマーリカがそう言った。
……本当に心配してたのかな?
そんな彼女に構わず、ソウジは口を開いた。
「言ったろ? 適材適所だ。この程度、大したことじゃない」
「……血の霧の中にいればよかったのに、なんで外に出ちゃうかなあ? あの転生者を捕らえていた影を自分に向かわせるため? それともあの子にハッパかけて転生者を説得させるため? 両方? ……どっちにしろヤバイ賭けだったってわかってるっしょ?」
「賭けなんて大それたもんじゃねえさ。俺はやれた。あいつもやった。それだけだ。やれるからやってみせたってだけの話だ。大したことじゃねえのさ、そもそもな」
やれるから。
彼は、わたしが話せると、ジュンを説得できると、信じてくれていたのだろうか?
あの時、あの一瞬で、そこまで……
「……大した強がりだこと。ま、精神的なタフさだけは及第点あげたげる」
ケラケラと笑うマーリカ。
だが、彼女はすぐにソウジの異変に気づく。
「どしたの?」
「ああ、いや……すまん、ちょっとしばらく一人にしてくれ……」
「あっはは! ちゃんと精神ダメージ負ってんじゃん! お姉さんちょっと安心したわー。普通に人間でいてくれて安心したわー」
「うるさい……黙れ……あっちいけ……」
マーリカがイジリまくってるのと反比例で、その場で体育座りしながらヘコんでいるソウジ。
そんな二人のやりとりに、ジュンが小さく笑った。
わたしは――彼の“強さ”に、いつのまにか自分自身が惹かれているのに、気づいた。
力や魔法の強さじゃない――それ以上の、精神的な強さ。
『使命を果たすなら、最高の騎士を見つけなさい。己の命すらかなぐり捨てて、あなたに仕えることのできる……心強き騎士を』
母様の言葉が蘇る。
そうか。彼だ。
自らの危機すら受け入れ、目的を必ず果たす。
心強き存在……彼がいれば。
彼が、わたしの騎士になれば、きっと……
母様。
見つけました。
わたしにとって、最高の、騎士を。




