6章-(8)道は次なる街へ
「OKソウジ。そこに降ろして」
マーリカの指示通りに、俺は担いできた大岩を降ろした。
殺した128人の死体は全て埋めた。この岩はこいつらの墓標。
そして依頼者である吸血鬼の宗家に、俺達の仕事の成果を伝える目印でもある。
……俺は斧を逆手に持ち、柄の先端で岩の表面を削り、ある図形を描いた。
菱形に大きく横線を一本。ザルク派の聖書にあった教えの1つ。
共に死を想え。
死者と同じく瞳を閉じ、死者と想いを交わすべし……俺達の世界で言う葬式や1年忌のような行事で、このマークは使用されていたらしい。
閉じた瞳を簡略して描いた図形。死者に対する畏敬と愛情……そして懺悔。
そんな幾多の想いを含め、1つの図形と成したのだという。
「なにその絵? なんかの宗教?」
後ろから嘲笑するように尋ねるマーリカ。
こんな奴に真面目に意味を伝えても無意味。そう思い、沈黙で問いに答えた。
「そこの聖書にある儀式的なマーク? ま、儀式は必要よねー」
――どういう意味だ?
「“気持ちは分かる”って意味よ? 獣を殺す時とは違って、人を殺すってやっぱり特別な意義を感じるじゃん? だから特別な、自分なりのスイッチを押して気持ちを切り替える……儀式。そういうの、大事だよねーってさ」
――お前と一緒にするな。
「あたしとアンタの違いってなあに? 殺した数は違うかもだけどさあ?」
――黙れ。
くくく、とマーリカは笑い、俺の斧を――肩に掛けた鎖の一部を指差し、言った。
「その斧の鎖に巻き付いてる布きれ……それってあの転生者の服の切れっぱし?」
――ああ。
俺は彼女に応じ、ため息を吐く。
ケイシ――あの転生者の着ていたマント、その一部を切り取り、斧の鎖に結びつけた。
特に意味はない。しいて言えば――あの男を忘れないため。
自分と同じ世界から来た人間を殺した。その事実から目を背けないためだ。
……ここまで、俺の目の前で死んでいった奴らは全てこの世界の――異世界の人間だった。
魔法なんてものが普通にあるファンタジー世界で起きた出来事……ただの悪夢の一部。そういう風に逃げることができた。今までなら。
だが。今日は違う。
俺と同じ世界の人間を殺した。
今日の出来事は――俺の世界と地続きの、れっきとした犯罪行為。リアルで、紛れもなく逃れようもない“殺人”。
単なる悪夢として片付けられない。片付けてはならない。そんな問題だったのだ。
だから、忘れないように――あの男の身につけていた物の一部を拝借した。
俺の贖罪のための行為……だがマーリカは、俺の行為から別の意味合いをくみ取ったようだ。
「うんうん、わかるわかる。せっかくデカい獲物を狩ったんだから、“記念”のものを残しておきたくなるよねー」
…………
「そんな目で睨まないでよ。おっかないなあ……あたしまで殺す気?」
マーリカはからかうように、しかし興奮するように頬を赤らめながらそう言った。
…………よく言うサイコパス、シリアルキラー達に共通する特徴。
彼らは殺人の前に、独自の宗教じみた儀式を行う。
そして殺した人間――獲物の一部をこっそりと収集するのだという。
異世界人達の会談のあった日、キョウコが見せてくれた資料にそう書いてあった。
……結果的にはそう見えるのだろう。他の人間が俺を見れば。
だが違う。
俺は……人殺しを楽しむような連中とは違う。
人の姿を偽装する獣とは違う……俺には確固たる理性があるからだ。
俺の殺しはスジを通している……殺しの衝動のまま、無差別に人殺しをする奴らとは違う……断じて違う……断じて…………
「それじゃ、仕事も終わったし、そろそろあの子の様子でも見にいこっか?」
マーリカは軽くのびをし、俺の思いなぞ全くくみ取らずに、そう言った。
「……なに? なんか言いたげじゃん?」
――俺とお前は全く気が合わない。改めてそう思っただけだ。
「……そお? ベストカップルだと思うけど?」
――ほざけ。
「怖い怖い。この程度の冗談でムキになるとか、ガチっぽいって思われちゃうわよ?」
――どういう意味だ? それは?
「さあね? 自分の胸に聞いてみたら?」
くくく、と底意地の悪い嘲笑を浮かべるマーリカに、俺はこれ以上口を開くことを止めた。
◆◆◆
「さーてと。一人で放置されてスネてないかな? あのお嬢サマは」
太陽の陽もろくに届かない鬱蒼とした森の中、マーリカの声は場違いなほど明るい。
ふと、俺は前にも言った疑問を再び彼女に尋ねた。
――あの子をさらった目的は何だ?
「それ前にも言ったでしょ? あたしも何にも聞かされてないの。文句言うなら指示したラースに直接言いなよ?」
――身代金が目的、ってわけじゃなさそうだよな?
「そんなわかりやすい目的なら、あたし達に隠す理由もないしね? 多分またケインと何か企んでるんだと思うけどさ?」
――俺達に隠す理由って何だ?
「さあね……情報が少なすぎるし、何考えても憶測にしかなんないけどさ……ま、末端のあたし達が上の連中のことを考えても仕方ないし、とりあえず下された命令こなしてればいいんじゃないの?」
……あの汽車での一件で、ラスティナは“アットホームな組織を目指している”とかほざいていたが……どうやらあの女は俺達をホームに入れてくれないらしい。
歩きながらため息を吐くと――あの女の子を捕らえた檻が見え始めた。
木々の枝をツタで結び、木の葉で全体を覆い目立ちにくくした檻。野盗やら獣やらに見つからないようにしたそれは、檻というよりかは身を潜める隠れ家といったほうが正しいかもしれない。
「たっだいまー! いい子で待っててくれたかなー?」
獣対策のため配置した、刺激臭を放つ木の実を足で蹴飛ばしながら、マーリカは上機嫌で檻の中へ入っていった。
だが――15秒後、彼女はやや面食らった様子で一人で出てきた。
「いやー参ったわ。見た目とは違って、けっこうたくましいみたいね、あの子」
――どうした? 何があった?
俺が尋ねると――マーリカは、2つのツタの切れっ端を俺の足下へ放ってきた。
「自力で手かせを解けるなんて思ってもみなかったわ。まんまと逃げられたみたい」
――おい……マジかよ……
俺の胸に不安の黒雲が渦巻き始める。
ラスティナの指示を果たせないことではない。こんな森の中、小さな女の子が一人でいなくなったということが問題なのだ。
ここの森は俺達の世界の森とは違う。凶悪な野盗やら魔獣やらがうろついているような場所だ。あの子一人で身を守れるとは思えない……
「ん~……足跡はこれかな……? ソウジ、こっち」
地面を凝視しながら、マーリカが俺に手招き。
――すごいなお前。こんな草ぼうぼうの場所で足跡とかわかるのか?
「だからよ。ろくに人が人が入らない場所だから、木の葉のズレや雑草の曲がりかたで足跡がわかる……小型の獣より大きくて、大型の獣よりも浅い。それが人の足跡の特徴。ソウジもちゃんと特徴を覚えときなさいよ?」
――無茶言うなよ。
足跡を辿るマーリカの足が――突然止まった。
「……なるほど、こっちね」
草むらをかき分けながら、マーリカはおかまい無しに進む。
――おい、本当にその道、合ってるのか?
「もちろん。足跡よりもハッキリとした証拠残してるわよ? あの子」
俺が軽く首をひねると、マーリカは「しょうがないな」と言わんばかりにため息。
「ここだけめちゃくちゃ木の枝やら草やらが密集してるでしょ? あの子の仕業よ。自分の足跡を隠すための小細工」
――なぜそう判断できる?
マーリカは無言で、枝やら草やらが密集する場所へ手をかざす。
彼女が指し示す密集エリアの高さは130センチ――ちょうどあの子の背丈と同程度であった。
「かーわいいわよねー。一生懸命知恵を絞ったつもりなんだろうけど、自分の背丈で見える範囲しかカバーできなかったみたいねー」
クスクスと嘲笑しながら、マーリカはあの女の子が一生懸命隠した道を荒々しく踏み越えていく。
俺も後に続くと――やがて、真横に開けた一本道へと出られた。
「んーと……この道は近くの港からレジエントって街に繋がってるみたいね。行商人が使う一方通行の道みたい」
マーリカはこの地方の地図を取り出し、道と地図を見比べながらそう言った。
――ここであの子の痕跡は途絶えてるのか?
「うん。たぶん、港から街へ移動してる行商人の馬車にでも乗っけてもらったんじゃないかな?」
――逆に俺達の目を欺くため、港側へ行っている可能性は?
「ほぼゼロね。港方向へ行くとしたら、確実にこの森の中で一夜を過ごすことになるわよ? あの子に自殺願望があるなら可能性はあるけど?」
――なるほどな。
所々から陽の光が差し込む森の街道。
その先を見据え、俺はマーリカに尋ねた。
――歩いてどれくらいで着く?
「だいたい2時間くらいかな?」
――陽が落ちる前には街に着けるな。
「最初は不満タラタラだったのに、ずいぶんやる気出してるじゃん?」
――人さらいを肯定したわけじゃない。あの子一人じゃこの腐った世界で生きるのは厳しいだろうと、そう思っただけだ。
「はいはい。それじゃ、任務に戻りましょうか?」
まだ言い足りなかったが、俺はグッと我慢し、おとなしく街道の道を辿る。
あの子の足跡を辿り――次の街、レジエントへ。




