6章-(6)最強の盾と矛
飛翔する斧の刃を止めたのは、緑色に発光する半透明の盾。
“絶対なる守護はいかなる絶望をも防ぐ「矛」となろう”
盾の表面に彫られた言葉が、ソウジの斧の刃を受けて変化。
ジジジ、と選局から外れたラジオの音のようなノイズ音と共に、盾の文言が変わる。
“絶対なる破滅はいかなる希望をも紡ぐ「盾」となろう”
「っ!?」
瞬間、ソウジが再びおののきに目を見はる。
俺の盾が、形状を変化。
それは奴の斧の刃のように――緑色の盾が、車輪のような形状の刃に変化。
因果応報――すさまじい速度で、緑色の刃は奴の首へと飛んだ!
「…………」
ソウジは動かない。
無言で斧を構えると――斧の柄から、ざわりと血の色をした霧が発生した。
あれは――魔剣……?
魔剣が放つ血の霧は、あらゆる魔法を退け無効化すると聞く。奴はまさか俺の魔法を……?
だが俺は――心の内でほくそ笑んだ。
例え魔剣だろうと――俺の“最強の盾”の因果からは逃れられない……!
「――ソウジ! 避けなさい!!」
ワンピースの少女――マーリカの声。
ソウジはその声にギリギリで反応。
“応報する盾の刃”が奴に接触する寸前――ソウジは、一瞬で2メートル後方へと距離を取った。
血の霧を切り裂き、空を斬る盾の刃。
絶対的な因果からなぜ逃れた……?
……俺はその時、奴が盾の刃から逃れた方法に気づいた。
奴の足下に展開する、時計盤のような模様の魔方陣。
――時間操作魔法。“時使い”か。
この世界の時間魔法は相手の時を止める事ができない。であればつまり、自分自身の時間を早め、一瞬で俺との距離を取ったということか。
たいした奴だ。だが。
「はっ……はあ……」
息が上がっている……この世界の時間魔法は(ハズレ)と言っていいほど使い勝手が悪い。自分の時間を早めれば、その分の負荷は全て己に帰ってくるのだ。
……せいぜい見守ってやろう。どこまで己の“因果”から逃れられるか。
「くっ……!!」
奴の息つく暇を与えず、盾が変化した緑色の“最強の矛”が、執拗に何度も奴を追う。
それは当然だ。
――俺の能力は〈因果律の逆転〉
俺が死の運命を辿る瞬間、因果律を反転させ、敵にその因果を逆転させることができるのだ。
……死の因果から俺を守る最強の盾。そしてそれは、死の応報を相手に与える絶対の矛となる。
あの斧の刃は確実に俺を殺すために放たれた一撃だった。だからこそ、その一撃は絶対的な〈死〉として、ソウジへと跳ね返された。
……因果応報だ。殺していいのは殺される覚悟のある者のみ。どんな理由があれ、人を殺したあの男には相応の罰が下る。それが“因果”だ。
「マーリカ!」
三度目の盾の刃を避けたソウジが、相棒の少女の名を呼んだ。
「なあに?」
マーリカはのんびりと答えた。
「なにじゃねえ! 少しは手伝え……!」
「……ってもさあ? そいつ、お連れの美少女姉妹を戦闘に加えて無いじゃん? だとするとあたしが加われば1対2になるわけよ? 七罰相手でもないのに、そんなのダサくない?」
ケラケラと笑うマーリカに、ソウジが怒りを込めて反発する。
「ダサいとか言ってる場合じゃねだろうが……! さっきの血の霧が通じない魔法だぞ!?」
「まあ、魔剣の血の霧は元々相手の魔法防御を突破するための“オフェンス”のための技だしね? 加えてソウジは覚えたてのルーキーだし、そりゃ転生者サマの超絶魔法相手じゃ防ぐことできないよねー」
「――手伝えとまでは言わねえ。お前はそこに居てていい。ただ1つ、コイツを倒すヒントだけでもよこせ……!」
「……世話焼かせてくれるよねえ、ホント」
マーリカはため息を1つ吐き。
やがて、俺に向かって口を開く。
「すごい能力ねえ、ケイシ。どんな相手のどんな攻撃すら跳ね返す無敵の盾ってところ?」
「……ああ。俺に危機が迫ると自動で発動する。おかげでこの世界に来て一度もダメージを受けたことがない。俺にはもったいないほどの魔法だよ」
「へえ? そう? 敵の攻撃をそのまま相手に跳ね返す……要するにソウジと同じ時間操作魔法?」
……俺の最強の魔法が、あいつのハズレ時間魔法と同じだと?
少しだけイラついたので、俺は自分の魔法のことをマーリカへ、しぶとく逃げ続けるソウジへと教えてやった。
因果律操作……俺の魔法は神に等しいレベルの技なのだと。
「へええ。すっごいわねえ。聞いたソウジ? 因果を操る神レベルの魔法なんだって」
「知るかよクソったれが!」
16回目の盾の刃を、ソウジはギリギリで避けて見せた。
……大したやつだ。いずれ盾の餌食になるのだろうが、今までこの魔法を見た連中は一度目の攻撃で死んでいった。
それなのにここまで食い下がれるとは……俺の自信すら危うくさせてくれる。
そんな俺の感情を読み取ったように、マーリカが冷たい笑みを浮かべ冷酷な質問をぶつけてきた。
「神レベルの最強のチート魔法……のわりには、ちょっとショボくない?」
なんだと……!?
「だってそうでしょ? 因果律なんて大層なもん持ち出してさ、ソウジに一撃も当てられてないじゃん?」
「それは……あの男が時間操作魔法で逃げ続けているだけで……」
「時間操作で逃げられる? ってことはさ、アンタの語った因果とやらは、やっぱり時間操作と同じってことじゃないの?」
な……!?
「因果とやらが運命と同じ意味だってんならさ? 初撃でソウジを倒してなきゃおかしいわけよ? だってそれが運命ってもんでしょ? 逃れる術なんてない絶対的に立ちはだかる“壁”みたいなもの。それが“運命”でしょ?
じゃあ逃げられたってことは? アンタの語ったご大層な“因果律”なんてものは、ソウジの使う“ハズレ”呼ばわりされてる魔法で簡単に逃げられるモンなんだ?」
それは……それは…………
「ずいぶん悩んでるわねえ? アンタが悩んでいる理由を当てようか?
アンタ――実はもう気づいちゃったんでしょ?
“運命なんてものは存在しない”ってさ?」
…………!!
「可哀想ねえ。単に敵の攻撃を跳ね返す、限定的な時間魔法を因果律操作だと思い込んじゃったんだ?
確かにザコ相手じゃ絶対的な力だったと思うわよ? でもねえ、同じ時使い同士じゃいつものザコ狩りみたいにはいかないみたいねえ?」
くくく、とマーリカが俺を嘲笑い――決定的な一言を突き付けた。
「アンタがありがたがって使っていた因果律操作なんてのは、所詮はハズレ能力の時間魔法のできそこないってことよ。逃れられる運命なんてのは運命でも何でもない。
アンタの使う魔法は神の御業でも何でもない。どこにでもある、転生者ならだれにでも使える、しょうもない時間魔法モドキってことよ」
そんな……
そんな…………
あの時、女神から力を受け取るとき、俺は絶対的な力を願ったはず。
なのに……女神に騙されたのか? それとも、俺の想いが足りなかったとでもいうのか……?
「図星みたいねえ……ところで気づいてる?」
クスクスと笑いながら、マーリカが俺の足下を指さす。
「――楽しいおしゃべりをしてる間に、あたしはすでに攻撃してるわけだけど……あたしの攻撃食らえばそれも因果ってことになるの?」
言われて気づく。ピキピキと音を立て、足下の地面がみるみる凍りついている!
「クソっ!!」
俺は反射的に飛び退いた。
だが。
その時。
俺はマーリカの顔を見て――驚愕した。
「――バーカ」
嘲るマーリカの言葉と同時に、背後から澄んだ金属の音。
チキリ。
振り返る。
ソウジ。懐中時計を握り、親指を真下に向けている。
奴の足下に――蒼い時計盤のような魔方陣。
時間魔法。
時間を戻す魔法。
それは俺の盾の魔法の発動時間に作用。
DVDの早戻しのように、因果律逆転の盾が最初の攻撃へと戻った。
ソウジに放った斧の初撃を再現。
それは――俺が今立っている位置へと放たれた!
「くっ……!」
俺はとっさに盾の魔法を発現させる!!
しかし。
脳裏をよぎる。
“矛盾”という単語。
そして。
『生きがいと幸せは別物。生きがいを優先して身を持ち崩して不幸になる人もいれば、目の前の幸福を優先してずっと後悔を引きずる人もいるわけ。
どっちも得るのは難しいから、どっちかを選ばないといけない――』
マーリカの言葉。
そうか。
あの時……逃げていれば良かった。
アリサとミリアを連れて逃げていればよかった。
二人と暮らす幸せにのみ満足していればよかったのだ。
立ち向かおうとした。二人に危害を加えようとする強大な敵を相手に戦う。
そんな……贅沢にも生きがいをも得ようとした。
それが。
俺の敗因だった。
ソウジが使った時間操作――俺の魔法により、俺の胴は真っ二つに引き裂かれた。




