6章-(3)語られる真実
なに……?
今、なんて言ったんだ……?
殺した? 里の、人達を……?
「やー焦った焦った。ここの吸血鬼連中を根絶やしにしろってのは分かったけど、正確な人数事前に伝えてくれないんだもん。長老のオッサンの家で住民の台帳見た時に死体の数と合わないからさ? さんざん探し回ってさー」
ケラケラと笑うワンピースの少女。咎めるように斧の男がため息。
「里を出てる奴まで俺達だけで面倒見切れるかよ。上司に言っといてくれないか? ふざけた依頼者からの仕事は断れってな」
俺は……半ば唖然としながら、この二人に問うた。
「本当に里の人達を殺したのか……? なんのために……?」
「言ったでしょ? 家畜を襲った害獣を始末するって」
「害獣? 里の人達がか? 一体何の話を――」
俺が言いかけると、斧の男が岩に置いた聖書をこちらの足下へ放り投げた。
「里の連中が家畜同然に扱っていた、ザルク派の人達の持ち物だ」
そこで思い出す。地下の牢屋に里の人達が閉じ込めていた、ザルク教徒の者達を。
鎖に繋がれ、毎夜のように血を吸われながら、いつも神に祈っていたどうしようもない連中。
神に祈れば救われると本気で思ってる狂信者だ、とアリサとミリアは嘲り笑っていた。
人の血は彼らにとって重要なもの。普通の人なら心を痛めるが、こんな連中なら別に構わないだろう……俺自身も連中を軽蔑して見ていた。
斧の男は話を続ける。
「彼らザルク派は、イシュルークの谷の吸血鬼達と契約を結んでいた」
……イシュルーク。当然知っている。この里の人達と長年争っている敵対部族。
過去の因縁から何度も衝突しており、俺が召喚された時にアリサとミリアに襲いかかっていたのも、あのイシュルークの連中の刺客だったのだ。
俺とアリサとミリア、里の数人の戦士は報復のため、奴らの里を急襲。その時戦利品として捕らえたのがあのザルク教徒だっだ。
「契約内容は異教徒狩りからの保護。ザルク派は“フロイア聖教”として統合される前の旧い宗派だ。しかしザルク派、旧フロイア教は六大国側からすれば異教徒であり魔人同様に征伐の対象。そこで彼らは自分たちの血をイシュルークの吸血鬼に提供した。その代わりに、イシュルークの連中は異教徒狩りの騎士から彼らを保護していた」
その話は聞いている。マヌケな狂信者達をイシュルークの連中が騙していると、里の人達から――
「彼らから話を聞いた……宗教ってのがどういうものか、俺は今まで良く知らなかった。だが彼らから聞いてよく分かったよ。宗教ってのは言ってみれば1つの風習、文化だ」
……何言ってんだ、この男は?
「ザルク派は旧い教えを忠実に守ってきた人々だ。彼らの神は恐るべき自然そのもの。山河の恵みを神の施しと喜び、吹雪や山の噴火を神の怒りと恐れた……自然の中で生きる者として、自然に畏怖と尊敬を持って対峙してきたわけだ」
山奥にいる部族が信じているような自然崇拝か。それが何だっていうんだ?
「自分たちが生きている場所を……世界に畏怖と尊敬を持って対峙してきた。そういう人達だった。街にいる権力しか頭にない教会連中のほざく『信じれば神が救う』とかいうお題目とは違う。
厳しい自然を生き抜くための祖先の考えでもあり、それを子へ、そのまた子孫と伝える風習……単なる宗教の1つと括れない、彼らの部族の存在する証しであり誇るべき文化だったんだよ」
…………
「彼らは祖先から受け継いだ思いを絶やさぬため、イシュルークの吸血鬼達と契約を結んだ。彼らは2日に一度、自分たちの血を提供した。代わりにイシュルークの吸血鬼達は彼らの安全と生活の自由を保障した
……異論を唱える者は一人もいない、公平な契約だったそうだ」
俺はアリサとミリアへ振り返る。二人は都合が悪そうに俺の視線から目を背けた。
「地下で彼らに会った。何か薬物を打たれたらしく、ほとんど意識のない状態で、それでも懸命に全てを話してくれたよ。
……殺して欲しいかと訊いた。彼らは言ったよ。『薬のせいで、もう今までのようには生きられない。我々にできた抵抗は、せめて連中の目を覚まさせるため、宗派の教えを説き続けることだった』と。
そして言った。『この里の連中は全く耳を貸さず、人を家畜同然にしか見ない。もはや奴らはこの森で暮らす同胞ではない。神の――大地と木々の声すら聞きもしない……人とも獣とも異なる異分子だ……この命と引き替えに、どうか連中を全員始末して欲しい』とな。残念だったな。彼らが言うには、お前ら神にも見放された存在みたいだぞ?」
「……だったら何だっていうの?」
アリサが薙刀を斧の男へ向け、語気を荒らげる。
「宗教? 文化? 知らないわよそんなの! わたし達はわたし達が生きるために血が必要だった! この世界じゃわたし達は排除されるべき化け物! どうやって生きろっていうのよ!? こうでもしなきゃ生きられない……だからわたし達は――」
「イシュルークの吸血鬼は彼らザルク派の体調を考えながら血の提供を頼んでいた。お互いがお互いを尊重し、尊敬し、平等な信頼関係を築いていたそうだ……お前達の家畜小屋を見たが絶句したぞ。同じ吸血鬼でもえらい違いなんだな?」
「……馬鹿みたい。人間ごときに媚びへつらって血を分けてもらってたって? イシュルークの腰抜け連中みたいな、吸血鬼としての尊厳すら失った下等劣種と同じようになんてできるわけないでしょ?」
「あっはは! 汚ったない本性ようやく出してくれたわねえ。気色悪い被害者ヅラ止めてくれて本当ありがたいわー」
うるさい! とワンピースの少女を咎めるアリサ。
代わりにミリアが抗議の声を上げる。
「わたし達には人の血が必要……わたし達の体に含まれているマナは不安定だから。人の血を飲んで、わたし達の血を薄める……それでマナの暴走を抑えなきゃいけない。もし血を十分に採れなかったら、わたし達の体は崩壊する。そんな恐怖に耐えながら、血を飲むことを節制するなんてできない……」
「そうよ! わたし達にだって生きる権利はある! あんた達が腹一杯ご飯を食べられるのに、なんでわたし達だけ我慢しなきゃいけないのよ! 幸せになる権利を求めて一体何が悪いの!?」
「……それは俺達じゃなく、俺達の依頼者の吸血鬼達に言え。奴は言っていたぞ。お前らの一族は人を蔑み、自分の快楽の道具としてしか見ていないと。目一杯血を吸うと酒を飲んだ時のような酩酊状態になるらしいな? お前達こそ血に酔い、吸血鬼としての尊厳をかなぐり捨てた外道共だ、と言っていたぞ?」
……快楽のため? そんな事、俺は一度も聞いていないぞ……?
俺は二人に真相を問おうとしたが、二人はまるで後ろめたい真実を突かれたように、すっかり激上していた。
「――何なのよあんた達は……!? イシュルークの連中の何なわけ!? 大体どうやって二人で里の人達全員を殺したっていうのよ!? 転生者がいたとしても……わたし達は人間以上に魔術の扱いに長けている。ウィンデリアの天使共の次くらいにはね! たった二人で全員倒せるわけがない!!」
「……嘘ついてるんだよね? そうやってわたし達を脅かして、油断させようっていうんでしょ……? 薄汚い人間らしい浅知恵だよね……」
二人の糾弾に、ワンピースの少女はやれやれと肩を落とす。
「こりゃまたずいぶん高慢なことで……馬鹿みたいに簡単に狩れたわよね? ソウジ?」
「……ああ。正直、拍子抜けした」
「ふざけないで!! そんな嘘、通じるわけ――!?」
斧の男が、緩慢な動きで背後に手を回し、岩の影に隠していた何かを放って寄越した。
どん、と床に落ちて転がる球型のもの。
よく目をこらし――俺は息を飲んだ。
「……長老様……!!」




