6章-(2)幸福と生きがい
「……平気さ。これでも腕には自信があってね」
「お兄さん、転生者?」
いきなり言い当てられ、俺は一瞬面食らってしまった。
「どうしてそう思ったんだ?」
「ん~……イケメンだから?」
なんだよそれ。思わず俺は苦笑した。
「こんなオッサンを捕まえてイケメンはないだろう?」
「まだ30代くらいでしょ? まだまだ若いじゃん。ちょっと渋い感じが出てて割と好みかなー」
「……ごめんな。俺、彼女いるからさ」
「ありゃ残念。ま、口説いたつもりじゃないから、お互いお気になさらず」
お互いに笑い合い……俺は彼女に問うた。
「君はどうしてこんな森の中に?」
「ん? まあ、ちょっとしたお仕事かな?」
「どんな仕事を?」
「んー、人捜しと広告と……あとは傭兵?」
とぼけた回答に俺はまた笑ってしまった。ずいぶん忙しい仕事だな。
「じゃあ、この森ではなにを? 人捜し? 傭兵? まさか広告?」
「別件のお仕事だよー。ちょっと狩って欲しいって頼まれちゃって」
「どんな獲物を?」
「農場で飼ってた家畜を荒らした害獣が出たらしくてさ。それを全滅させてってお願いされちゃってさ」
「まるで便利屋だな。大変な仕事だ」
「そうでもないよ。この世界のためだものね」
俺は少女の言葉に、なんとなく気持ちが沈んだ。
「どしたの? なんか気分でも悪くなった?」
「いや……君はこの世界が好きか?」
「ううん。どっちかっていうと嫌い」
「じゃあなんで世界のために仕事を?」
「仕事は生きるためにすることだよ。この世界で生きてるから、やることをやってるだけ」
「嫌いな世界なのに?」
「文句言ったって始まらないじゃん? 生きる世界は選べないんだからさ」
彼女の言葉に、俺は沈黙する。
俺は今までの自分の人生をリセットするために、この世界を選んだ。
この世界は今、動乱に包まれている。“九回目の新月”。そしてこの世界の人々が、俺のいた世界へ侵攻しようとしていることも知っている。
だけど俺は――何もしない道を選んだ。
元の世界に未練はない。だけどこっちの世界の奴らに混じって故郷へ攻め込むなんてできやしない。
結論は何もしないこと。これまでクソのような日々を送ってきた、その見返りに充実した毎日を送る。一体誰が責められる? さんざん苦労したんだ。俺にだって幸せになる権利はある。
アリサとミリアの二人と共に、幸せで慎ましい生活を送る。
森で動物を狩って食べる質素で穏やかな日々。でもたまには遠出をし、冒険者として凶悪な魔獣を討伐したり、ダンジョンに潜り込んで財宝を探して刺激を得ることも。
愛する女性と幸せな時間を過ごす。それが、俺がこの世界で最も望んだことだった。
……だけど。
なぜだろうか。
“世界のために”。この一語が、なぜか俺の胸に引っかかる……。
もちろん元の世界への未練なんかじゃない。
けれど……なぜか、今の満ち足りた生活が、どこか昔の無意味な毎日にリンクしているような……そんな気がしてならないのだ。
目標も目的もない、無意味だった元の世界の生活……今の生活と同じだというのか? 夢に描いていた世界に来たっていうのに……
「もしもーし。大丈夫~?」
頭上から、ワンピースの少女のゆるい声が降ってくる。
「ああ。いや、ちょっと考え事しててさ……」
「ふーん……ところでさ、お兄さんはこの世界が好きなの?」
「…………もちろんさ。ここに来れて本当に良かったと……心から思ってる」
「良かったじゃん。ここに来た転生者って『思ってたのと違うー』っつって不満言う人けっこういるみたいだからさ。幸せならそれでいいんじゃない?」
「……本当にそう思うか?」
俺は無意識に、すがりつくように彼女に問うた。
「幸せならそれでいいんだろうか? 意味とか、理由とか……“生きがい”は、必要ないんだろうか……!?」
少女はきょとんとした顔をして、やがてクスリと笑う。
「贅沢な悩みだと思うな、それ」
「贅沢……?」
「どの世界でも人は平等じゃない。生きがいを感じられないまま死んでいく人もいるし、一度も幸せを感じられずに死んでいく人もいる。どっちも得たいだなんて贅沢だと思わない?」
「…………」
「生きがいと幸せは別物。生きがいを優先して身を持ち崩して不幸になる人もいれば、目の前の幸福を優先してずっと後悔を引きずる人もいるわけ。どっちも得るのは難しいから、どっちかを選ばないといけない。誰しもその決断を迫られる時が来るんだよね。
……でも、生きがいとかやりがいってその時々で変わったりするんだよね。あたしとしては、幸せを感じられる場所にいることが一番かなって思うけど」
少女の話を聞いて、俺は1つ息を吐き、頷いた。
「ありがとう。悩みが吹っ切れた気がするよ」
「そう? それなら良かったけど」
少女は明るくにっこりと笑った。
「これから見つかるといいね。生きがい」
「ああ……」
俺は感謝の気持ちを込め、少女に自分の名前を告げた。
「ケイシね。うん、覚えた」
「君の名前は?」
「あたし? あたしは――」
同時に、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。
アリサとミリアだ。仕留めたイノシシを魔法で宙に浮かせ、元気にこちらへ駆け寄ってくる。
俺がもう一度あの少女へふり仰ぐと――彼女の姿は一瞬でかき消えていた。
「どうしたの? ケイシ?」
可愛らしく小首をかしげるアリサに、俺は笑みを浮かべて首を振る。
「なんでもない。さ、メシにしようか」
◆◆◆
余ったイノシシの肉を担ぎ、俺達3人は森の中にある彼女達の隠れ里へ向かっていた。
里へ帰るにはまだ陽が高いけど、肉が新鮮なうちにみんなへお裾分けしたかったのだ。
目印である幹のねじれた杉を過ぎれば――彼女達の里の入り口が見える。みんなの顔を思い浮かべながら、ねじれ杉を曲がった。
だが――俺はその時、異様な者を目にした。
里の入り口。その手前の岩に腰掛ける、一人の男。
巨大な斧を手にし、学ラン姿で灰色の長いマフラーを風にたなびかせる黒髪の少年。
見た目には俺と同じ転生者。
しかし――何か異質な、ただならぬ“凄み”のようなものを、彼から感じるのだ。
「…………」
彼は右手の本を読みながら、一心不乱に斧の柄で地面に何かを描き続けている。
あの本は――旧フロイア聖教、いわゆる“ザルク派”の聖書だ。
どういうことだ? あの本は確か里に幽閉している連中が持っていたもののはず。
里に入って手に入れた? いやありえない。彼のような怪しげな転生者を、里の人達が素直に受け入れるはずがない。
ならば一体彼は……
警戒しながら俺は彼に近づく。後ろのアリサとミリアも、このただならぬ気配に緊張しているようだ。
彼が描き続ける図形を見る。
それは菱形に横線を一本引いたような、簡素な図形であった。
所狭しと地面に広がる図形。
まるで大量の眼のようで……俺はその不気味さに1つツバを飲んだ。
すると――その音を聞いたのか、突然斧の男がこちらを見た。
「うっ……!?」
俺はぎくりとして思わず声を漏らす。
斧の男は聖書を岩に置き、ゆっくりと左手で俺達を指さし、言った。
「127」
…………?
なんだ?
一体何を言っている……?
唖然としていると、後ろの二人が何かに気づき、それぞれの武器である薙刀と弓を斧の男へ構えた。
「お、おい? どうした?」
「…………っ!!」
二人とも鋭い牙を見せ、今にも襲いかからんとするほどの激しい怒りの表情を見せる。
状況がつかめず困惑していると――背後から声。
「ソウジーい。そいつらで間違いないのー?」
振り返ると――俺は唖然とした。
あの少女だ。先ほど木の幹の下で、俺を見上げていたワンピースの少女……!
「君は……」
「あら、また会ったねケイシ。これって運命?」
クスクスと笑う少女。俺はその時、彼女の本性のようなものを感じ取り、背中に冷たいものが走った。
ワンピースの少女の声に、斧の男が口を開く。
「ああ。間違いない。俺の問いかけに反応した。この二人だ」
斧を肩に掛け、ゆっくりと男が立ち上がる。
「里で殺した数は125人。そこの双子の女で127人。その二人を殺せば依頼は完了だ」




