5章-(8)壊すことで守れるもの
「今のでラストかな? クソ弱いくせにクソほど湧いてくるとか、マジでクソみたいな連中だったよねー」
マーリカは氷で足を貼り付けながら、悠然と列車の側面を歩いてこちらまで登ってきた。
俺は斧の鎖を肩に掛け――マーリカに礼を言った。
――ありがとよ。
「は? 何? 気持ち悪いなあ」
――お前に言われるのは心外だが、礼は言う。おかげで冷静になれた……あのままだったら、俺は魔剣に取り込まれていたかもしれん。
「あたしがアンタのためにわざと捕まったって思ってるわけ?」
――違うのか? 優しいとこあるよなお前? そういう所嫌いじゃないぜ?
「……ムカつくわーマジで。気っっ色悪いから二度とそういうのやめてよ?」
――心外だな全く。
下らない冗談の掛け合いに、俺とマーリカは互いに小さく笑みを漏らした。
「さーて。あとはここからズラかるだけねー」
…………
「なに? まだ列車の連中にこだわってんの? 諦めなって。どう考えても助ける方法なんてないっしょ?」
――本当に助ける方法はないのか?
「あるわけないっしょ? あるんだったらご教授願いたいところだっつの」
――賭けてもそう思うか?
「……なに? アンタ、なんか策があるっての?」
――答えろよ。賭けるか?
「……賭けようじゃん。で、あたしは何をベットすりゃいいってわけ?」
戦っている間ずっと考えていた。列車の人々を助ける方法。
あのスキンドッグ達から逃れるには、この列車が奴らよりも速く走る必要がある。
そこで思いついた案は……マーリカの協力なしには実行不可能だ。
「あたしの協力なしには、ね。いいよ。それで賭けようじゃん。助ける方法、話してみなよ」
マーリカの要求に従い、俺は先ほど思いついた案を彼女へ話した。
「…………マジで言ってんの? なんであたしがそんなこと……」
――賭けるんだろ?
「軽く言ってくれるけど、どんだけの大魔法使うのかわかってる?」
――できるのか? できないのか? 賭けると言ったのはお前だろ?
「うー……」
――出来るんだろ?
「……あーもうわかったわよ! やってやるっつの! ほんっとムカつくー!」
マーリカとの約束を取り付け、俺達は列車の人々を助けるための行動へ移った。
◆◆◆
貨物車、さらに第三・第二車両の連結部を外し、俺は第一車両の客室へと戻る。
ぎゅうぎゅう詰めになる乗客達をかき分けながら、俺は列車中央部のマーリカの元へ向かった。
「ねえ……マジでやるの、これ?」
――賭けるっつったのはお前だぞ?
「どんだけキツイか分かりもしないで……分かったわよ! ったく……」
マーリカは胸元の小瓶を床に置き、両手を床について何やら呪文のようなものを唱えだした。
呪文は精神を統一するために唱えるのだと彼女から聞いた。
本来魔法は呪文を口にせずとも放つことができる。わざわざ口にするのは、狙った場所へ狙った効果を確実に発現させるためなのだ、と。
いつになく真剣な表情を見せるマーリカ。確かに、俺の願いは彼女にとってかなり厳しい条件だったのだろう。
……悪いことをしてしまった、のだろう。
冷酷な人殺しの俺の心には何も感じない。だが理論・理屈で作り上げた機械じかけの心が、そう告げていた。
「よし……いける……!」
マーリカが呟く。するとそれに連動するように、汽車が一度ぐらりと揺れた。
小さく悲鳴を上げる乗客達。だがその声は絶望の声ではない。
……成功したようだ。
この列車は今――飛んでいる。
磁力により車体を浮かすリニアモーターカー。その原理を応用し、蒸気機関車が時速600キロの世界へと足を踏み入れた。
……氷使いのマーリカが何故列車に強力な磁力を与えられるのか? その答えは“超伝導”だ。
極限まで冷やした金属は電気抵抗がゼロになり電流が発生する。列車の車輪を冷却し超伝導状態にし、同時にレールを熱移動によって加熱させる。
聞いた話だが、金属を熱するとホール電圧とかいうのが発生して、磁力が発生するのだとか。
マーリカの魔法は熱の移動。車輪を冷やし、同時にレールを熱することも可能。
彼女の魔法により、リニアの原理であるマイスナー効果が発現。超伝導状態になった車輪ごと車両を浮かせることができるわけだ。
……魔法を使った恐ろしく無理矢理な理屈だったが、どうやら成功したらしい。
「お、おい! 窓の外を見ろ!」
「とんでもない加速をしているぞ……! スキンドッグ共をどんどん引き離している!」
「だ、大丈夫なの? 勢い余って脱線したりしない……?」
喜びと不安が入り交じる乗客達の声。マーリカと共に床にしゃがみ込んでいる状態だと見えないが、狙い通りかなりの速度が出ているようだ。
「ぐ……うう……っ!!」
苦しげな声は――マーリカからだった。
この作戦をする前に彼女から聞いた。彼女が魔法を使った時の副作用。
“痛み”。彼女は魔法を使うと、体のどこかに強い痛みが現れるらしい。
痛む範囲、規模は使用する術の規模に比例する。つまり、大規模な魔法を使えば、その代償として彼女は体中に耐えがたい激痛を覚えるのだ。
「んううう……!!」
俺の身勝手な願いのために、彼女は激烈な痛みに責められている……
だが、途中で“止めろ”などと言えるはずもない。彼女が魔法を止めてしまえば、乗客達は全員スキンドッグに喰われることになる……!
俺に出来ることは。
一人、俺の身勝手な願いに応え、乗客達の身代わりに苦しむ彼女に出来ることは。
「がっ…………!?」
痛みに耐えかね、マーリカが体を大きくのけ反らせる。
俺は彼女が倒れる前に肩を抱き、姿勢を安定させた。
「……ふん。紳士気取りかなにか? 鬱陶しいわね」
息も絶え絶えで、それでもマーリカは強気に悪態をつく。
機械仕掛けの心が、かりそめの心の痛みを俺に与えた。
――無理するな。
「誰のせいだと思ってんのよ?」
――責任は感じている。だから行動で返していこうと思ってる。
「あっそ……まあ、ちょうどいいわ。術に集中したいからそのまま支えてて」
――了解した。
終点の街にたどり着くまで、俺は無言で魔法を行使する彼女を支え続けた。
◆◆◆
「着いた……街についたぞ……!」
「嘘だろ……1日掛かる航路を、たった2時間で……!?」
「生きてる……生きて帰れたんだ!!」
乗客達はスキンドッグから逃れた安堵と喜びのまま、列車の出口へと殺到していった。
ここまで運んでやったマーリカや俺にさえ一切声を掛けずに。
「……清々しいほどの骨折り損よね」
――いいさ。別に見返り欲しさにやったわけじゃない。
「あたしは欲しかったんだけどね? てか、あの連中強盗団が巻き上げた金もちゃっかり全部回収してんじゃん! あーもう! なんであたしばっか辛い目に遭ってるわけ!?」
――まあまあ。お前の大好きなSMの一環だと思えば。
「そういうプレイはヤられる相手と内容によりけりなんですー! はあ……もうホント疲れたわー……」
ぐったりとするマーリカをしばらく支えてやっていると……一人の男が、俺達の元へ戻ってきた。
「こんなもので申し訳ないが……命を救ってくれた恩を少しでも返したい」
そう言って金貨の詰まった袋を手渡したのは……先ほど俺が助けた、あの太った中年の男だった。
――いや、別に金は――
「フンっ!」
俺が断るより早く、マーリカが精魂尽き果てた状態にもかかわらず男から金貨の袋を強引にひったくった。
さすが盗賊。さすががめつい。
太った男は苦笑を浮かべ、ゆっくりと出口へと向かっていった。
すると彼を出迎えるため、40代くらいの妻と幼い息子が顔を出した。
男性がなにやら話をした後――男の子が俺の正面へと移動した。
そして、大仰にお辞儀をして、満面の笑みで俺を見返したのだ。
それはあの強盗団達や乗客達が俺に向けた、化け物を見るような目ではない。まるで――憧れのヒーローを見るような眼差しで……
……不思議な気持ちになった。
俺は、壊すことしかできない。
誰かを救うことも、誰かを守ることもできやしない。
だけど――何かを壊すことで、何かを救うことが、守ることができるというなら。
それは――きっとそれこそが――
「……なーにニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いなあ」
――ほっとけ。
「アンタに笑顔なんて似合わないわよ。殺気だってイラついてる顔が一番そそるのに」
――それは大変だ。なら俺は常にお前の前でニヤついてなきゃな。
「……ムカつくー」
そんな事を話していると、座席の影から、コソコソと動く人影。
鮮やかな緑色の髪――強盗団のレイクスに捕まっていた、身分の高そうな女の子だ。
初めから訳ありのようだったし、できるだけ人目につかないように行動しているようだった。
だが――そんな彼女を見て、マーリカの瞳が危険に輝く。
「――ハイどーんっっ!」
俺が止める間もなく、マーリカは女の子へ容赦なくタックルをかました。
――おい、何イジメてんだよお前?
「何って、いいとこのお嬢ちゃんでしょこの子? なら金になるじゃん! こんだけ働いたんだから対価を要求するのは当然でしょうが!」
さすが盗賊。マインドがあの強盗団と全く同じだ。
「…………!」
女の子はマーリカの下からなんとか逃れようともがくが、悪辣な盗賊が逃すはずもなく、もがく彼女へ全体重を掛けて押さえつけている。
――金なら十分あるだろ。離してやれ。さすがに小悪党過ぎてついていけねえ。
「……これがラースの指示だとしても?」
――なに?
ラスティナの指示? この女の子を捕らえるのが?
「あの列車のあたし達の席、実はラースが事前に指定してたのよ? しかも列車に乗る時間まで指定してね。んで席についたらおあつらえ向きにこの子がいたわけよ。この子狙いだってのは明らかでしょ?」
――本当か?
俺はピアス型の発信器を使い、ラスティナへ真偽を問うた。
すると。
『言わずとも意思をくみ取ってくれるとは関心だ。組織の長として喜ばしい限りだよ』
あの女の皮肉めいた声が即座に届いた。
――何であの子を捕らえる必要がある?
『マーリカを見習え。言わずともわかり合える。そんな明るくアットホームな組織を私は目指しているのでな』
――自分で考えろってのか……女の子一人を誘拐するなんざ、ずいぶん下種な仕事をするんだな、ナインズってのは。
『仕事を選べる立場なのか、お前は』
…………
『どうせお前のことだ。不満を言うと思っていたさ。だからもう一つ、仕事を用意しておいた』
――仕事……?
その時、背後でコツリ、コツリと足音。
振り返ると――皮の帽子と上着を羽織る、身なりのよい男性が俺達の背後に立っていた。
『列車内でお前達を見定めると言っていた。彼のお眼鏡に叶えば依頼を伝えてくれるはずだ』
夕日の射す列車内で、男はゆっくりと帽子を取り、一礼する。
『……だがくれぐれも気をつけろよ。彼は吸血鬼だからな』
笑みを浮かべた男の口元から――2本の鋭い牙がのぞいた。




