1章-(5)もう一人の味方
「ほらほら、こっちこっち!」
マーリカに先導されるまま俺は暗い廊下を歩く。
……さっきから聞こえる妙な音が気になる。
ガゴン、ガゴンと何かを叩きつけているような音。
一定のリズムで鳴っている所を見るになにか機械的なものだと思うが……
こんな中世丸出しの世界で、機械なんてあるのか?
いや、むしろだんだん音が大きくなっている。これ近づいてないか? この妙な音の発信源に?
嫌な予感がする……
「んじゃ、次はここ通ろっか?」
マーリカが指を向けた先。
細い通路に7本の丸太が天井から床と次々落とされている場所だった。
……おそらく風車を利用した仕掛けだろう。床には金属製のベルトコンベアのような装置があり、床下から次々と木の実のようなものが運ばれている。
「魔法用の贄を加工している場所だよ。あの杵で材料を砕いて粉にして、携行しやすい状態にしてるってわけ」
――おい。本当にここは通れる道なのか……?
「通れるって! ほら見て、杵は一本一本、順繰りに落ちてるっしょ? だから、タイミングよく上がった瞬間に潜り込めばOKって感じ?」
こいつ本気で――いや……本気だろうな。彼女の身体能力なら造作もないだろう。彼女だったなら。
……嫌な予感が現実になっちまったか。
「それじゃあまた見本を見せるから、あたしの動きを覚えててね」
マーリカは軽くそう言うと早足で加工場へと足を踏み入れた。
丸太が上がった瞬間、躊躇なくその真下へ潜り込みまた次の丸太の下へと移動する。
次々に落下する丸太の動きを完全に見切っていた。最初は早歩き。しだいに駆け足になり、七本目にいたってはスライディングしてギリギリくぐり抜けていた。
……マジか? マジで……こんな所渡れってのか……?
「こんな感じ! どう? ちょっと楽しそうでしょ?」
何も全然まったく面白く感じないんだが……
「大丈夫だって! なんかあったらあたしが助けるからさ。ほら! 追っ手が来てるかもしれないんだから、ちゃっちゃと動く!」
本当だろうな? クソ、もうどうにでもなれ……!
俺は杵の前で1~2分ほど立ち落ちるタイミングを測った。
把握できたと確信した所で、意を決して贄の加工場へと足を踏み入れる。
一本目が上がった瞬間に入り込む。
目の前で落ちる二本目の杵。恐ろしい轟音と風圧。だがそれに構ってなぞいられない!
真上の杵に注意しながら、二本目、三本目、四本目と順序よくくぐり抜ける。
五本目からタイミングが早くなる。やや駆け足で五本目をくぐり抜けた。
すると六本目が、恐ろしい速度で頭上へ迫り来る!
俺はギリギリでなんとかかわした。残り一本!
だが――
七本目はすでに、目と鼻の先まで降りていた――
とっさに見る。マーリカ!
だが、俺の助けを求める視線に対し――彼女は目を細め薄く笑みを浮かべていた。
まるで、『お手並み拝見』といわんばかりの、高見から様子を見守る微笑。
助けるつもりなぞ毛頭ない。そんな顔だ。
…………死んだ。
絶望と共にそう思った。
その時だった。
「フッ!」
気合いを入れる何者かの息づかい。
同時に、目の前まで迫った杵が唐突に停止した。
尻餅をつく俺の傍らに――頭上の杵を拳で止める大男が立っていた。
「無事……ですね?」
そう口にした男は、眼鏡と燕尾服が印象的な執事風の男。
ただし、その体格は一介の執事には似つかわしくない恵体である。
190以上の身長とがっしりした肉体。しかしてその風貌は黒髪をオールバックにしたインテリ風の男だった。
「間一髪といったところですか……やれやれ」
一抱えほどもある太さの丸太を片手で支えながら、執事風の男は眼鏡をかけ直し安堵の笑みを浮かべる。
俺が急いで彼の傍らをくぐり抜けると、彼はサッと優雅に身を翻し杵から手を離す。
ズン、と重々しく落ちる杵。……いったいどんな腕力してるんだあの人?
――あの、あなたは……?
「私ですか? 名はシュルツと申します。故あって、あなた方の助勢に」
右手を胸元へ向け軽く会釈するシュルツさん。その言動一つ一つに、優雅な気品のようなものを感じた。
――助けてもらったことは感謝します。しかしその故、というのは……?
「ああ、私は実はそこにいるマーリカと同じ組織に属してましてね」
シュルツさんは、くるりとマーリカの方へ視線を向けた。
「あなた方の脱出のサポートをしろと命ぜられて来たわけですが……全く嘆かわしい。少しは常識というものを期待していたのですが、まさかこんなルートを通るとは……」
咎めるような厳しい視線をマーリカへ向けるシュルツさん。
マーリカは、そんな彼の視線もどこ吹く風だ。
やっぱり普通は避けるような所を通ってたのか……
「彼女なら問題ないでしょうが、別の世界からの客人ではさぞや酷だったでしょう。彼女に代わり謝罪いたします」
頭を下げるシュルツさんに、俺は“そんなことする必要ないです”と慌てて伝えた。
マーリカは、そんな俺達のやりとりを見てあくびを一つ。
お前が全ての元凶だろうが……
「ここからは安全なルートを案内します。ええ、と……」
ああ俺の名前か。そういえば名乗っていなかったな。俺は簡単に名乗ってみせた。
「ソウジ君、ですか。ではここからはあなたに無理をさせない道を選びます。しばし心と体を休めてください」
ありがとうございます、と言いかけふと疑問を持った。
マーリカと同じ組織。そう言っていた。
その組織とは? いったいどんな目的が? マーリカが俺を牢屋から連れ出したのには、その組織とやらが関係しているのか?
大小さまざまな階段を降りている。確実に城を下る道だろう。俺は階段を降りながら、それらの疑問をシュルツさんにぶつけた。
だが、返答は一つ。
「すべては城から出た後に答えましょう」
今答えられない理由はどこにあるというんだ?
公共の場所でもなく、盗聴するようなテクノロジーも見当たらないここで? 答えられない理由とは?
……きっとこれを言っても、やはりまともに答えないだろう。
ため息を吐くと――隣のマーリカとカブった。
いや、お前はシュルツさんと同じ組織の仲間だろ? なんだその“鬱陶しい奴がしゃしゃり出やがった”的な顔は?
「ふむ、ようやく半分の階層を過ぎましたか。大丈夫ですかソウジ君?」
俺はうなずき、隣のマーリカは不満げに鼻を鳴らした。
「では、先に進みましょう」
そこで、ふと違和感を覚えた。
この城……あまりに人の気配がなさ過ぎる。
衛兵二人と翼の女性一人。それ以外には姿を見ないし、物音すら皆無。
シュルツさんが人のいない場所を選んで歩いていたとしても……不自然なほどに気配を感じない。
城というからには、所有者の親族以外にも使用人やら衛兵やらがうろついているものじゃないか……?
まるで、初めから無人の城を歩いているかのような――
「ここで下に降りる階段は最後。やっと一階に着きましたね」
シュルツさんの発言に俺のウダウダとした考えがかき消された。
一階。
ならば城から出るのも目前。
帰れるのか。俺は元の世界へ……!
「速度優先で広間を抜けます。ここを抜ければ外へ――」
言いかけたシュルツさんが、突如足を止めた。
夜のしじまに沈む暗い広間。
燃える松明を据え付けてある柱。その影からずるりと人影が現れる。
松明が照らす人影の主。
俺は、息を飲んだ。