5章-(6)スジの通し方
――魔獣?
「理子の影響で異常な身体変化を遂げた動物。それが魔獣。スキンドッグは集団で人間や他の動物を狩る肉食の魔獣だから、襲われたらひとたまりもないわね」
――肉食なのか? あの馬?
「うん。銀砂漠で生き物を見つけたら、とりあえず集団で蹴り殺して踏みつぶしていくの。“ブドウ踏み”って言うんだけどね? で、肉を良い感じに潰して柔らかくしてから、舌で舐め取って食べるわけ。元々草食の馬だったから肉を噛むのに慣れてないみたいでさ。草のない砂漠で適応するために、肉を食べるよう進化したみたい」
……想像して吐き気がした。この世界にはとんでもなく凶悪な動物が住んでいるらしい。
「銀砂漠を越えるには、スキンドッグより早く走れる乗り物が必要。だけどさっきのアホが車輪壊したせいで、運転手が脱輪しないように速度落としてるみたいね。おかげでスキンドッグ共にカモだって気づかれたみたい……ムカつくわー、マジで」
マーリカはいら立つように舌打ちをしたが、しかし彼女の顔は余裕たっぷりといったような薄い笑みだ。
――どうするつもりだ? あれも片付けるか?
「アンタちゃんと外見た? 100近いスキンドッグを相手に戦おうっての? あたしはともかくアンタは無理。100近い数の人よりデカい生き物が、70キロ以上の速度で雪崩こんでくるわけよ? 一匹ずつ律儀に殺してくつもり? すっ転んだ馬がこっちにブチ当たっただけで致命傷ってな状況で?」
――ならお前はどうするつもりだ?
マーリカへ逆に問うと……彼女の笑みが、冷酷に染まる。
「とりあえず、列車の連中を襲わせた後、あたし達だけで逃げるってな感じかな?」
――なんだと……!?
こちらの会話に聞き耳を立てていた乗客達の、息を飲む音が聞こえた。
「相手は獣だからね。そこの連中が食われて満足すればさっさと引き上げると思う。まあそれでも何体はこっちに来るとは思うけど? 10から20くらい殺せば諦めると思うよ?
獣は単純だけど馬鹿じゃない。あたし達を襲うことにリスクを感じ、なおかつ食欲をある程度満たしてる状態なら、リスクを負ってまでこっち襲おうとは思わないからね」
――乗客を犠牲にして、自分たちだけで助かろうってのか?
「その通りだけど? なに? 可哀想だからやめたげてー、とか言うつもり? ……そもそもの話だけどさ、あたし達世界を滅ぼす組織の手先だってことわかってる?」
助ける筋合いなどない、ということか。
――俺達の名前を広げることも目的じゃねえのか? ここの人達を見殺しにすれば、名前は広がらねえぞ?
「名前広げる以前に自分の身を守ることが第一でしょうが。ってか、見殺しにしても名前は広がるのよ? “強盗団と列車の人間全員殺した悪の組織”っていう名前がね?」
――悪評でもいいってのか?
「当然。名前を広げる理由は知名度を上げること。ようするに6大国に不満を持つ連中にあたし達の名前を知らせればいいだけの話。それが良い噂だろうが悪い噂だろうがどっちでもいいし、どちらにしても使いようがあるってこと。
まあ、悪い噂の方が6大国への牽制にもなるし? ここで見殺しにして悪の組織としてのイメージをすり込ませるほうが効果的かな」
…………
「――そもそもだけどさ、ソウジはこの世界とは関係ないでしょ?」
マーリカの冷たい一言が、ナイフのように俺の胸に突き刺さる。
「この世界の連中がどうなろうと、どうでもいいっしょ? アンタにとっちゃ、ここの連中はアンタの故郷を滅茶苦茶にしようとしてる侵略者。たとえ直接手を下す軍属の奴でなくとも、6大国で経済活動をしている以上、侵略をする軍をサポートしているのと変わらないわけよ?」
………………
「少なくともこの列車の連中はジレド公国の経済を回してる大手の商人。あたし達が潰そうとしてる6大国の経済を支える奴らなのよ? ぶっちゃけあの強盗団共よりも真っ先に殺すべき連中ってわけ。わざわざ生かす理由なんて微塵も存在しないわね」
――見殺しはスジが通っているのか?
「当然じゃない。アンタの言う、スジの通った殺しってやつよ」
…………
列車内を見渡す。怯えた表情の乗客達の顔が俺を見返した。
恐ろしい怪物を見るような、自分たちとは違う異物を見るような、そんな目で。
……お互いに決してわかり合えない溝。そんな雰囲気を俺は感じ取った。
瞬間。
ドン! という轟音と共に、列車の壁の一部が破壊され、外の白い銀砂漠の光景が垣間見えた。
乗客達の悲鳴。さらに、男の悲鳴が一際大きくこちらの耳に届く。
「ヒィィ! グルルルル!!」
「ああああ!! 助けて……! 誰かああっ!!」
新たに開けられた車両の穴から、肌色の馬がいななきながら首を出し、身なりの良い太った男の服に噛みついていた。
スキンドッグ。
奴らの一頭が列車に体当たりし、穴を開け、乗客の男を喰うため外へ引きずり出そうとしている。
助ける道理などない。
6大国に仕える者。俺達の世界を侵略する者達の手先。
見殺しにするべきだ。それがスジだ。
だが――――!!
「え? ちょっと……ソウジ!?」
俺は素早くスキンドッグの元へ駆け、大斧を握り一回転。
太った男を外へ引きずり出そうとするスキンドッグの首を、一撃で切り落とした。
「ひああああっっ!?」
だが――振り下ろした斧の反動でスキンドッグの首が上を向き、太った男の体が外へと放り出されようとした。
――クソっ!!
俺は列車の穴から身を乗り出し、斧を握っていない左手で太った男の左足をなんとか掴まえた!
だが人間一人を、ましてや80kg以上の重さのありそうな太った男を片手1つで支えるには……流石に、キツイ……!
――力、ちっとは貸せよ、斧……!
斧への怒り。身勝手に人の感情をもてあそぶクソのような魔剣。
なら俺の身勝手にも力を貸せよ……!
魔剣ホイールアックスは怒りの感情を喰らう。魔剣自体への怒りも奴にとってはエサとなる。
俺の怒りに満足したのか、斧から俺の全身の筋肉へ活力のようなものが伝わる。
これなら――いける。
俺は全身の筋力をフル動員し、太った男を列車内へと引き戻した!
「うう……た、助けてくれたのか、君……?」
俺が力任せに引っ張った左足をさすりながら、太った男が意外そうな声を上げる。
まったく……自分でも本当に意外だ。
「何やってんのよソウジ! スジ通ってないじゃんそんなの!?」
マーリカが不満全開で俺に抗議。
確かにスジは……論理的には、この太った男を助ける理由はない。
けれど。俺は学んだのだ。
命が今失われる事が問題なのだ、と。
シパイドの街で、キョウコから学んだ“もう1つのスジ”。
彼らは商人だ。俺達の世界へ侵略を企てる連中とはやはり違う。
ならば――失われようとする命なら、救える命ならば、救う。それが……俺のスジだ。
「……あの七罰連中と話して日和っちゃったんじゃないの? 前はそんな甘い奴じゃなかったでしょ、アンタ?」
マーリカは怪訝そうに俺に尋ねる。
だが、俺の心に迷いはない。
――俺は俺だ。俺なりにスジを通した結果だ。
「偽善ぶった人助けがスジってわけ?」
――殺すべき奴は殺す。それ以外の奴を殺す道理はない。それが俺のスジの通し方だ。
「……それってスジ通ってるの? アンタの価値観で殺すべき連中を決めてるだけじゃん?」
マーリカはため息を吐き、先ほど助けた太った男を指さす。
ひっ、と太った男は小さいな悲鳴をあげた。
「例えばアンタの助けたそいつ。このご時世にブヨブヨ太れるなんてさ、あくどい手段で稼いだ結果なんじゃないの? アンタ、殺していいクズまで救おうとしてない?」
――そんな事は知らん。
「知らんって……」
――俺の知らんことまで責任は持てん。出来る時に、出来る限りの事をするだけだ。
「……断言する。いずれ、アンタのその“傲慢さ”を指摘して、アンタの罪を罰しようとする輩が出てくる。必ずね」
――その時に判断する。俺なりのスジを通すさ。
そう答え、俺は彼女の視線から目をそらした。
……殺されるぐらいなら殺す。今のところそれが俺のスジだ。
俺がため息を吐いた、その時。
ドン!
列車の天井部分が爆破。煙と共に、一人の男が列車内に降り立つ。
「ウチのボスが大変お世話になったようで」
男は素早く腰に手をやり、両手に魔法を放つ拳銃を握る。2丁拳銃か。
「――せめてものお礼だ。たっぷりと死ね」




