5章-(5)スキンドッグ
「――やれ」
ボスの命令に従い、強盗団が一斉に引き金を引く。
連続する破裂音と共に、銃口から雷のような攻撃魔法が射出!
俺は斧を眼前に構え、再び怒りの感情をたぎらせた。
すると斧からあの血霧が立ち上り、たちまち銃の攻撃魔法は減衰・消滅していった。
「ぼ、ボス……!」
「慌てるな。防御魔法はいつまでも張れるわけじゃねえ。ひとつ根比べといこう」
こちらのスタミナが切れるまで待とうって魂胆か。
斧の霧は俺の怒りの感情で現れる。だが、怒りってのはいつまでも持続できるものではない。確かに連中の戦術は正しい。
……俺が動かなければの話だが。
「う……!?」
俺は斧を肩にかけ、ゆっくりと連中へ歩を進める。
「正面からやりあおうってのか、おい……!?」
恐怖にうわずった声を上げる強盗団。だが構わず進む。進む。
「こ、こいつ……ボス! 指示を……!?」
「――ボスってコレのこと? 拍子抜けするほどクソ弱かったんだけど?」
強盗団達は驚愕した。自分たちの背後に、唐突にマーリカが現れたからだ。
そして彼らが慕うボスは――彼女の手によって既に物言わぬ氷像と化していた。
「ほい、あんたらの大好きなボス、返したげる」
ゴン、とマーリカが蹴りを入れると、氷漬けのボスが傾き――床でガラスのようにバラバラに砕け散った。
「お、お前! どうやって!? どうやって後ろから現れた!? 移動魔法の痕跡はどこにも……!?」
その時、強盗団の一人が気づく。俺の背後、先ほど斧によって開けられた車両の大穴に。
「き、霧に乗じて外から貨物車に潜り込んだってのか!?」
「ピンポーン。ま、今さら気づいた所でってとこだけど」
マーリカは嘲笑しながら連中のお粗末さを指摘する。
「雁首そろえてド素人かっつーの。敵を逃げ場のないところに追い込むってことは自分らの退路も狭めるってことよ? 退路ぐらい確保してるかと思いきや……呆れたわ。奇襲ついでに逃げ場潰そうとしたあたしがアホみたい。
大層な名前で名乗っといてさ。なんだっけ? 銀砂の……? ソウジ、覚えてる?」
俺はため息を吐き、彼女に言った。
――覚える必要あるのか? どうせここで消える名だ。
「ふ、ふ、ふざけるなああっ!!」
男達が引き金を引こうとした瞬間。
俺は瞬時に距離を詰め、斧を一閃。雁首並んだマヌケ共の首を横並びにはね飛ばした。
「お見事」
マーリカがニコニコしながら拍手を送る。
――嬉しそうだな。
「だってさあ? あんまりにも躊躇いなく鮮やかに殺すもんだからさ? 城でウジウジしてたあの頃とは違ってすごい変わりようだしさあ?」
……確かに、こいつらを殺すことにまったく抵抗を感じなかった。
斧がもたらした怒り。それに基づく殺人衝動。それも理由の1つ。
だが一番の理由は……スジが通っていたからだ。
「スジ?」
――ああ。こいつらを殺すことはスジが通っている。
「殺人を犯しててもスジが通ってりゃOKってこと?」
――当然だ。こいつらを生かしておけば被害者が増えるだけだ。死ななければならない連中だった。だから殺した。これはスジの通った正しい殺しだ。
俺がそう答えると――マーリカは腹を抱えて大笑いしだした。
――そんなにおかしいか?
「違う違う。嬉しいのよ。そういう非人間的な切り替えの良さ、お姉さん好きだなーって」
――どうせ俺はまともじゃねえよ。
フン、と鼻を鳴らすと――足下から声が聞こえた。
「……屈辱だ。こんなガキ共にこの俺がやられるとは……」
先ほどの強盗団のボスだ、バラバラに砕け、首だけになった状態で、それでも執念深く俺達を睨む。
「このままでは済まさん……お前達も、ここの乗客共にも、まとめて地獄に付き合ってもらう……!」
その瞬間、首を失った強盗団達の死体が、突如現れた魔方陣の光に包まれ、消滅。
これは……自分の部下の死体を贄に、魔法を使おうってのか……!
「全員“スキンドッグ”共のエサになれ――〈地舐蟲〉! “車輪”をぶち抜け!!」
強盗団のボスが唱えると、奴の口から光に包まれたムカデのようなものが這い出てきた。
俺が血霧を使う間もなく、ムカデは木製の床の下へ潜り込み、その姿を隠してしまった。
その数秒後――俺の背後から爆発音!!
ドオン! という音と共に、ぐらりと大きく揺れる列車。乗客達は一斉に悲鳴を上げた。
「動輪の1つをブッ飛ばした……脱線するか、そうでなくともまともに走れまい。速度が落ちれば“スキンドッグ”共が群がってくるぞ。運良く逃げ出せたとしても、外で併走している俺の部下達が残らず殺してやる……はははは! 地獄に行っても忘れるな!! 俺達の名は銀砂の――」
言い終えるより早く、マーリカのムチが強盗団のボスの首をバラバラに切り刻んだ。
「厄介なことしてくれたわねえ……もっと念入りに殺しておくべきだったかな」
――こいつの言っていた“スキンドッグ”ってのはなんなんだ?
「……窓の外を見たら分かるよ」
俺は列車の窓を開け、外の様子を確かめる。
すると――列車のはるか後方から、肌色をした無数の何かが走っているのを見た。
目を凝らす。肌色のものは動物――それも馬。
だがそれはただの馬ではなかった。砂と雪を蹴散らしながら、全身を覆うダルダルの皮を醜く揺らし、口から泡とよだれを吹き猛然と列車目掛けて疾走している。
――なんだよ、あの馬……!
「あれが“スキンドッグ”。この銀砂漠に住む魔獣だよ」




