5章-(4)発現する魔剣の力
そこからは、一瞬。
気がつけば。
俺はレイクスとかいう男の顔面を掴み、列車の壁に叩きつけていた。
「て、てめ、なんのつもりだ……!?」
レイクスは、しかし怪訝に動きを止める。
列車から奇妙な音がしていた。
ギギ、ギギ、ギギ、という金属を引っかく耳障りな音。
それは徐々にこちらへ近づき――次の瞬間。
「げがああああっっ!!」
レイクスの腹が破裂し、おびただしい血が列車内に吹き上がる!
俺はレイクスのはらわたのあたりを見る。血肉に紛れて顔を出したのは――斧。俺の持つ魔剣、ホイールアックスであった。
ビクリビクリと痙攣するレイクスの顔を押さえつけたまま、俺はレイクスの腹から生えた斧の柄を握り、力任せにずるりと引き抜く。
小さく血が飛沫き、いくつかの肉の塊が濡れた音を立てて落ちた。
レイクスの顔を離すと、奴がずるりと崩れた背後の壁に大穴。
……そうか。魔剣は持ち主に呼応し、自力でこちらへ飛んで来る。リントとの戦いでイルフォンスが見せたように。
ふと、隣の少女と目が合った。
血まみれの彼女は、レイクスに掴まれた時よりもさらに怯えた表情で俺を見上げていた。
……まるで人間ではない、化け物を見るかのような顔で……
「な、何だお前は!? どこから武器を!? 何者なんだ貴様は!?」
アベルとかいう鎧の男が半ば狂乱しながら距離をとり、防御魔法を唱えた。
自身の周囲を半球状に覆う薄緑の防御障壁。
……いわゆる完全防御ってか?
リントとの戦いで奴が自慢げに披露した防御スキルを思い出し、胸の奥からさらに深い憤怒の感情がわき上がる。
すると――俺の怒りに呼応し、斧からじわりと赤黒い血の霧が現れた。
血霧はアベルの防御魔法を障り、浸蝕し、徐々にその効力を失わせてゆく……
「き、霧が魔法障壁を溶かしている!? ひ、ひいいっ!!」
斧を構えて近づく俺に、アベルは恐怖の声を上げる。
俺は血霧をまとわせた斧を振りかぶり、力任せに横薙ぎを一閃。
――しゃらくせええええんだよ!!
防御魔法ごと。鎧ごと。アベルとかいう男の胴を真一文字に斬り飛ばす!
再び大量の血が吹き上がり、客車内は血と悲鳴で塗りつぶされた。
「あっはははは! すごいじゃないソウジ! 今日一日で“第三支階”まで到達できるなんてさ!!」
凄惨な客車内で手を叩いて大喜びするマーリカ。俺は気になる単語について尋ねる。
――第三支階……?
「うん。魔剣は真の力を発揮するための5つの段階があるって言われててさ? その段階のことを支階っていうわけ。
第一支階が魔剣の意思をイメージで受け取れる〈死念〉、第二支階は自分の意思で魔剣を呼び寄せたり、手を使わずに動かしたりする〈駆導〉、第三支階はあらゆる魔法を汚辱し腐食する血の霧を生み出す〈朽蝕〉、っていう風に名前がつけられてるわけ。
要は魔剣使いの必殺技みたいなもんかな? カッコよくない?」
――血の霧。イルフォンスの使ってたやつか。
「そうなんだけど、ソウジはあのお坊ちゃんに比べるとまだまだって感じね。見たでしょ? あいつの使う霧は量も濃さも段違いだったのを」
確かに。うっすら周囲を赤く染めるだけの俺とは違い、奴の使う霧はまるで分厚いベールのように濃縮されていた。
俺はまだ第三支階とやらに到達したてのヒヨッコだ。マーリカはそう付け加えた。
どうやら新たな力を得られたようだが、俺は全く喜ぶ気にはならなかった。
こいつは――この斧は、俺の怒りを煽るために、俺の記憶を利用した。
あの『伯爵』のように、人の思いとトラウマを無遠慮にほじくり出しやがった……
結果まんまとこの斧に乗せられた。だがもうこの斧の良いようにはさせない。怒りはしない。俺の怒りこそこいつの望み。ならば極力感情を沈めてやる。
だが――――
「…………」
慌てふためく乗客の中から、数名が静かに立ち上がり、俺達へと向き直る。
「ありゃ、まだ残りがいたんだ?」
残る賊は6人。それぞれが銃口をまっすぐこちらへ向ける。
ただし、その銃は俺の世界にあるものとは違う。先ほどのレイクスとかいう奴と同じ、詠唱や生贄ナシで魔法を放てる代物のようだ。
「――仕事上アクシデントはつきものだが、まさか10代の少年少女にしてやられるとはな」
貨物室からもう一人の賊が顔を出す。黒皮の帽子にヒゲをたくわえた大男。余裕たっぷりで現れたところを見ると、こいつがこの強盗団の頭領らしい。
「そこの二人を片付けるほどの腕だ。まさか無名ってわけでもあるまい? お前らどこのモンだ?」
「……聞きたい? そんなに? あたし達の名前を?」
「二人殺ってサヨナラってんじゃあ流石に無礼だろうよ? 名乗れよ。お前は何者だ?」
マーリカは待ってましたとばかりに笑みを浮かべ、高らかに名乗ってみせる。
「あたしは〈ナイトオブナインズ〉の“5”……マーリカ」
――おい。なに嬉しそうに名乗ってんだよ? この国に来た時、俺達の正体をバラすなっつってたろお前?
「いーのよ。ここならね。あたしらが受けた任務の2つ目、覚えてるでしょ?」
――ナインズの存在を世に示す啓蒙、だったか?
「まあ、ようするに名前を広めておけってこと。名前が広まれば、あたしらの味方になってくれる人らも出てくるっしょ?」
フフン、と得意げに胸を張るマーリカ。わざわざ名乗って強盗団退治して、名前を上げようって魂胆なのか? 賢いというか発想がこすっからいというべきか。
名乗られた強盗団の方を見ると、連中は顔を見合わせて首をひねる。
「ナイトオブ……?」
「一体何言ってんだあの女?」
「いや……いや待て、あいつ今、マーリカっつったか!?」
マーリカの名前に、強盗団達が驚愕の表情を見せる。
「50近い村を潰し、殺した人数は1,000を下らない……! あの“凍血の少女”だってのか!?」
「150人の精鋭からなるヴェルハッドの隠密騎士団をたった一人で相手にして皆殺しにしたって話だ……しかも、噂じゃあ転生者と正面からやり合って倒したこともあるって……!」
「馬鹿言うな! あの女はもう死んだって話だぞ!! ありえねえ! こいつがあの“マーリカ”……!?」
「ありゃりゃ、やっぱまだ全然ナインズの名前広まってないのねえ? せっかくラースが会議で一発かましたってのに。やっぱあの出来事って、あたし達やレジスタンスに利用されないよう6大国が秘匿してんのかな?」
強盗団すら恐れおののくマーリカの逸話に、当の本人は不満げに頬を膨らませるだけだった。
……つうか、いくらなんでもやりすぎだろ。盗賊通り越してほぼキリングマシーンじゃねえかお前。
「……落ち着け」
強盗団のボスらしき大男が、一言で混乱する部下を黙らせた。
「俺達のような仕事をしている奴で、あの“マーリカ”の名を知らない奴はいない……それを分かってて、俺達にその名を語って見せたんだよな?」
「つか、本名なんだけど? 勝手に人の名前に変な含蓄いれないでくれる?」
「……噂が真実か試してやろう」
改めて強盗団が一斉に俺達へ銃を向ける!
「狭い車内で逃げ場もなし。伝説ごと蜂の巣になるんだな」
乗客達は巻き添えを恐れ、座席の下へ身を潜らせた。
そしてマーリカは……2、3度顔の前で煙を払うようなジェスチャーをして見せる。
……なるほど。俺は即座に彼女の意図を読み取った。




