5章-(3)脈打つ怒り
――おい、マーリカ……!
「なあに?」
――なにじゃねえだろ……この状況、一体どうする……!?
「どうもしないけど?」
――どうもしない、ってお前……!?
「強盗団が現れたから何するってのよ? あたし達には関係ないっつの。周りの金持ち連中から金巻き上げたいだけでしょ? なら好きにさせれば?」
…………
「なに? アンタ今さら正義の味方ヅラするつもりないよね? シパイドであんだけのことやらかしといてさ?」
――それは……
「あたし達一応悪の組織の一味ってことになってるってわかってる? 周りの善良な市民様々にとっちゃさあ?」
――強盗団を好きにさせればどうなる? あいつら、すでに二人殺してるんだぞ……!?
「一般市民サマ次第じゃない? 素直に金だせばそれで終い。よそから金を巻き上げる仕事はスピードが命。強盗だろうが盗賊だろうが詐欺師だろうがその基本原則は変わんないのよね。だからあいつらの言った通り、出すモンさっさと出せば被害は最小限で済むと思うよ?」
――なら……あいつらが俺達に金を要求した場合は……?
「出すよ? はした金程度だけどね。ま、『お金ないから勘弁してよー』ってな感じで演技すれば納得するんじゃん?」
――あいつらが納得しなかったら?
「……そんなんわかってるでしょ?」
マーリカは、全身の血を凍えせるようなゾッとする笑みを浮かべる。
「交渉決裂なら、こっちが容赦する理由は何一つ無くなるってことよ」
そんな俺達のやりとりを知らず、老婆に化けた強盗団の男が客室の一人ひとりから金を集め始める。
「悪いねお嬢ちゃん。有り金全部出してもらおうか?」
俺達の元にも男は当然のように集金に訪れた。
「……はい」
マーリカが男に渡したのは20ガロ。ちなみに1ガロは日本円で10円くらいの価値だ。
「おい……ふざけてんのか?」
「ひっ! す、すみません……わたしたち、列車に乗るのもやっとで、もうお金が……」
「……ちっ。舐めやがって。ガキの駄賃か? いるかよこんな金!」
老婆に扮した男は、俺達から巻き上げた金を外へ放り出してしまった。
悲しみに満ちた絶望の表情を作ってみせるマーリカ。ぶっちゃけ俺達はさっきの20ガロの1000倍、2万ガロほど金に余裕はあるのだが……こいつほんとすげえな、演技が。
「さっさと金を集めろ。ガキ相手になにを遊んでる」
「……あ? 誰に口聞いてんだ? 金欲しさに裏切ったナイト崩れがよ?」
老婆に化けた男が悪態をつき、鎧の男がため息を吐いた。
「……畑の病に人の病。さらに9回目の新月と、現実はとかく残酷だ。金が尽きれば愛想も尽きるらしい……15年の忠義すら金の前には無力だそうだ」
「ハ! 何言ってやがる? たった15年で気づけて幸運だと思えよ……結局ものを言わすのは『金』っつーことだ! 金のねえ奴あクズだ! 金作る方法なんざいくらでもあるんだぜ? こんな風にな!!」
バラバラと老婆に扮した男が金貨や宝石を床に散らして見せる。
「……俺らみてえな底辺に落ちることすらできねえ、自称善良な一般市民の貧乏人共! クズってのはそういう連中の事を指すんだよ。自分で金を作る努力もしねえ! 法を犯す度胸もありゃあしねえ! 現状に愚痴って酒におぼれるだけの貧乏人。そういう連中を真のクズという!!
……俺達は違うぜ? 現状に絶望して不平不満をほざくだけで傷の舐め合いしかしねえ連中とは違う!! この世が金だってんなら、最短距離で金を得る!! それが俺達“銀砂の虎”だ!」
……は?
何を偉そうに屁理屈垂れてやがるんだ……?
人が汗水垂らして稼いだ金を横から奪っていく、寄生虫もどきの犯罪者が……!
「はーい、ソウジ、一旦落ち着こっか?」
――俺は冷静だ。
「2、3人平気でぶっ殺しそうな顔してるけど?」
――あいつらなら殺していい。
「うん、アンタがいうとマジ洒落にならないから。てかわかってる? アンタが感じてるその“怒り”、多分あの魔剣の仕業だと思うよ?」
マーリカに言われ、ハッとした。
そうだ。俺はそもそもまともな人間ではない。本性を知らなかったとはいえ、シパイドでも一度奴隷の女を見捨てている。
自分と関わりのない他人には何の感情も抱かない。俺はそもそもそういう冷たい人間だったはず。
こんな風に、俺と関わりないことで怒りを覚えていることが異常。あの斧が、貨物車へ押し込まれた腹いせに俺の感情を操作してやがるのか……
感情を落ち着かせるため、俺は一旦深呼吸をした。
……だが、事態は刻々と悪い方向へ舵を切る。
「レイクス。そもそもの疑問だが、なぜこの二人を殺す必要があった?」
「あん?」
老婆に扮した男――レイクスはローブを脱ぎ捨てながら、鎧の男へ気だるそうに応じる。
「こいつらはタダモンじゃねえ。相当腕に覚えのある騎士さんと見た。俺らが仕事をする上で一番の邪魔になりそうだったんでな……ま、剣と盾構えてチャンバラしてるだけの世間知らずの騎士なんざ、俺にかかればこんなもんよ」
ローブを脱ぎ変身魔法を解いたレイクスは、背の低い50代くらいの男だった。目の下の病的に黒いクマと、頬をわずかに上げる皮肉めいた笑みが特徴である。
「……これが賊の戦い方か。確かに我々ではお手上げだ。モンスター共より悪辣とは恐れ入る」
「はは、腐るな腐るな。お前はそうやって公正公明な騎士であり続けりゃいいんだよアベル。そうすりゃここの列車の連中のように騙されるアホが増える」
鎧の男――アベルは、ふと怯える緑の髪の少女へ視線を向けた。
「その子はどうする?」
「あーあ、そいつか。タダモンじゃねえ騎士が二人で後生大事に守ってたわけだろ? そりゃあ素敵なお家柄なんだろうさ……お宝だ。家を強請れば金になる。当然こいつもいただいていく」
「……その子の家が俺達の要求を飲まなかった場合は?」
「金にならにゃあ金にする。人買いに売って生贄コースだな……いや待て。よく見りゃなかなか器量がいい。ド変態の足長オジサンに高値で売れるんじゃねえのか? ひひひ」
……俺は、我知らず怒りに両手を強く握りしめていた。
殺せ! 殺せ! と胸の奥で心臓が猛り、憎悪の熱を帯びた血が体を逆なでるように全身を不快に巡る。
耐えろ。俺には関係ない。あの斧の目論見通りに動いてはならない……!
「どれ、お嬢さま、ちょっと顔を拝見させてもらおうか? オジサンが品定めしてあげよう」
レイクスは恐怖に青ざめる少女の顔を良く見ようと、その汚れた指を少女のあごへ伸ばす。
その刹那。
「がっ……!?」
レイクスが右手を押さえて一瞬のけぞる。見ると、緑の髪の少女は5~6センチ程度の小型ナイフを握りしめ、強盗団の二人へ震えながら懸命に刃先を向ける。
「このガキ……たかがナイフ一本で優位に立ったつもりか? ああ!?」
ボタボタと右手から血の球を落とし、レイクスは獰猛に血走った目を少女に向けた。
「おいレイクス! 相手は子供だぞ!?」
「子供だからだろうが!! ガキの分際で! 俺を舐めてんじゃねえっ!!」
レイクスは少女のナイフを蹴り上げ、丸腰になった少女の襟首を強引にひっつかんだ。
「ッッ……!」
苦しげに、痛々しく、少女は手足を必死に動かし抵抗する。
「その子は金になるんだろう!? 今傷つければ――」
「騎士崩れのクズが指図するんじゃねえよ! ……大人をからかった罰だぜ? クソガキ」
そして。
レイクスは血まみれの右手を握り――少女の顔を全力で殴り飛ばした。
どくり。
心臓が、大きく鳴る。
どくり。どくり。どくり。
殴られた少女の顔が。
瑞希の顔に。
あの工事現場で、馬乗りになった男に殴られた彼女に見えた。
その瞬間。
がちり。
俺の脳裏で、あの、何かが噛み合う歯車の音がした。




