5章-(1)汽車へ
「割り符を拝見いたします」
俺とマーリカが鎧を着込んだ男に割り符を渡すと、そいつは自分の持っている木の札と合わせ、満足そうに頷いた。
「良い旅を――次、後ろの方」
鎧の男に通され、俺は改めて目の前の乗り物を眺め回す。
くすんだ鉛色の蒸気機関車だ。
高さは3メートル、長さは客車を合わせれば100メートル近くはあるだろう。
……そういえばSLを生で見るのは初めてだな。ってか、蒸気機関車くらいはあるのか、この世界。移動も魔法とかで済ませてそうなのに。
「後ろつかえてんだから早く乗りなよ、ソウジ」
腰に手をやり、呆れたような顔を見せるマーリカ。俺は頭の中の観光気分を追い払い、あわてて客車へと乗り込んだ。
「……武器の類いは最後尾の貨物車へ願います」
客車の中にいた鎧の男2が、俺の背中の斧を指さしてそう言った。
この斧を預けるのはいいが……ずいぶん物々しいな。いたる所に鎧と剣と盾をガチガチに装備した警備員みたいなのがいるんだが。
「この辺で悪さしてる列車強盗団がいるんだってさ」
俺の疑問を察知した、マーリカの発言。なるほど強盗団への対策か。
強盗団ねえ……
「……なにその目?」
――確かに強盗やら盗賊やらには関わりたくねえよな。
「そーね。トレジャーハンターだったあたしとしてもその辺は同感かな」
――早く捕まればいいのにな。
「……そろそろ殴るよ?」
元盗賊からの脅迫をやりすごし、俺は貨物車から汽車に乗り込んだ。
雑然と荷物が積まれる貨物車に斧を置き、客車の方へ移動すると――暖かな明かりと室温にホッと息をついた。
薄暗い客車内は、席ごとにオレンジ色の光りが灯っている。
よく見ると、対面座席の足下に、ぼんやりと橙色に輝く石炭のような石がみっしり詰まったガラス瓶が置かれている。
この客車を足下から心地よく暖めているのもあれだろうか? 客車の暖であり明かりでもあるようだ。
「ソウジ、こっちこっち」
マーリカが席からひょこっと顔を出し、チョイチョイと手招き。
彼女に従い、対面の席に腰掛けた。
ちらりと隣の席を見る。鮮やかな新緑の如き髪が特徴的な10歳くらいの女の子と、その女の子の周りを固めるように座る無骨な男性二人。
客車に乗り込む人々は比較的身なりのよさそうな者達だったが、隣の3人は色あせた砂色の衣服とマントを身につけていた。
「あんまり隣は見ないほうがいいよ。ややこしい事になると思うから」
ぼそりと呟くマーリカ。俺はすぐに3人組から視線をはがした。
「どっかの王族かなんかかな? 自分らの身分を隠すため、わざとボロっちい服選んで着込んでるみたいだけど……逆にやりすぎて浮いてるんだよね。世間知らずにもほどがあるっての」
――あの女の子か?
「でしょうね。あの警戒心むき出しでピリついてる二人が、お姫様を警護してるナイトってところ。あそこまであからさまだと『この人が最重要人物です』って喧伝してるようなもんだけど」
なるほど。たしかにジロジロ見てたらお姫様に危害を加える輩かと勘違いされそうではある。
俺は隣を意識しないよう、話題を変える。
――それで、ラスティナの指令について訊きたいんだが。
「魔王サマ救出大作戦について?」
すさまじく陳腐な発言に軽く脱力しながら、俺は頷いた。
「とりあえず目的の魔王サマは大陸の東、極東の凍土に陣を敷いているみたい。あたしらの現在地は右弦国のジレド公国の領地内だから、魔王サマのいる場所からほぼ真逆。大陸を横断する長旅になるかな」
――なあ、魔王ってのは……アレか?
「アレってなによ? 要領得ないわね?」
――愚かな人類を滅ぼして魔族の楽園を築くのダァー、みたいな……?
「それほとんどラスティナじゃん」
……言われてみれば、あいつほぼ魔王だな。言ってることもやってることも。
「魔王サマは6大国に対してレジスタンス活動してる部族連合の長。6大国の連中が侮蔑して呼ぶ“魔人”達の王様だから“魔王”。アンタがイメージしてるのとは多分違うと思うよ?」
……マーリカから説明された。この世界では“魔”という単語は忌み嫌うものにつけられる蔑称であると。
生贄を必要とする“魔法”。人ならざる姿に変われる“魔人”。感情を喰らい人の心を壊す“魔剣”……確かに俺達の世界でも“魔”という単語は良い意味では使われないが、この世界ではさらにその意味合いは重いようだ。
「“魔人”って単語は6大国側から見た部族達への蔑称。だから魔王サマを直接“魔王”呼ばわりしたり、レジスタンスへ“魔人”呼ばわりしたら大問題だからね? ちゃんと相手の名前か部族の名称で呼びなさい。城の連中みたく便宜上使い分けできる、行儀の良い奴らばっかじゃないからさ」
ゲームや漫画じゃ魔王って呼ぶと大喜びしてるイメージなんだがな。こっちの魔王は言葉選びに注意が必要らしい。
――しかし汽車に乗る必要はあったのか? 魔法とかでその魔王のいる所まで飛んで行けばいいんじゃないのか?
「ざーんねん。基本的に移動魔法は自分が行ったことのある場所以外行けないんだよね。魔法を使うにはイメージが大事。行ったことない場所はイメージしづらいからね」
――それで少しでも距離稼ぐために汽車を使ったわけか。ところで、ここにいる人達はなんで魔法を使って移動しないんだ? 魔法は誰でも使えるってシパイドで聞いたぞ?
「使えても使わないのよ。魔法は基本的に使うと反作用が出るって知ってるでしょ? 生贄を使っても大なり小なり反作用は現れる。だからみんな、できれば魔法なんて使いたくないんだよね。貴族はいわずもがな、平民でも使うのを極力避けてる人は大勢いるからさ」
なるほど。ここの人達がわざわざ汽車を使う理由がわかった。
ここにいる人達は、今俺がいる鉱石の街ラゴンで儲けている商人達だ。
毎日のように厳しい労働をこなす鉱夫達を癒やすため、ラゴンでは多種多様な娯楽施設が所狭しと建てられている。
汽車の窓からも、服をはだけてこちらに流し目を向けるセクシーな女性の看板が見られるほどだ。鉱夫達はジレド公国から高額の収入を得ているため金払いがよい。そこに目をつけた商人達が集まり、かくして山と雪しかなかったラゴンはギャンブルとエロがひしめくド派手な歓楽街へと姿を変えたわけだ。
――この汽車はどこまで行くんだ? ジレド公国の首都まで行くのか?




