4章-(18)新たなる旅路
「おかえり、ソウジ」
日中でも薄暗い屋内。元港町シパイドに立てられた簡素な陣屋。
燭台の光が、ラスティナの意地の悪い笑みを浮かび上がらせた。
――俺の行く先々で現れておいて、よく言うな。
「自意識過剰だな。元々落とすつもりだったシパイドはともかく、あの議会でお前が現れるなど思ってもいなかったさ」
――言っておくが、俺はここに留まるつもりはない。
「ほう? どこか行く当てでも?」
腕を組みながら嘲笑を浮かべるラスティナ。
次に俺が何を言うか、全てお見通しといわんばかりだ。
だが、こいつが反対しようと構わない。元の世界へ帰ることが俺の目的。つまり。
――“鍵の巫女”を探し出す。
「よかろう。お前に捜索の任を与える」
拍子抜けするほどあっけなくラスティナはそう言った。
――いいのか?
「もちろんだ。この世界の連中に鍵を使われて困るのはお前だけじゃない。6大国の連中を滅ぼす前に異世界へ逃げられてはかなわんからな」
そういうことか。目的が一致しているのは喜ぶべきか、嘆くべきなのか。
うんざりとした気持ちでいると、出口の扉が勢い良く開けられ――1人の少女が姿を現す。
「そ、ソウジさん!! お怪我をされたと聞きました! 大丈夫ですか!?」
ユウムだ。彼女もあの城からここへ来ていたらしい。
「医療班が帰ってくるまで安静にしてもらっています。ご安心を」
薄暗い屋内よりさらに黒い大男、シュルツさんが俺の代わりに答える。
「わたし、これでも治癒魔法を使えるんです! 応急処置程度かもしれませんが、わたしにやらせて下さいませんか!?」
「い、いえ、君がそこまでしなくても――」
ユウムの勢いにタジタジになるシュルツさん。呆れたようにラスティナが笑う。
「やりたいならやらせておけばいいだろう? なあケイン?」
「うむ……こんなこともあろうかと、包帯と厚皮を用意しておいた。これを使えば骨を固定し――」
ケインさんが言い終える前にユウムが包帯と皮をひったくり、ドタバタ慌ただしく俺の元へ駆け寄ってきた。
――お、おい……
「脱いで下さい!!」
陣屋にこだまする、ユウムの「脱げ」宣告。
言った後で自分の発言にハッとし、ユウムは顔を赤くしながらあわあわと訂正。
「あ、いや、も、もちろん上半身だけですよ!?」
――いやそれはわかるが――
「は、早く!!」
――あ……はい……
観念して制服と肌着を脱ぐ。
ごくり、と生唾を飲むユウム。
――もしもし?
「はっ!? 申し訳ありません今すぐ治療をっっ!!」
うん。慌てなくていい。慌てる必要ないから、だから手当は優しく正確に――
「どおぉりゃああぁぁっっ!! ソウジさん見ててください! このわたしが超速迅速たちどころに緊急救急救命をおおっっ!!」
――ぎゃああっ!! 力任せに巻くなコラ! 骨折ってんだぞこっちは!!
「……やはり、医療班を待つべきでしたね……」
「まあ、こうなることは予想通りだったがな」
「それならなおさら止めるべきだったと思うのだがな。ラスティナよ……」
思い思いのことを口走る3人。つか見てねえで止めろよこの暴走メイドを!
「んちゃーす。ってありゃ? なんか楽しげじゃん? どしたの?」
俺が治療という名の暴力を振うユウムを抑えつけていると、のんきな様子でマーリカが現れる。
――見ての通りとりこみ中だ! 助けろ! いや助けて下さい!
「何言ってんの? 怪我してるアンタを助けようとしてるんでしょ、その子? ま、痛いのは最初の内だけだし頑張ってー」
さっきパートナーとか言ってたくせに、舌の根乾かないうちにこれかよ……
「それよりさ! 見てよコレ! このワンピース!! 超よくない? ラースからもらっちゃったんだー」
俺の苦しみをよそに、マーリカは新しい純白のワンピースをヒラヒラさせて一人でご満悦だ。
――ってか、ラスティナからもらったって……? あの女がそんな可愛い服持ってるわけないだろ?
「えっ……あ、ああ~そうそう! ラースが持ってたってわけじゃなくて、その、ラースが見つけてくれたって、そ、そういう意味よ!? ね、ラース!」
マーリカからそう水を向けられたラスティナは、ニヤリと意味深な笑みを浮かべるだけだった。
「……ついでに話しておこう。マーリカ。お前はソウジと二人で任務に就いてもらう」
――えっ?
ラスティナの発言に驚くが、そんな俺をよそにマーリカは大喜びだ。
「マジ!? ご飯食べる時もお風呂入る時もベッドに入る時も常に一緒のツーマンセル!? わーお毎日がめくるめく爛れた生活に……!」
マーリカは美女を前に舌なめずりする山賊のように、よだれを拭きながらチラチラ俺を見る。
――あっ、やっぱ俺一人で大丈夫っす……
「ダメダメ! リーダーの言うことは絶対なんです~! んでラース、あたし達何すればいいわけ?」
「ああ、先ほどソウジにも伝えたが、1つは“鍵の巫女”の捜索だ」
――1つ……?
俺がそう尋ねると、ラスティナは再びニヤリと妖しい笑みを浮かべる。
「お前達には3つの任を与える。1つは巫女の捜索。2つ目は我々の存在を世に示す“啓蒙”。そして最後の1つだが――」
ラスティナは懐から、一枚の小さな板を取り出してみせた。
「先ほどの議会でな、外に出た所でさるお方の使いからもらい受けたものだ。この依頼を成功させれば、我々の組織は一気に勢力を拡大できるだろう」
――依頼……? その板に何が書かれているんだ……?
「……驚くなよ?」
そんな風に前置きされれば、何を言われようと驚きはしない。
そう思っていたが――続くラスティナの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「お前達の3つ目の任務は――魔王殿の救援だ」




