4章-(16)彼女の覚悟
マーリカの鋭い声に、俺は一瞬動きを止めた。
「……今のアンタが来ても足手まとい。そこでじっとしてなさい」
――だが……!
「あたしより弱い奴があたしを守ろうなんて片腹痛いのよ……!」
――マーリカ!!
「……お願いよソウジ。アンタはあたし達の切り札。こんな序盤で失うわけにはいかないの……!」
……俺を守るために奴に立ち向かうというのか?
理由は組織のためなのだろう。
だけど、彼女が命がけで俺を守ろうとしている事には変わらない……!
「お涙頂戴のクッセえ展開だな? んじゃ、盛り上げるためにいっちょガチャってみるか」
リントの携帯が再び発光。
光の中から現れたのは――1冊の本。
「魔導書「ファイアボール」か。またとんでもなく最下級の魔法が出やがった。とことん運がねえな俺」
自嘲ぎみにそう言った後、リントはニヤリと危険な笑みを浮かべた。
「ま、最下級魔法だろうが結局使い手次第なんだけどな?」
革張りの本を開くと、ページの間から火の玉が1つ浮かび上がる。
「俺の魔力を加えれば――この通りだ」
瞬間、火の玉は直径2メートルほどの大きさに膨れ上がり――
「……バン」
ビーム状に放たれた巨大な火箭が、マーリカへと放たれた!
――マーリカっ!!
腹へ強烈に響く爆音! 視界を赤く染め上げる爆炎!
花々を散らす爆風が収まり、俺はマーリカの姿を探す。
すると――煙の中に、地面へ伏せる彼女の姿があった。
両肩を抱くようにしゃがみ込むマーリカ。ワンピースの背中部分が完全に焼失し、彼女の素肌が露わとなる。
「びっくりしたか? E級の魔法も俺が使えばAA級の“イビルバーン”レベルの魔法に早変わりだ。実力の差、ちょっとはわかってくれたかな?」
「…………!」
マーリカは歯がみしながら、それでもキッと奴をにらみつける。
ずっと両腕を抱き続けるポーズを続けるのは、ワンピースが落ちるのを押さえているからか。
「……そんな目でみるなよ。ちょっと脅かしただけじゃねえか」
やれやれ、とため息を吐き、リントはゆっくりとマーリカへ腕を伸ばす。
まずい。このままでは彼女が……!
緊迫の表情で身構えるマーリカ。だがその時、リントは思いがけない行動をした。
ポンポン、とマーリカの髪をやさしく撫でたのだ。
「……ボロボロじゃないか。女の子なのに、可愛い顔が台無しだぜ?」
…………は?
「君みたいな娘は戦場よりも、もっと似合う場所がある……俺の所に来いよ。もう君は戦わせない。俺がいつまでも君を守る」
…………はあ?
こいつ……冗談だろ?
さっきまで戦ってた相手を……口説いてやがる。
リントは優しい笑みを浮かべたまま、マーリカの髪をなで続ける。
マーリカはうつむいたまま、小さく、口を開く。
「…………な……」
「ん? 何か言った?」
さわやかな笑顔で聞き返すリント。
マーリカはそんな彼に、最大の侮蔑を込めた笑みを浮かべた。
「――イカ臭え手で髪に触んな、腐れ童貞」
「……口の悪い女は嫌いだ」
リントは先ほどの魔導書を使い、先ほどよりさらに巨大な火球を生み出した。
「さっきのはわざと外してやったんだぜ? ……もう手加減はしねえ」
まずい。今度こそ本当にやられる……!
脇腹に激痛。だが構っていられない!
早く! 早く彼女の元へ――!
だが――遠くの彼女は俺へと振り返り――笑みを浮かべた。
これからのことはお願い――そんな、切ない笑顔で。
まるで。
まるで瑞希のように。
彼女の口が、動く。
“バイバイ”
――だめだ。
『俺は壊すことしかできない』
――やめろ。
『……ほんと、あたしがいなきゃ何もできないんだから……』
あの城のパイプの上で、彼女が言った一言。
その声には――まるでできの悪い弟や妹を見守る、暖かさがあった――
――やめろぉぉっ!!
時間を。
もしも時間を戻せたなら。
あいつと戦う前まで戻せたなら――!!
俺の必死の願いを、黒染めの懐中時計の中に潜む奴が――歪めて叶えて見せた。
ガチリ。
歯車の噛み合う音。
見れば、足下に青白い時計盤のような魔方陣が展開。
秒針が指し示す先――リントの背後にもう一つ、青い時計の魔方陣が現れた。
「なっ……!?」
新たに現れた時計盤の魔方陣が、時計の針を少しだけ戻す。
すると――魔方陣から、先ほどリントが放った火球が出現!
先ほどと同じ軌跡を完全に再現し、今度はリント目掛けて放たれる!!
「馬鹿な! 俺の魔法g――」
言い終える前に、自身の魔法の直撃を受けたリントは上半身が焼失。
骨すら残さず、半円状の焦げ跡を残す下半身だけがそこにあった。




