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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
一章「駕籠の鳥」
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1章-(4)伯爵

 そう語るのは、神経質そうな痩せた長身かつ長髪の男。

40代くらいだろうか? 眉間にシワを寄せる疲れた表情はそれ以上に老けて見える。

この城の主。ということはこの男が……先ほどマーリカの言っていた、『伯爵』なのか?


「はあ……脱走者とはお前達か? フハハハ、実に面白い……」


 ……なんだ? ため息を吐いたり棒読みで高笑いしたり……?

 なんかやっつけで用意された台本を読み上げているような、そんな違和感を伯爵のセリフから覚えた。


「ええと……貴様らの処断は、我が忠実なる騎士、“ナイトオブナインズ”が受け持つだろう。せいぜい……絶望? を抱き震えて待つがよい……その、若い命が散る様を楽しませてくれ。

…………はあ。これでノルマ達成か」


 唐突に伯爵の映像はかき消えた。

 なんなんだ? 今のは?

 最後に素のセリフのようなのを漏らしていたようだが……ノルマ? って言ってたか?


「やっば! 大変だよソウジ! もう伯爵に見つかってたみたい!」


 マーリカが大げさに驚いて見せる。


「うん、こうなったら一刻も早くここを出なきゃ! ソウジ、付いてきて!」


 そう言うと、マーリカはそそくさと暗い廊下を走り出した。

 まるで見知った道を辿っているかのように……俺は胸の中で彼女への不信感が大きく膨れ上がるのを感じた。


 だが……異世界でただ一人、よく知らない城の中にいる状況だ。彼女を見限ったとしても俺がこの城を無事に脱走できるとは思えない。


 ならば、今は彼女の言うことを聞くしかなさそうだな。

 このままではいけない。それはわかっている。だがどうしようもない……厄介だ。


 そして、そんな俺の不安は早々に的中した。



「さ、まずはここを渡ろっか?」


 彼女が指さした先には――城の塔と塔を結ぶ一本のパイプ状の構造物があった。


 太さは直径1メートルほど。歩けないほど細くはない、が……滑らかな円形をしたパイプだ。足を置く場所がほんのわずかにズレただけでツルリと簡単に足を踏み外してしまうだろう。


 窓の下をのぞき込む。やや身を乗り出してやっと真下にある石造りの地面が見えた。


 ……身を乗り出さないと見えないほど小さい地面。吹き上がる強烈な風。


 少なくとも10階以上の高さがあると見た。もしも落ちれば、打ち所が良ければ即死。悪ければ……さんざん痛みに苦しんだ後に死ぬだろう。


「どしたの? 追っ手が来る前に、さっさと渡っちゃおうよ?」


 こともなげにマーリカがそう言った。


 ――お前……本気でここを渡る気か? 他に道はなかったのか?


「ないよ。簡単に降りられる道なんて、追っ手が先回りしてるに決まってるじゃん? 言ったじゃん? 今はこの城を出るのが先決だって?」


 マーリカはにっこりと笑う。まるで俺をあざ笑うかのように。


 ――確かに。だが他に安全な道は――


「ソウジさあ、ちょおっと甘えてるんじゃない?」


 ――なっ……!?


「あたし言ったよね? 命がけでここから出る覚悟があるかってさ? わかってる? あなた元々あの牢屋でくたばるはずだったってことを?

 あのまま無抵抗で殺されるよりも命がけで脱出する道を選んだ。あたしはそう思ってあなたを連れてきたんだけど……もしかしてあなた、あたしがあなたの身の安全を100%守ってあげるとでも思ってたの? 何から何まであたしに頼り切ろうと思ってたんだ?」


 ――い、いや、そんな事は――


「じゃあ、文句言わずに渡りなよ」


 う……!


「あたしはあなたの保護者じゃない。あなたを“パートナー”だと見込んでここに連れてきたの……幻滅させないでよ。お荷物になるなら見限ってもいいんだよ?」


 マーリカの言葉は冷たく、それ以上に厳しい。

 そして彼女の意見は正しい……とはいえそう簡単に渡れるような道でもない……


「んじゃ、あたしが先にいくから。ソウジは後から付いてきて」


 軽くそう言うと、マーリカはひらりと窓から身を躍らせた!


 ――なっ! おい――


 俺が慌てて駆け寄ると――すぐ真下にマーリカの姿があった。


「ほい、ほいっと」


 両腕を左右に伸ばし軽快にパイプの上を歩いていく。

 足下からすさまじい風が吹き上がり、彼女の髪を踊らせワンピースを膨らませている。にもかかわらず、彼女の足取りは一切ゆるぎがない。


 ……運動能力の差だろう。牢屋でも目撃した。彼女の超人的な身のこなしを。

 とん、とん、と軽く飛び跳ねるようにパイプの上を渡り、終いにはハンドスプリングまでかます余裕さえ見せた。


 パイプはゆうに100メートルを超える長さ。それを20秒ほどで渡りきった。


「さ、こっちだよソウジ!」


 向こう岸でマーリカが無邪気に手を振っている。

 行くしか……ないのか? こんな道とも言えないような所を? 風が強烈に吹き付ける中、簡単に足を滑らすような足場を渡れと? 無茶だ。無理だ。不可能だ……!


『あたし言ったよね? 命がけでここから出る覚悟があるかってさ?』


 蘇るのは、マーリカの言葉。

 命がけ。ただここで死を待つのではなく、生きるために命を賭ける。


『――私の命はもう長くないから。

 だから使う。残っている分の命を使う。キミに預ける――私が生きていたって証を』


 瑞希。

 そうだな。お前との約束をまだ果たしていない。

 お前の命賭けの願いを叶えていない……!

 瑞希……待ってろ。俺も、命を賭ける!!


 つばを一つ飲み、俺は意を決して窓からパイプへと飛び降りた!

 着地は成功。歩く面積を少しでも確保するべく横向きの状態で立ち上がる。

 吹き上がる風がごうごうと恐ろしくうなる。髪は乱れ、汗ばんだ手のひらが、顔が、容赦なく冷える。


 だがそれ以上に足が凍り付いたように動かない。足下は、真下は、とても直視できない……

 血の気が引く。膝から下の感覚が消え失せている。息は荒く、鼓動は激しく、脳天から鉄の棒が貫いたかのような鈍く冷たい感覚があった。


 めまいのような感覚。しびれるようにおぼつかない足下。ゆらめく視界は徐々に狭まり、落下した瞬間ばかりを何十回も妄想する。


 無理だ。無理だ。無理だ。無理だ。無理だ。


 だが……!!


 一歩。俺は震える右足を進ませた。

 一歩。固まる左足を動かす。

 一歩。一歩。一歩。


 すり足で徐々に、横向きのまま歩を進める。

 両腕を広げ、4~50メートル近い高さを、まるで綱渡りをしている気分で、歩く。


「ソウジ―い、そういう歩き方、逆にバランス取りづらいと思うよおー?」


 間延びしたようなマーリカの声。

 逆にバランスが悪い……? さっきのマーリカのように正面を向いて歩けと?

 今さら体の向きを変えるなど無理だ。このまま、このまま……


 ずるり。


 あ…………。

   足、が、

     滑……


 ゆっくりと。

 ゆっくりと、景色が一変する。

 ゆっくりと。ゆっくりと。視界が斜めに傾く。

 ゆっくりと。ゆっくりと。ゆっくりと。


 視界が。地面へ。地面へ。地面へ――


 瞬間。


 両肩を力強い何かにわしづかまれ、俺の体が急速に引き上げられた!

 ばさり、という大きな羽音。


 一体、何が――


 気がつけば、俺は元のパイプの上へ両手両足をつけてへたりこんでいた。

 ぜいぜいと肺が痛むほど激しく呼吸を繰り返す。心臓は破裂しそうなほど脈打つ。


「全く……何をしているんだ君達は」


 背後であきれたような声。

 振り返ると――我が目を疑う光景があった。


 両手に羽をつけた――否、両腕のある場所に翼の生えた女性が立っていたのだ。


「わざわざこんな所を通るとは、自殺志望かなにかかい?」


 星明かりが映す。ショートカットの美貌の女性。

 まさに高潔といった雰囲気をまとい、こちらを訝しげに見下ろしている。

 鎧をまとった凜々しい女性兵士。


 だが、彼女の両手のある位置には翼が生え、足下は猛禽類のように鋭いかぎ爪のある太い四本指の足が生えていた。


 ――あなたは……?


 俺は意を決して、翼を持つ女性に話しかけた。


「私か? いや……その、君達は脱走者だろう? 私はその手助けをするためにここに来た」


 なぜかたどたどしく翼の女性は答えた。


 ――手助けを? なぜ?


「ああ、いや……私も、実はここの伯爵のやり方を嫌っていてな……だ、だから、なんだ、脱走を手伝ってやろうと、そう思って来た……わけだ?」


 やっぱり助けてくれたのはこの人か。

 俺はお礼を言い、重ねて彼女に質問をした。


 ――あなたは俺を掴んで飛ぶことができるんですか?


「うむ。あの程度の重さなら問題ない。これも日々の訓練のたまものだ」


 ――なら、俺を掴んだまま、城の外まで――いや地面まで降ろすこともできますよね?


「うむ……えっ!? あ、ああ、いやそれはその……!」


 わかりやすく動揺する翼の女性。

 なんだ? なにかまずいことを訊いたのか?

 俺が不審に思うと――マーリカの声。


「ちょっとソウジ! 無茶言っちゃダメだよ! この人にはこの人の立場があるんだから!」


 いつの間にかマーリカが俺の真後ろに立ち、腰に手を当ててしかりつけてくる。


 ――は? 立場?


「そうだよ! 伯爵に処罰される覚悟であなたを助けてくれたんでしょ!? さっきのは偶然ってことで片付けられるかもしれないけど、これ以上関わったら立場的にマズくなるよ!!」


 マーリカの言葉に、翼の女性がハッとした表情を浮かべた。すると取りつくろうようにせき払いを一つ。


「そ、そうだな。悪いが私が手を貸せるのはここまでだ……で、ではさらばだ!!」


 そう言って、女性は突然大きく翼を広げそそくさと飛び立ってしまった。

 ……なんだったんだあの人は?


「ほら、ソウジ」


 マーリカが俺に向けて手を差し伸べた。


 ――え? マーリカ?


「また落ちたら困るし、あたしが手を引いてあげるよ」


 ――いや、手を引かれると逆にバランスが――


「落ちても引き上げてあげるってば! ……なにその目? 腕力で引き上げると思ってる? あのねえ、いざとなったら魔法使えばいいの! だから、ほら!」


 なかば強引に突き出された手を俺は握りしめた。

 小さくて柔らかく、温かい手の感触。

 思わずドキッとしてしまったが、高層の目もくらむ景色と風で一気に頭が冷えた。


「……ほんと、あたしがいなきゃ何もできないんだから……」


 ぶつくさ文句を言うマーリカに引かれ俺は恐る恐るパイプの上を渡る。


 途中、ふと背後を見やる。

 塔の屋根の上、物陰から心配そうにこちらを見つめる先ほどの翼の女性が見えた。


 ……本当になんなんだ。この状況は。

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