4章-(14)マーリカの実力
言うや否や、マーリカはすさまじい勢いでムチを放つ。
蜃気楼による残像はない。にも関わらず、まるで10近いムチが一気に雪崩かかるが如く!
だが――リントはこの猛攻すら笑みを浮かべて軽くいなす。
「児戯に等しい……ってのはこんな時にいうのかね? やれやれ」
ありありと余裕を見せるリントが――わずかに大きく目をみはる。
「〈千本凍槍〉土肉貫き“脚”を穿て!」
突如――リントの足下から何十、何百というおびただしい量の氷の槍が、地面を貫き勢いよく突き上げる!
この魔法は――港町シパイドで見せた、あの冒険者達をまとめて串刺しにしたあの術。
だがあの時とは違い、リントは足下からの氷の槍をひらり、ひらりと身軽な足取りで難なく回避。
「つまんねえな。結局氷をぶつけるだけか? あんたも結局その辺の氷使いと同じ――!?」
今度こそリントは驚愕に目を見開く。
氷の槍を回避した先で、奴の足下が氷で固められ、地面へ強固に接着した。
……氷の槍は囮。マーリカの狙いは奴の動きを封じること……!
相手の息をつかせぬ内に、マーリカは再びムチによる怒濤の連擊を繰り出す!
「おおっと! ってなんだよ……結局そのムチ頼りか? 残念だけどこの程度の速度じゃあ俺は捉えられないぞ?」
だが――――
「〈極風〉無の世界より漏れ出でし冥府の息吹!“魂”ごと凍て尽さん!」
上空から、まるで竜巻のような風の渦がリントをめがけて吹き下ろされた!
――熱操作による突風と大気中に混ぜた水分。それらを-200度近い温度まで冷やし、敵へ一気に吹き付ける魔法だ。
生身の人間が直撃すればものの数秒で氷の彫刻に成り果てる。その冷気を一吸いしただけで肺すら凍る。それほどの激烈な冷気。
マーリカがその魔法を放ったタイミングは完璧。完全に奴を捉えたはず、だった。
だが――リントはチート能力を持つ転生者の中でも最強に位置する者だ――
「ははは。やっぱすっげえな、あんたの冷気。直撃してたら俺でもダメージ受けてたかもだ」
余裕の笑みを浮かべ、当然の如く無傷で現れた。
「……魔法は一度につき1発のみ。別々の魔法を同時に発生させることはできない」
リントは得意げに、先ほどの魔法を回避できた種明かしを始める。
「俺の足を凍らせる魔法と、さっきの猛烈な冷気の魔法は同時に発動させられない。1度に放てる魔法は1種類のみ。これがこの世界の魔法詠唱の原則だ。
つまり、あの冷気の魔法を放った時、同時に俺の足を封じた魔法は解けてしまうことになるわけだ。ほんと惜しかったぜ? 普通の冒険者なら今のでフツーに死んでただろうな……俺にとっちゃ、魔法が解けた一瞬でも十分な時間だったってわけだ」
「…………」
「魔法は一度に一発。唯一の例外は同じ魔法を連続して発動できる重複魔法ぐらいだな」
「……重複魔法がお望み?」
「なんだって?」
「アンタが笑っていられるように、お望みの魔法を使ってあげるよ……」
冷酷な笑みを浮かべ、マーリカが魔法を唱える。
「〈光誘虫〉光を食む氷の従者!光を求む“目”へ汝が祝福を与えよ!」
マーリカが唱えると、30cm近い大きさの氷の虫が数十匹現れ、リントの周囲をぐるぐると周回しだす。
蚊のような形状をした氷虫は、大きな腹部を使い太陽光を虫眼鏡のように収束。リントの“目”を狙って執拗に飛ぶ。
「目つぶしか。まっ、卑怯だとか冷めることは言わねえさ」
余裕を見せるリントへ、ダメ押しとばかりにマーリカがムチによる激烈な攻撃を仕掛ける。
「なるほどなるほど。ビット攻撃とムチの組み合わせってことか? ははは、楽しませてくれるぜ!」
まるで踊るような華麗な動きで、リントはムチを避けながら軽々と氷の虫を次々撃破。
「ビットは全部打ち落としたぞ? 次は? 次はどうやって俺を楽しませてくれるんだ?」
戦闘狂のごとき笑みを浮かべるリント。
対するマーリカは――『馬鹿め』と言わんばかりの凶悪な笑みを浮かべた。
「――〈蒸破〉! この場の全ての氷に告ぐ! 汝ら急々に大気と還らん!!」
千本近い氷の槍。打ち落とされた大量の氷の虫。
それらがマーリカの言葉に従い、一瞬で蒸発!
衝撃! 視界を覆うほどの白い爆発が、大気を大地を震わす一撃と成る!!
……水蒸気爆発だ。氷の槍。極風。氷の虫。リントの周囲を氷で満たし、それらを熱操作で一気に気体へ変換。その結果――氷が固体から気体へ一瞬で変わった衝撃波が爆風となり、周囲に爆弾を破裂させたがごとき暴威が現れたのだ。
……城で修行をしていた時、ダンウォードから聞いた。マーリカの実力を。
組織での立場だけでなく、単純な戦闘力でもナインズのナンバー2といえるシュルツさん。マーリカは、そのずば抜けた戦闘センスにより、1対1なら彼と引けを取らないほどの実力を持つといわれている。
ナインズ1の戦闘巧者――それが彼女、マーリカの二つ名なのだ。




