4章-(13)チート能力者との戦い
奴の持つ木の棒が、氷の盾に張り付いたまま動かない。
……極限に冷えた氷が木の棒の温度で溶け、さらにそれが凍ったことで棒が氷着。氷から棒を離すことができない。
その隙を逃さず――マーリカがムチを一閃!
リントは素早く身を沈め攻撃を回避。
俺の前にある氷の盾はムチでスッパリと両断され――パシャリ、と一瞬で元の水に還った。
極限まで冷やした氷を瞬時に水へ。どうやらマーリカは、ただ氷を生み出すだけでなく、熱の移動そのものを操ることができるようだ。
……熱気も冷気も、いってみれば熱の移動による現象。つまり彼女の操る魔法は氷の操作だけでなく、指定した範囲の熱を追い出し、冷やすこともできるのだ。
ちなみに熱の全く存在しない空間とは3K。約-270度の絶対零度だ。彼女がそれほどの冷却能力を持っているかは不明だが、あの氷の盾を見る限りありえない話ではない。
「ただの盾じゃなく、ソードブレイカーの役割も持ってたのか。考えてるな」
溶けた氷から棒を拾い上げ、リントは未だに不敵な笑みを浮かべている。
「10%くらいの力で倒せるかと思ったが……思い切って40%くらいに引き上げても――」
瞬間。
背景が紅く染まるほど膨大な血の霧と共に、イルフォンスが疾風のごとき速さでリントの背後へ迫る!
ギン! という硬質な金属音。リントは振り返らずに、イルフォンスの刀の一撃を木の棒で防いで見せた。
「スキルだよ。“気”を流し込むことで棒っきれでも鋼鉄並みの強度を出せる」
「……スキル?」
「ああ、そうか。異世界人は魔法しか知らねえもんな」
軽々とイルフォンスの刀を弾き飛ばし、リントは得意げに語る。
「レベルを上げると手に入る能力だ。肉体に強化ボーナスを与えるだけじゃなく、身体能力のアップや五感の鋭敏化、思考能力のブースト化などなど。ま、言って見れば常時発動できる魔法みたいなもんかね?」
リントは軽い調子で話しながら、上下左右から放たれるイルフォンスの超速の剣撃を余裕の表情でさばいていく。
「広域探知スキルで敵の場所を把握。これに反射神経鋭敏化スキルを加えると死角外からの攻撃も自動でブロックするレアスキル、“見えざる盾“に進化する。
んでさらに高速情報処理スキルと動体視力スキルを加えると、敵のどんな攻撃にも瞬時に対応できる“武神の見極め”スキルが手に入るわけだ」
「レベルだのスキルだの……何の話をしている……!?」
「じゃあもっと簡単に言ってやるよ」
ギイン! という甲高い音と共に、イルフォンスの刀がリントに弾き飛ばされた。
「……魔法や武器が使えなくても、お前らごときじゃ俺を倒せないってことだ。ちなみに俺はスキルも全種類習得済み。どこから攻めようが無駄なんだよ」
「――へえ。じゃあこれは?」
マーリカが袈裟掛けにムチを振り下ろす。
余裕の表情で、棒で受け止めようとするリント。
だが――その瞬間何かに気づき、奴は素早くムチを回避した。
「あら? あたしの攻撃はイルフォンスみたいに受けてくれないんだ?」
「想定外の攻撃だったんでね……しかし氷使いってのはそんな魔法も使えるんだな」
俺はマーリカの方を見て、驚きの声を上げそうになった。
ゆらゆらと動かす彼女のムチが、4~5本増えて見えたのだ。
「よくわかんねえが、蜃気楼みたいなもんか? ムチの動きによる残像も加えてそういう風に見せてるわけか?」
「シンキローってのが何なのかはわかんないけど、まあアンタの言う通りだと思うよ?」
光の屈折により現れる蜃気楼。
海面温度と気温に差が生まれた時、大気の密度に偏りが生じる。大気の密度の差は光の屈折を生み、実在しない幻影が現れるわけだ……熱の操作ができるマーリカならではの技といえる。
「行くわよイル!!」
「分かっている……!」
マーリカとイルフォンスが二人がかりでリントへ仕掛ける。
血の霧で視界を覆いながら放たれるイルフォンスの剣撃。さらにその間から蜃気楼によるフェイントを含んだムチが飛ぶ。まさに剣とムチの織りなす嵐が如く……!
だがリントは、それでも余裕の表情を崩さない。
「いいねえ。最高のコンビネーションだ。下手すりゃSSSランクの冒険者にも匹敵するぜあんたら?」
まるで楽団の指揮をするかのように、リントは木の棒を優雅に振って二人の猛攻を防いでいく。
血の霧からの剣擊も、先ほどの蜃気楼による目くらましも、奴の言うスキルとやらで完全に見切ってしまっているようだ。
これが転生者。これが七罰。
これが最強の転生者の力……!
「化け物め……! 魔法すら使わずに……一体なんなんだお前は……!?」
「――イルっ!!」
マーリカの叫びも虚しく、焦りを見せたイルフォンスの隙を突き、リントが木の棒で彼の腹部に痛烈な一撃を食らわせた。
「ぐあっ……!」
「カッコつけてたわりに大したことねえな、お前? 見た目だけじゃなく中身もちゃんと鍛えないとなあイケメン君?」
「貴、様……!!」
「お前はそこで寝てろよ。ここからがお楽しみだ」
リントがニヤリと笑みを浮かべ、マーリカへと向き直った。
「……あら? あたしをご指名?」
「ああ、あんただ。残念ながらこの中じゃ、あんたしか俺を楽しませられないみたいでさ」
「そう……指名料は高いけどアンタに払えるかな?」
ゴウ、と大気が轟々と渦巻く音が鳴る。
彼女を中心に、マーリカを中心に風が集まっていく。
熱の移動による大気の操作。視界の端で、この花畑の周囲に流れる川の水が風に吹かれ、どんどん水位を下げられているのを見た。
……大量の氷を作るための前準備。これはいわば、マーリカにとって万全の戦闘態勢を取ったに等しい。
激しい風に白いワンピースがはためき、藍色の髪を乱しながら、マーリカは凍てつくような笑みを浮かべた。
「……その余裕ぶった笑顔がいつまで持つか、試してあげる」




