4章-(11)我欲の罰
「なかなかいいタイミングだったでしょ? あたし達が来たのは?」
――なんでここに来た?
「やだなあ。アンタを助けるために決まってんじゃん!」
――冗談はいい。これはラスティナの指示か?
「んーん。あたし達の独断。っつか、イルフォンスのお坊ちゃんが一人でいきり立って乗り込もうとしてたからさ。あたしはどっちかってったらお坊ちゃんの子守のためかな?」
「……俺が逃げている。お前はあの時そう言ったな?」
イルフォンスが刀を抜き、切っ先を俺に真っ直ぐ向ける。
「証明してやろう。俺の、転生者達への怒りを……!」
「俺を無視して盛り上がってんじゃねえよ!!」
リントの発言に振り返ると、奴は自分に注目が集まったことで満足したのか、お決まりの笑みを口元に浮かべる。
「お前ら、自分の“レベル”を確認したことあるか?」
……レベル?
なんだそれ? ゲームでよくあるあのレベルか?
「俺が測ってやるよ……どれどれ。シダ・ソウジ。クラスは〈ウォーリア〉。レベルは……16? マジか? D級冒険者クラス? 逆に何やったら転生してこんな低レベルになれるんだ? ははは、マジ笑える……!」
リントはスマホのフリップ入力のような動きで指を動かし、俺の方を見てゲラゲラ笑っている。
どうやら俺の“レベル”とやらを調べているようだ……どうやらガチでゲームのレベルみたいなやつが、この世界に存在するらしい。
「……イルフォンス。クラスはAA級の〈魔剣忌士・幻羅〉。レベルは76……異世界人にしちゃあ、なかなかだな」
次にリントはマーリカを調べる。
「マーリカ。クラスはS級の〈エクス・ソーサラー“氷”〉。レベルは……88? ははは、すげえな。レベルだけは転生者クラスじゃねえか……まっ、氷をぶつけるしか能のない氷魔法使いなんざ、ハズレ能力もいいとこだけどな」
さんざん言いたいことを言った後、リントはため息を一つ吐き、再び口を開く。
「俺のレベルを教えてやろうか? クラスはSSS級の〈神々の代行者〉。レベルは99+だ……わかるか? この世界はレベルが一つ違うだけで実際の実力は大きく変わる。ゲームで言えば1レベルにつき10レベル違うくらいにな。俺のレベルはカンストレベルの99を超えた99の“プラス”。
さらに俺は全てのスキルをレベル10まで極めている……わかるだろ? 上げられる能力はもう一切ない全能力カンスト。お前らが勝てる要素なんざ1ナノメートルも存在しねえんだよ」
両腕を大仰に広げ、リントは自分にうっとり陶酔したような表情でマウント取りをかます。
これだけ見ればただの痛い奴だが、お仲間のキョウコの力を見た以上ハッタリではないのだろう……クソ。なんでこんな奴と争うはめに……
歯がみする俺をよそに、奴の取り巻きの美少女共が脳天気にはしゃぐ。
「リントくん、頑張って!!」
「ついにリント殿が動く……ああ、やはりあの後ろ姿は凜々しくも気高い……」
「あんなザコ連中一撃でやっつけちゃえ! リントー!!」
「――うるさい」
マーリカがムチを一閃。
リントは血糊のついたムチを素手で素早く受け止めた。
その直後――どさり。
花の咲き乱れる草原に、3つの美少女共の首が落ちた。
パラパラと涼しげな音と共に、首を失った美少女共の胴体からスプリンクラーの如く血の雨が降り注ぐ。
「……おいおい。ずいぶんあっけなく殺してくれたな。あいつらをガチャで当てるのにどんだけ金使ったと思ってんだ?」
お付きの女達を殺されたにもかかわらず、リントは変わらず笑みを浮かべる。
「自分の女が全員死んでも眉一つ動かさない……“我欲”の背負う〈罰〉は己の欲望を叶えずにはいられぬこと……そう聞いていたが?」
イルフォンスの100メートルほど後方で、逃げようとしていたあの美少女メイドが彼の刀で首を貫かれて死んでいた。
イルフォンスが後方へ手を伸ばすと――刀はまるで磁石に吸い寄せられるように、ひとりでに彼の手へ飛んで戻った。
……魔剣の力の一端なのだろうか? 実際目の当たりにすると唖然とする……が、それよりも――
「んん? 七罰の〈罰〉か? ああまあ、そっちのムカつく感じのイケメンの言うとおりだよ。俺は自分の“欲”の強さに応じて力を引き出せる……
だがまあ欲なんてのは一度満たされればそれで終いだからな。実はそろそろ新しいのをガチャろうかと思ってたとこだ。ぶっちゃけあんたらが始末してくれて嬉しかったりするんだぜ?」
なんだこいつ……さっきまで“自分の女が傷つけられたら報復する”だのほざいていたくせに……
だが、さらに俺はギョッとする光景を目の当たりにする。
「……ひっどーい。リントくん。わたし達のこと捨てる気だったんだー?」
「ふむ、仕方ないか。役目が終われば去るのみ。これも騎士の務めといえる」
「えー? ボクまだリントとお別れしたくないよぉー」
地面に落ちた美少女共が、首だけの状態で平然と話をしている……!
血にまみれた原色の花々の中で、首だけの美少女がクスクス笑っている光景。
……悪夢。邪悪な白昼夢めいた光景にめまいすら覚えた。
「ははあ? もしかしてこいつらが普通の人間だと思ったか? こいつらは俺の“能力”、無制限ガチャで引き当てた人造人間。いってみれば魔法で作ったクリーチャーだ」
驚く俺の表情がよほど面白かったのか、リントは得意げに語る。
「この能力のおかげで欲しいもんは大概手に入っちまう。それでもな。俺の〈罰〉のせいか、満足できねえんだよな。
一つ得たら別の一つが欲しくなる。んで邪魔なお古はさっさと処分したくなる……欲望のキャパシティは有限なのさ。古いモノを捨てたとき、新しい欲が生まれるってわけだ」
こいつ……
こいつ、本当に……人間なのか?
同じ人間とは思えねえ。たとえ魔法で作り出した存在だとして……人間をモノみてえに……
「……これも人間だよ、ソウジ」
マーリカがムチを引き戻しながら、そう言った。
「人を最も愛せるのは同じ人間。人を最も憎めるのは同じ人間。人に最も残虐になれるのも同じ人間ってね。これもまた人間だからこそ……いい加減現実直視しなさい。背中の斧は飾りじゃないんでしょ?」
……そうだ。
今まで俺が目にしてきたこの世の悪意。そいつは全て紛れもなく人間が作り出したもの。
唖然とするのも、絶望するのも、怒りを覚えるのも後回しだ。
現実を見なければならない。目の前にいる敵を倒さなければならない……!




