4章-(10)決定的な亀裂
「きゃああああっ!!」
メイドさんの悲鳴。
俺が唖然としていると――彼女は俺を指差し、言った。
「今! わたしの胸、この人が触りました!!」
…………は?
「カップを受け取る振りをして! 触ったんです! リント様!!」
…………はあ?
瞳に涙を一杯ためて、メイドさんは俺を痴漢で糾弾してきた。
ちょっと待て。は? 一体何の冗談だ?
愕然とする俺をよそに、リントのお付きの美少女3人組が次々に俺を罵倒する。
「最っっっっ低……最初っから気持ち悪い人だと思ってたけど、やっぱり見た目通りの変態野郎だったのね……」
「フン、女を見れば下劣な事しか考えない猿以下の脳の持ち主なのだろう。こいつの視界に入るだけで虫酸が走る……!」
「気持ち悪ぅ……ボク達もエッチな目で見てる? 吐きそう……」
……なんだこいつら。
メガネのメイドを見る。そいつは非難される俺を見てニヤニヤと笑っていた。
「謝って! ミレイナに謝って!!」
「ミレイナ、早く触られた場所を消毒したほうがいい! あんな気味の悪い男の痕跡を、一刻も早く洗い流すんだ!」
「ミレイナ泣いてる! なんでそんな平気そうなの!? 最低……お願いだから、もうボク達の目の前から消えてよ……!」
……なんなんだこいつら?
喧嘩売ってんなら最初からそう言えよ……
胸の内から無尽蔵に怒りの感情が湧き出てくる。
服の内側の時計は、まるでそれを喜ぶように狂ったリズムで秒針を刻んだ。
「やれやれ……俺は言ったはずだぜ? “こいつらが傷つけられたら、俺は世界を相手にしてでも必ず報復する”ってな」
リントがゆっくりと立ち上がり、お付きの女共が黄色い声を上げた。
「人の女に手を出すとはな。同じセブンズとはいえ、見過ごすことはできねえぞ?」
不敵な笑みを浮かべながら、リントはゆっくりと俺へ近づく。
「待って! わたしは見てたけど、彼はあの子に一切触ってなかった!」
キョウコがそう言うと、レンも同じく声を上げた。
「そうだ! 僕もそれは見た! これはなにかの間違いだ! 一度冷静になって――」
レンが言いかけ、ギョッとした表情でこちらを見た。
こちらを――俺の背後を。
「――あーらら。七罰同士でもめ事? おーっかなーい」
悪意すら感じるほど明るい声。
この聞き覚えのある声は――マーリカ!?
「殺し合うまで待ってもよかったが……やはり転生者はこの手で始末せねば……」
イルフォンス……! あいつら、一体どこから? どうやって……!?
驚く俺をよそに、マーリカは自分の左手中指を指さして見せた。
俺が自分の左手を見ると――パキン、と中指にはめられていた指輪が割れた。
これは……まさかこの指輪か? この指輪を介してここまで来たってのか?
だがつじつまが合う。港町シパイドの地下牢に、唐突に現れたイルフォンス。思えばこの指輪自体イルフォンスが寄越したものだ。この指輪、イルフォンスや他のナインズ達を召喚するアイテムだったって事か……?
「……決まったな。そいつを始末する理由は全部揃った」
リントがそう口にし、しかしキョウコはなおも食い下がる。
「違う! 誤解しないで! 彼はあの人たちとは――」
「“あの人たち”? なーにソウジ? もしかしてあたし達のこと紹介してなかったの?」
邪悪な笑みを浮かべ、マーリカは堂々と名乗る。
「それじゃあ改めて――ナイトオブナインズの“5”。マーリカ」
「……ナイトオブナインズの“8”。イルフォンス・エン・シガノ」
そしてマーリカは俺を指さし、俺の正体をあっけなくバラす。
「お見知りおきのソウジはナイトオブナインズの“9”。あんたらをブッ殺す組織のメンツだから、ちゃーんと覚えててね?」
「ナイトオブ……どういう事だ!? キョウコ!?」
レンの追求に、キョウコは言い逃れできず黙るしかなかった。
「そっちの女の子ちゃんが七罰の淫奔ちゃんかな? ソウジにも他の七罰にも色目使ってどっちにも味方面してたやーらしい淫奔ちゃん?」
「…………!」
マーリカの発言に、キョウコが明確な怒りの表情を見せる。
「で、そっちの黒髪童顔は七罰の虚栄クンってとこかな? モノを知らない哀れなあたし達に次々に新しい技術やらアイディアやらをありがたくも与えてくれる、虚栄心アリアリの上弦国王サマ?」
「く……」
面と向かっての罵倒にいら立ちを隠さないレン。
「……で、そっちの白髪の赤眼クンが七罰の我欲? 人里から離れた花の咲き乱れる島で、美少女に囲まれてハーレム生活満喫してる転生者。アンタ有名よ? 悪い意味で」
「ははは。面白いな……これで遠慮なくブチ殺せるってもんだ……!」
リントの発言に、キョウコは慌てて彼の進路をふさぐ。
「待って……これには訳があるの! わたしの話を――!?」
キョウコ、それにレンの姿まで、一瞬にしてかき消えた。
「結界だ」
リントが腰に手をやり、今の出来事を説明する。
「結界を拡大し、あの二人だけを俺の領域から弾き出した。これでもう邪魔は入らない」
なるほど。
つまり……もうこいつと戦うしかないってことか……




