4章-(9)相容れぬ男
発言は、リントであった。
「元の世界のことなんざ知ったことじゃない。学校の連中はクソだった。俺が何もしていないのに『死ね』『ウザい』つって殴ってくるし、弁当に虫入れて無理矢理食わされたり、教科書燃やされたりもしょっちゅうだ。
教師も見て見ぬふり。親に言えば『いいから学校行け』の一点張り……俺が引きこもっても、俺の話を聞かず俺が悪いと決めつけてやがった……元の世界はクソしかいねえ」
イジメか。辛い状況だったことは同情する。
だが……スジが通らない。
「俺は何もしていなかったのに……あいつらは寄ってたかって弱者をカモにしていく……!」
……お前をいじめた連中はせいぜい数人程度だろう?
その数人の連中のために、日本侵略を見て見ぬふりするってのか?
イジメをした連中に復讐するってんならともかく……1億以上の無関係な人間ごと……
「異世界征伐? いい気味だぜ。何もしていないのに一方的に叩かれる痛み、屈辱、無力感……そいつをたっぷり味わうといい……!」
こいつらの口ぶりをみると、こいつもかなりの力を持っているのだろう。戦う力は十分持ってるのに日本を見殺しにする。理由は「誰も俺を助けてくれなかったから」?
……スジが通らねえ……
「……なんだよ?」
リントが俺に不審な目を向ける。どうやら考えが表情に出ていたようだ。
俺は目線をそらし、「別に?」とやり過ごした。
『――七罰を狩る時は私とお前が揃っている時だけだ……私がいない時は、決して連中に手を出すな――』
ラスティナの言葉が蘇る。今こいつらと事を構えるのは危険だ。
戦えば確実に俺が負けるだろう。そもそも同じ人間、それも同じ世界から来た奴らと殺し合いなんてこと、進んでやりたいとも思わない……
「……まあいい。ともかく、俺はお前らに手は貸さない。異世界征伐を止めたいなら好きにしろ。お前らなら簡単にできるんじゃないか?」
「リント! 事の重大さをわかっているのか!? 君は!」
「たくさんの人が犠牲になる……あなたの過去とは関係ない人達もよ? 少しくらい力を貸してくれたっていいでしょ?」
レンの糾弾やキョウコの懇願にも、リントはどこ吹く風といった様子だ。
むしろ……“普通の人と真逆の事を言える俺”という自分のキャラクターに酔っているような表情だ。
色々こじらせてねじ曲がってるみたいだな、こいつ。
「俺はどっちの世界のこともどうでもいい。愛するこいつらさえ守れればそれでいいんだ……逆にこいつらが傷つけられたら、俺は世界を相手にしてでも必ず報復する」
リントの発言に、アニメじみた少女達が歓声を上げる。
……好きな人のためなら、という部分は共感できるが……なぜだろう。こいつから軽薄さを感じるのは。
発言一つ一つが軽い。自分の言葉でなく、まるで台本でも読んでいるかのように聞こえるのだ。
「リント……!」
「……仕方ないね……」
レンとキョウコが諦めるような声を上げた。
仲間割れか? まあいい。今はそれよりも訊きたいことがある。
――元の世界に帰る方法を知らないか?
レンとキョウコに向けて尋ねた。
「元の世界に? なぜ今帰りたいと思うんだ?」
――時間がなくてな。世界の危機も気がかりだが、まずは用事を済ませたい。
「時間? あっちの世界は0コンマ一秒も経っていないって訊いたけど?」
キョウコが伯爵と同じような事を言う。やはりこいつらが七罰で間違いないようだ。
「残念かもしれないが、どの道帰ることはできない。【開闢の鍵】がないことには世界を超えることはできないんだ」
そう言うレンに俺は重ねて尋ねた。「グランスピリッツはそんな物なくても俺達を呼べただろ?」と。
「彼らには可能だろうけどね……君も会っただろ? 彼らはいわゆる“神”といっていい存在だ。僕たちが願って動くことはしないんだよ」
――アレが神だと?
「ソウジ君……?」
怪訝そうなキョウコに対し、俺は「何でもない」と言いつくろった。
彼らの話を聞くと、どうやらこちらの世界に来る前、あのグランスピリッツは“神”を自称していたようだ。
そして、手違いで死んでしまった彼らへの罪滅ぼしのため、新しい世界へ転生させた……と説明したらしい。
……俺が会った伯爵は、俺の過去に触れ、『素晴らしい素材』などとほざいた。あの伯爵もグランスピリッツなら……俺と彼らの知るグランスピリッツの印象は真逆だ。
色々と気になるところだが、今は帰還の情報が先だ。
俺は二人に【開闢の鍵】とやらのありかを尋ねた。
「確か、“鍵の巫女”がそのありかを知ってるって聞いたけど……巫女の情報はこの世界でもかなり厳重に扱われているから、わたし達もどこにいて、どんな人なのか全くわからないの……」
キョウコの説明に俺はため息を吐いた。“鍵の巫女”という情報は得られたが、それ以上の手がかりは皆無ってわけか。それ以上はこっちで調べるしかないようだ。
俺は二人に、鍵の巫女について詳しい人物、または組織について尋ねた、
と、その時。
「なんでそんなに帰りたいのかねえ? すげえ必死じゃん?」
リントがヘラヘラ笑いながら茶化してきた。
「色々あってな」と適当に応じた。今は情報収集に専念したい。
だが――そんな俺の態度が気にくわないのか、リントの奴はヘラヘラ笑いを収め、ジロリと俺をにらみつけた。
「……情けない奴だよなあ? キョウコとレンに尻尾振ってお仲間ごっこか?」
俺に言ったのか?
なんなんだこいつ……もしかして俺達が話しているのを見ていて、自分がハブられてると思ってイラついてんのか?
こっちまでイラついてきた……
「リント……なんでそんなこと言うわけ……!?」
キョウコに咎められ、リントは不機嫌そうに腕を組み舌打ちした。
ガキかよ。付き合ってられねえ。
「……みんな一旦落ち着こう。僕たちは二つの世界の危機に直面しているんだ。いがみ合っている場合じゃない」
レンの言葉を受け、キョウコはリントへの追求をやめた。しかしリントはレンに対し、不満げに鼻を鳴らす。
……少しだけリントの気持ちに同調した。レンの言うことは全くの正論。だが……レンの言うことはどこか“軽い”。
いってみれば、道徳の教科書に書いているようなことを目の前で言われているような、そんな気持ちになる。
良い奴なんだろう。だが俺はなんとなく……好きになれない。
「……なんかしらけたなあ。ここらで落ち着くか」
リントが手を叩くと、メガネを掛けたメイド服の少女が、ティーポットとカップを台車で運んできた。
彼女もまたとんでもない美少女だ。どうやらリントはとてもわかりやすい美少女ハーレムを築いているらしい。わかりやすい野郎だ。
キョウコに紅茶を注ぎ終えたあと、メイドさんは笑顔で俺にカップを手渡してきた。
受け取ろうとしたその時――異変を感じる。
服の中の懐中時計。なぜかその時、異様な時計の鼓動を感じた。
ヂギ、ヂギ、ヂギ、ヂギ、ヂギ、ヂギ。
奇怪な不協和音を刻む秒針。
何だ? 一体?
そう訝しんだ――その時だった。




