4章-(8)転生者の集い
空間が再構成され、現れたのは――花の咲き乱れる庭園であった。
サラサラという川のせせらぎが聞こえ、青空の下で色とりどりの花々が咲き誇る。
桃源郷とはこのような場所なのだろうか? そんな気持ちにすらなった。
だが――そんな俺の思いとは裏腹に、キョウコは悪態をつきながら荒々しく花園へ足を踏み入れる。
「最悪……どんどん最悪な方向へ世界が進んでる……最悪……」
彼女の後に続いていると――やがて四方を清らかな川で囲んだ、広大な花畑へとたどり着いた。
花畑の中心に、球状の籠のようなベンチがある。
ベンチに佇むのは――白い髪に赤い瞳が特徴的な少年。
彼の周囲には、色とりどりの髪の色をした可愛いらしい少女が3人、彼を囲むようにベタベタとくっついていた。
「よう、キョウコ。どうだった会議は?」
軽い調子で白い髪の少年が尋ねると――いらだちを隠さず、キョウコが答えた。
「滅茶苦茶よ。レンが交渉してもまるで聞く耳もたないし。あげく議場で世界に宣戦布告した人まで現れて……」
「あはは。なんだよそれ。俺も見に行けばよかったな!」
白い髪の少年が笑うと、彼の背後からもう一人の声。
「そんなに面白いものじゃなかったぞ。こっちの身にもなって欲しいな……」
思わずぎょっとした。
現れたのは――あのアルトライン王だったからだ。
「王様の義務なんだろ? アルトライン王? ならしょーがないって」
「……その名で僕を呼ばないでくれ」
ため息を吐くアルトライン王。
と、アルトライン王と白い髪の男の視線が俺へと向いた。
「彼は四舵総慈くん。わたし達と同じ、“セブンズ”の一人だよ」
キョウコが二人に俺を紹介する。
――は? ちょっと待て。なんだよセブンズって……?
「……まだ彼に話してなかったのか?」
アルトライン王が軽くため息。「色々あってね」と、キョウコが応じた。
「では僕が答えよう。セブンズとは〈太源理子の始祖〉の加護を直接受ける7人の転生者のことだ」
――なに……!?
愕然とした。グランスピリッツだと? 奴らの加護を受ける7人……
つまり、こいつら――“七罰”なのか!?
「まあ、7星なんて乙女チックな名前じゃやっぱピンとこないよなー。名付け親はキョウコだから文句は彼女に言ってくれ」
白い髪の少年が冗談っぽく笑い、キョウコがフン、と鼻を鳴らした。
「改めて自己紹介しよう」
アルトライン王が軽く会釈し、自身の名を告げる。
「僕は塞塚蓮。レンと呼んでくれ。議場で見てもらった通り、上弦国アルトラインで一応王という立場にいる」
――俺達がいることを知ってたのか?
「ああ。結界の透明化レベルはそれほど高く無かったからね。一目で気づいたよ」
よく分からんが、同じ七罰同士なら結界はそれほど意味を成さないということだろうか?
「次は俺の番かな?」
イチャつく少女達から体を離し、のっそりと白い髪の少年が起き上がる。
「俺はリント。初葉切燐人だ。ま、テキトーに気兼ねなくしてくれ」
ニヤリ、と不敵に笑うリント。
……なんだろう。あまり得意じゃないな。こういうタイプの奴は。
俺がそう思っていると――
「リントくぅん! お話が終わったなら早くこっち戻ってきてよぉ!」
「ああ、堂々としたお姿……リント殿は後ろ姿も絵になる……!」
「リントー! ボクとももっといっぱい“ギュッ”てしてよお~!」
籠状のベンチから、色とりどりの髪色をした少女達がとろけたような瞳でリントを求めている。
やたら露出の高い服を着て、鼻が詰まったようなアニメ声で彼を誘惑するアニメじみた少女達に、俺はなんだかげんなりした気持ちになった。
「ちょっとお! アンタは今日いっぱいシてもらったでしょう!? 次はわたしの番なんだから!!」
「まったく騎士道にもとる奴らだ。今日は私がリント殿と愛を確かめ合う番だというのに」
「あー! 抜け駆けだー!! そういってリントを独り占めしようとしてるな~!!」
……なんだこれ。
俺は一体何を見せられてるんだ?
異世界征伐を話し合う侵略者共の会議を見た後、一人の男をめぐっての美少女同士がケンカするという、ギャルゲかハーレムアニメじみた寸劇が目の前で繰り広げられている。
……ギャップで脳がついていけない。なんだこれ。
「――仕方ないな」
リントはケンカをしていた少女の一人の肩を荒っぽく抱き、唐突に唇を重ねた。
少女は頬を赤くし、湿っぽい音を立ててうっとりと舌をからませ合う。
リントは少女の太ももをなでながら、ゆっくりと手を股の間へ――
……いや待て。まてまてまて! こんな所でおっぱじめるつもりかこいつら!?
「はいはいそこまで! わたし達がいるってわかってる!?」
キョウコが手を叩いてリントと少女のおっぱじめを阻止した。常識的な奴がいてホッとする。
「別に俺は見られても気にしないぜ?」
「わたし達が困るのよ」
「なんならお前にもシてやろうか? 俺は誰だろうと拒まない主義だ」
「……冗談でもやめてくれる?」
「そうか? まあ気が向いたらいつでもテキトーに気兼ねなく来いよ」
ふう、と疲れた様子でため息を吐くキョウコ。そんな彼女に「リントを拒むなんて何様だ!」という取り巻き少女達の悪態が容赦なく浴びせられる。
……あの議場とは別の意味で腐ってるな。
というより、俺はなぜこんな所に連れてこられたんだ?
そんな疑問を口にすると、キョウコが慌てて説明しだす。
「みんなに集まってもらったもらったのは他でもないの。この異世界の人達の企みを止めるため、わたし達ができる事を話し合おうと思って」
なるほど。日本出身の転生者だけで同盟を結ぼうってことか。
「……この世界はゲームでよくあるファンタジーな場所じゃない。世界史で習った中世暗黒史そのままの世界だ。かつての時代の狂気をまざまざと見せられている気分だよ……」
アルトライン王、もといレンがそう吐き捨てる。
「異世界征伐なんて絶対に阻止してみせる。でもこっちの世界の人を敵にしたいわけじゃない。ここには大切な人もいっぱいいるんだ……だから僕はどっちの世界も救いたい……!」
「わたしも同意見」
キョウコが賛同する。
「ラスティナって人が言うには、魔人の集落の一部に“9回目の新月”を乗り切る方法が隠されているみたい。方法なり、道具なりをこっちの世界の全土に広められれば……」
――編纂者はどうする?
「そこが問題なんだ……」
レンが深刻そうにため息を吐く。
「編纂者達はこの国の人々の生活に大きく関わっている。単純に彼らを打倒すればいいってわけじゃない。下手につついてこの世界の民に悪影響を与えれば……あの“ナイトオブナインズ”を喜ばせることになる」
キョウコも頷く。
「貧富の差を広げてテロを支援し、世界中を混乱に陥れる……ナイトオブナインズはそれが狙い。この世界の人達に被害を及ぼすことは避けないと……」
俺は、じっとキョウコの目を見つめる。ナイトオブナインズ……俺が連中に関わっているということを、こいつらに教えるつもりはあるのか……?
キョウコは俺の思いを感じ取れたようで、首を小さく振って応じた。教えるつもりはないらしい。少しホッとした。
「――正直なところ、俺はどうだっていいんだよなあ」




