4章-(7)熱狂
ヅィークがラスティナの父親?
思わずラスティナを見ると――思わず背筋が冷えた。
強烈な殺意。表情も姿勢も何一つ変わらず、だが彼女からは抑えきれぬほどの憤怒が感じとれた。
「……お前を父と認めた覚えはない」
「ふふふ。実父である先代王と妹を殺され、故郷のウィンデリアを追放されたお前がこの私に憎しみを募らせるのは理解できる。だが6大国の破滅とはまた大きく出たな。目的はこの私の首一つであろうに?」
「首一つで終わらせるものかよ。お前という存在を許容してきた国々にもその罪を償わせる。そのためにはお前を王と戴くウィンデリアはもちろん、お前に与する国家群ももろとも滅消させる」
「私一人のために世界ごと滅ぼすというのか? ははは、確かに狂っておるわ」
「お前という汚物を取り除いても周りにシミは残るだろう? 汚れは徹底して除去せねば気が済まんのさ」
異常な光景であった。
二人とも表情こそ穏やかだが、発言の内容が完全に常軌を逸している。
この場の誰一人口を挟めず、彼らの冷酷なやりとりだけが広い議場に響いた。
「そうか……しかしラスティナ、お前にとってここは千載一遇の機会ではないかな?」
「……ほう?」
「お前が殺したくて仕方のない6大国の王がこうしてここに集まってるわけだ? お前の力ならばすぐに全員消すこともできるのではないか?」
「づ、ヅィーク殿……!?」
王達が騒然となり、おののきながらヅィークとラスティナを交互に見る
だがラスティナは……フン、と鼻を鳴らすだけだった。
「安い挑発は品位を下げるぞ。私が知らぬとでも思ったか?」
「目ざといな。ますますもって嬉しくなる」
「まさかこんな所にまで『あれ』を持ち込むとはな。臆病風にでも吹かれたか? ウィンデリア王」
「先代ウィンデリア王のようにか? くくく、それはない。ここで決着をつけるのはもったいないだろう?」
ヅィークが笑みを見せた。
己の欲望を隠そうともしない、獣のような笑みを。
「美しいお前にふさわしく、決着は麗しき戦場でつけるとしよう」
「こちらの宣戦布告を受けた事は感謝する。戦場で汚らしくくたばるがいい」
ラスティナは席を立ち、ヅィークは微笑を浮かべたまま両手を組む。
ひりつくような緊張感の中、両者は視線を外さず、同時に最後の挨拶を述べる。
「「では、次の戦場で」」
ザッ、とラスティナが踵を返し、シュルツさんを伴い悠然と議場の出口へ向かう。
「け、警備兵! なにをしている!? あの女を捕まえろ! 殺せ!!」
出口付近に立つ2人の兵士に、王の一人が命令を下す。
兵士2人は驚き、慌てた様子で周囲を見回した。
そんな2人の兵士に――ラスティナは、ぽん、と優しく肩に手を置いた。
「なるほど、己の職務に情熱的な兵だ。まずは諸君が6大国の未来を先導したまえ」
肩から手を離すと――ガタガタと2人の兵が体を震わせた。
「――地獄へとな」
その瞬間。
ボウ!という音と共に、2人の兵の体が一瞬で燃え上がった!
柱状に激しく炎が吹き上がり、やがて議場の絨毯や天井を焦がし始める。
「まずい! 皆さん、避難するんだ! 早く!!」
「待て! あの女が逃げるぞ!? 捕らえるんだ!!」
「そんな事を言っている場合か! まずは避難を優先させろ! 兵達は議場の者達を先導し速やかに出口へ! それ以外の兵達は消火にあたれ!」
「ふざけるな! 退避は我々が先だ! 魔人ごとき後回しにしろ!!」
たちまち議場は怒号と悲鳴に包まれた。
だが俺はその中で、あの男の姿に目を離せないでいた。
炎の赤で照らされた議場で、未だ両手を組んだまま静かに微笑む男、ヅィーク。
「ソウジ君。わたし達も出ましょう」
キョウコに促され、空間が断裂していく最中も、あの男は嬉しそうに微笑んでいた。




