1章-(3)魔法
「あらら。見つかっちゃった……どうしよっかなあ……」
仄暗い闇の中、マーリカは困ったように口元に手をやっている。
だが、その顔を見て俺の背筋に冷えるものが走った。
口元に細い指先を這わせるその顔は……妖艶に人を惹きつける毒華の如き微笑だった。
「お前ら、牢から出た脱走者か? こんなところでフラついて、さては迷子かな?」
衛兵の一人が、やけに明るい口調でそう言った。
見れば、ファンタジーなこの世界に似つかわしくない派手な金髪リーゼント姿の兵士だった。
なんだコイツ。そんな身もフタもない感想しか出なかった。
「……所属、名前の返答なし。『名無しは斬れ』……と命令されている」
リーゼントの隣の兵士は、陰気な声と同時に腰の刀を抜いた。
刀が星明かりを反射し男の顔を浮かび上がらせる。
黒髪で細身、かつ色白の美少年であった。
ただしその美しさに華はない。
まさしく抜き身の刀のように恐ろしくも冷酷な美しさだ。
「二対二って感じ? なら、そっちのナルシスト気味のイケメンはソウジに任せるね」
――は? ……はあ!? ちょっと待て!!
「だーいじょーぶだって。“魔法”を使えば、こんな連中一撃だって」
ま、魔法……はあ!?
「あのね、あたし達が使う魔法って、必ず“贄”が必要になるの」
俺の反応など気にもとめず、マーリカは笑みをたたえたまま語る。
「あたしの場合はこれ。『シュジュフの第三頭骨』とか『ヘッコの果実皮』とかを粉にして混ぜたオリジナルブレンド」
そう言いながら、マーリカは胸元をまさぐり首にかけた小瓶を取り出して見せた。
「あたし達はどんな魔法を使うにしても贄を使わなきゃいけないんだけど、あなた達転生者は贄ナシで魔法が使えるんだよ。
……転生者は必ず一つ、元の世界から一番思い入れのある物を持ってきてる。それを媒介にする感じで、魔法を使ってみて」
一番思い入れのあるもの……?
言われて気づく。胸元の硬い感触。
学ランの襟から取り出すと見慣れた銀色の懐中時計が現れた。
……早世子さんからもらった、高校進学祝いの時計。
これで? これでどうしようってんだ? そもそも魔法ってなんだ? ゲームや漫画じゃあるまいし……
「まずはイメージ。相手をどんな風にしたいか、ってことに集中。そしたらイメージの後から魔法がついてくるよ」
なんだそのアバウトなアドバイスは!? イメージするだけって……一体何を……
「じゃ、今から見本見せよっか?」
マーリカは軽い調子でそう言うと胸元の小瓶を握りしめた。
すると――ざわり、と彼女の周りの雰囲気が変わる。
風もないのに、彼女の髪がゆらりとなびく。
ぞくり、と周囲の空気が2~3度ほど下がったように感じた。
魔法。まさか本当に――?
「“氷蛇”疾し這い、“腹”をまさぐれ」
マーリカが呟く。すると、彼女の足下からいくつもの氷が生えた。
彼女からリーゼントの男へとまるで蛇が蛇行するように連なり生えていく。
「魔法か! 悪いが食らってやるわけにはいかねえ!」
リーゼントが背後へ飛び退く、が――
「ぐほっ!?」
突如氷が弾け、背後へ跳ぶリーゼントの腹部へ氷の柱をめり込ませた。
まるで、獲物に食らいつく蛇のごとく――
「お、俺が倒れても第二第三の俺が――ぐふっ」
リーゼントがわけのわからない事をつぶやき、倒れた。
なんだこいつ。本当に。
「わかった? 今みたいな感じで魔法を使うの。
“倒したい相手の”、“どの部分に”、“どんなダメージを与えるか”、をメインに考えるのがコツかな?」
まるで手料理の隠し味のネタばらしをしているかのように、マーリカは楽しげにそう言った。
「さ、やってみてソウジ。転生者ならきっととんでもない魔法が出ると思うよ!」
――待て。まてまて待て! 見ただけでホイホイさっきみたいのが出せるわけが――
「出せるよ? だってあなた転生者だよ? 来て早々、何の訓練もナシに国選術士10人が3日かけて発動させるような超魔法を無詠唱かつ秒速で出せるじゃん? 転生者ってさ?
ほかの転生者はみんなそうなんだから、あなたもそうなんじゃないの?」
……ほかの奴なんざ俺か知るか! なんだそりゃ、さっきみたいにモニョモニョ呪文呟いてなんか出せってか? 悪いがそれはこっちの世界じゃ“マジシャン”っつータネありきの大道芸なんだよ!
「……おい、どうした転生者。使わんのか……魔法」
陰気なイケメン剣士が陰鬱に口を開く。
「転生者は全員破格の能力を持つ……というのは所詮噂だったようだな。
くだらん。刀のサビに……といいたい所だが、お前ごときのために俺の刀にサビがつく……不愉快、だ」
ゆらり、とイケメンが刀の切っ先を俺に向けた。
霞の構えとかいうやつだったか? 刃先を天井に向けた、突きの構え。
ぞわり、と命の危機を本能で感じた。仕掛けられる。斬られる。
こちらは丸腰。どうする? 逃げても立ち向かっても斬り捨てられる未来しか見えない。
……魔法……
極限の状況で、そんなイカレた発想が頭をよぎった。
……いや。だがこの考えは間違ったものじゃない。
さっき見たじゃないか、“魔法”を。
認める。ここは異世界だ。魔法もあるファンタジー世界だ。
なら、俺だけが魔法を使えないというのは逆に不自然。使えて当然。魔法が使える世界なら俺でも使える……はず。
さっきマーリカがやったように俺も――
「……魔法。使う、つもりか?」
イケメン剣士がやや身構える。
俺はマーリカがやったように、胸の懐中時計を握りしめる。
そして、彼女が唱えたような呪文を呟く。
――“氷蛇”疾し這い、“腹”をまさぐれ。
…………
……
何も、起きない。
もう一度呟いた。
何も起きない。
もう一度。
もう一度、今度はヤケ気味に大声で唱える!
だが……
「おい……まさか、お前……転生者のくせに、本当に魔法も使えんのか?」
陰鬱なイケメンの顔に、微妙に感情の色がにじんだ。
その表情は……焦り?
「――ていっ」
マーリカの足下から氷が生えイケメン剣士の腹に氷の柱がめり込んだ。
「ぐぶっ! お……お前……覚えて……ろ」
イケメン剣士がリーゼントと同じように沈んだ。
「はあ……想定外だよソウジ。魔法も使えないんだ……」
腰に手をやり、ひどく落胆するマーリカ。
――いや、仕方ないだろ? こっちは右も左もわからん状態なんだ。そんないきなり――
「他の転生者は来て早々にみんな大活躍してるけどね?」
――なんか、すまん。
「ん~……武器ならイケるかな? んじゃソウジ、ちょっとこっち来て」
チョコチョコと手招きしながらマーリカが暗い通路を身軽に駆ける。
……どこへ行くつもりだ? というか……やっぱりこの城の経路を全て把握してるんじゃないのか彼女は?
「あった! 宝物庫!」
マーリカが明るく声を出したその場所には厳めしく分厚い鉄の扉があった。
「ここにはね、『伯爵』が古今東西から集めた武具がコレクションされてるの! どれも有名な業物ばかりだから、きっと今のソウジでもすっごい力を発揮すると思うよ!」
武器……か。
確かに、さっきみたいな連中に出くわすことを考えると一つくらい身を守るものが必要かも――
…………!
不意に、背中を冷えたものが走った。
記憶。
思い出したくない記憶。
思い出さずにはいられない記憶。
真っ赤に染まる視界。
乾いたセメントの地面をドス黒く濡らす赤黒い液体。
彼女の笑顔。全てを諦めた乾いた笑顔。
瑞希。血まみれで彼女と交わした、あの日の約束――
――無理だ。
反射的にそう言った。
「へ? 何が無理なの?」
――俺みたいな素人が武器なんて持ってても無意味だ。どうせ扱いきれやしない。
「あ……い、いやでもさ! 牽制くらいには使えるかもだしさ!?」
――立ち向かってもやられるだけだ。なら、逃げやすいように少しでも身軽になっていたほうがいい。武器なんざもってても俺みたいな素人には荷物にしかならない。
「で、でもさ! 軽い武器なら一本くらい――」
――まずはここから出ることを考える。そう言ったのはお前だぞ? 戦うことが目的じゃないなら武器なんぞ必要ないはずだ。
マーリカはまだなにか言い足りない顔をしていたが、やがて諦めたように肩を落とした。
「……わかったよ。ソウジの言うとおり、先を進も?」
マーリカの声はぶっきらぼうな口調だった。なにか、いらだちのようなものも感じた。
……確かに、俺はここまで彼女に助けてもらってばかりだ。すこしぐらい戦力として貢献したいという気持ちもある。
だが……武器を握った自分を想像するとどうしても“あの日”の記憶が蘇るのだ。申し訳ないが、こればかりは……
そこでふと疑問が浮かんだ。
武器。彼女、マーリカの武器。
彼女は牢屋に囚われていたはずだ。なのに、なぜ武器を持っていたんだ?
普通捕らえられたなら武器のたぐいは全て没収されるはず。
うまく隠していた? いや、あんな長い獲物を隠せる方法なぞあるとは思えない。
そもそも彼女の行動は不可解だ。
最初から鍵を簡単に開けられたのにわざわざ俺と会話をしていたこと。
自分ひとりで倒せるのにわざわざ俺と戦わせるように敵をたきつけたこと。
なぜかやたらと俺の実力を測ろうとする言動。
……何か企んでいるのか? 俺を利用して何かを成そうと――?
そう考えていた、その時。
不意に、廊下の突き当たりの大きな窓ガラスが発光した。
青白い光が徐々に光度を下げてゆき、じわりと一人の男の姿が浮かび上がる。
「お初にお目にかかる……私は、この城の主である」