4章-(5)嘲笑するラスティナ
「質問を受け付けよう。お集まりになった部族の方々、聞きたいことは?」
「では……拝聴させていただいたが、そのやり方ではあちらの世界にある資源すらも失ってしまうのでは?」
「多少失ってしまうのは仕方がない。だが全て焼かれてしまわないよう手は打とう……連中の内紛を煽り、頃合いをみて迅速に国を簒奪。資源を完全に失う前に我々がいただく」
「もしあちらの国々が一体となり、我々に挑んできた場合は? ニホンを侵略できたとしても、他の国々を全て相手にするのは危険では?」
「ああ、その心配は全くない。我々が投入した兵力と装備品を見せれば、連中は必ず我々を侮る。『その気になればいつでも潰せる勢力』だとな。己を脅かす存在でなければわざわざ他の国々と手を組むことはしない……そこを最大限に利用する。
ニホン侵略後はいくつかの国と連携・支援し、領土拡大の手伝いをしてやる……しばしの間はな。連中が我々の脅威に気づくまで、せいぜい内紛に勤しませてやるさ。同じ世界の人間同士を殺し合わせ、疲弊させ、死にかけた国の“最後の一口”を我々がおいしくいただく」
「この世界の兵力だけで本当に勝てるのか? あちらの世界の人口は100億近いと聞く。我々部族を合わせても、こちらの約100倍の人数だ。いくら転生者の力を得たとしても……」
「お忘れか? 我々はすでに2つの世界と文明を滅ぼし手中に収めている。ニホンへ侵略する前に【開闢の鍵】を使い、2つの世界に住む我々の同胞を呼び寄せよう……どれだけの兵を寄こせるかは未知数だが、広大で肥沃な領土を得たと聞く。相応の兵力を得られると期待できよう」
「…………」
「もう質問はないかな? では――」
「支配している世界へ移住することは?」
アルトライン王だ。ヅィークはため息を吐き、冷厳な口調で答える。
「貴侯はやはり国家間のやりとりに疎いようだな。我々の同胞が住む世界はすでに100年の間こちらと隔絶された状態だ。1世紀もの間独自に繁栄してきた国はもはや別の世界の国といっていい。
100年前の約定に従い支援はできようが、我々全員を住まわせろ、というのは虫の良い話に聞こえぬか?」
「それでも! 元々同じ世界の人なんだから、話し合えば――」
「話し合い? 言葉だけで一体何が変わる? 変えられる?」
ヅィークは冷静に、冷酷に、アルトライン王を言葉でねじ伏せる。
「国と国の関係性は友人同士ではない。国は人ではないのだ。感情だけで国策が決まるなど断じてない。
外交は“交渉”だ。時には物資を、時には資源を、時には軍事力をテーブルに置き、できるだけ自国の利を引き出すため協議する駆け引きだ。
……たとえ言葉で王の感情を動かしたとして、王は感情のまま国策を定めることはしない。わずかなリスクが多くの民の犠牲を産む。それほどに王の決断は重いのだ。口先だけで丸め込めるとは思わないでもらおう」
「くそ……」
歯がみするアルトライン王に代わり、束帝カルムが拍手を送る。
「祖国を想うアルトライン王の気持ちは察する。だが我々にも我々の都合がある。我々の状況もご理解いただきたい……ヅィーク殿におかれては、この世界に対する思い、国に対する決意に胸を打たれた。またこの異世界征伐における計略はあなたの働きが大きい。皆を代表して感謝を述べたい」
「もったいないお言葉です。カルム殿」
軽く会釈をし、席に付くヅィーク。
カルムは満足げな表情を浮かべているが……俺はこの二人の関係性に危うさを感じた。
先ほどの演説で、この場にいる人の多くが束帝カルムではなく、ヅィークに関心と感嘆を抱いている。諸国の代表としてこれは危惧すべき事と思うが……当のカルム自身がヅィークのファンみたいな状態に陥っているのだ。
このまま行けば、束帝カルムはヅィークの傀儡と化すのではないだろうか?
……まあ、ここの世界の連中が混乱しようと俺の知ったことではないが。
「次に異世界征伐における部族の方々の役割や、今後の待遇について話したい。
だがその前に、この席に着くこちらの淑女をご紹介しよう」
カルムに促され、立ち上がったのは――ラスティナ。
かしこまった様子で魔人達に一礼し、優雅な動きで再び席についた。
「彼女はラスティナ殿。あの絶海の城に住む“伯爵”を打倒し、囚われていた生け贄達を解放した御仁だ」
魔人達が一斉にざわめいた。あの伯爵の存在はこの世界でかなり有名だったらしい。
「さらに港町シパイドでも、囚われていた各部族の者達を解放したと聞く。やり方はいささか過激なようだが……それでも、彼女からはあなた方部族の人間を守ろうとする気持ちは本物だ」
……牢に囚われていた魔人も消すつもりだったと聞いたが。キョウコの手柄を横取りしたのか?
「ついては、彼女を中心にあなた方部族をまとめる“国”の承認を提案したい」
魔人達のざわめきがピークに達する。
国の承認。それはすなわち魔人達を“人”として扱うことを意味している。
どの国にも属さず、人外の地で細々と生きてきた彼らはまさに「モンスター」として扱われてきた。そんな彼らが一つの国に属し、国交を行うとなれば、それはもはやモンスターではなく人として認めたといえるのだ。
だが……その国の中心人物、つまり王となるのがあのラスティナ? 一体なんの冗談だ?
「むろん無条件に、という訳にはいかない。我々と同盟を組むなら、相応のものを要求させてもらう。
まずは2億ガロほどの資金の拠出。さらに伯爵が保有していた宝の7割をこちらが保管させていただく。保管する宝の内約は我々が全ての宝を調べた後にこちらが決定する。また領土についてだが……?」
カルムのセリフが止まる。
くくく、という嘲笑。
目の前の女が……ラスティナが、嘲るように笑みをこぼしているのだ。
「し、失礼、ラスティナ殿――」
「慎みたまえ! 貴侯の行動は議場への侮辱であるぞ!!」
先ほどアルトライン王をあざ笑った王の一人が、身勝手に憤慨する。
だが、ラスティナは一向に意に介さない。
それどころか――
「侮辱だと? それはこんな茶番を見せられたこちらのセリフだ」
ドン!
と、議席の机に音を立てて肘を置き、横柄にほおづえをついて見せた。
「き、貴侯は一体――!?」
「そういえば、正式に名乗っていなかったな」
ラスティナが冷たく笑い、照明の明かりが彼女の眼鏡を冷酷に輝かせる。
「私は“ナイトオブナイン”の一人。この世界の破滅を目的とする集団の長だ」




