4章-(4)ヅィーク
「ある転生者の所有していた物だ。この板状の物を使用し、あらゆる魔法を使いこなしたと聞く。
とある村に訪れたその転生者は村の停滞したインフラをこの板を使って即座に整え、さらに住民同士のトラブルも解決していった……住民達はその転生者に感謝したが、同時に転生者の持っていた魔法の板を是が非でも手に入れたくなった」
――まさか……
「転生者が寝入った時、住民達は転生者を襲った。頭部を木槌で一撃。即死だったそうだ。おわかりか? いかに転生者といえど人間だ。油断していれば訓練もしていない村人でも討ち取ることは可能」
ざわ、と周囲の魔人たちがどよめいた。
転生者という存在は絶対。それはこの世界の人間達の共通認識だ。
自分たちでも倒せる。その事実は彼らの自信に繋がり……日本侵略の弾みになるのだろう。ヅィークの演説はそうした狙いがあるようだ。
「ニホン出身の転生者は揃って警戒心が薄い。飢えた村人に食料を無尽蔵に配れば彼らがどう考えるか? 騎士達の前で強大な力を見せつければ騎士達は何を思うか? そういった考えが抜けているようだ。彼らにしてみれば善意の施しなのだろうが、我々からすれば“マヌケ”としかいいようがない。
少し我々が笑顔で接しただけですぐに心を開く……知らぬ土地の知らぬ者から供された食事を疑いもせず口に運ぶ。毒入りとも知らずにな」
善意につけ込んでおいて何を……と思ったが、確かに俺達は危機意識というものが薄かったのかもしれない。
……現に俺も毒入りのメシを食わされたからな。
この世界は、俺達の生きていた世界に比べて倫理観が未熟だ。奴隷なんてものが平然と存在し、魔人や転生者のようなよそ者には平気で残虐な振る舞いができる……精神そのものも中世レベルなのだ。こいつらは。
「考えの甘い転生者達を騙すことは容易。その中でも、“ジエイタイ”と呼ばれるニホンの兵士達を捕らえたのは僥倖であった。
尋問の結果、2人は口を割らずに絶命したが、3人目でようやく有益な情報が得られた。ニホンと呼ばれる国とその世界の国々の情勢。彼らの保有する武器の特徴。国民と政治の状況、などなど。……彼の語った話には驚かされてばかりだったが、最も驚いたのがニホンという国の特殊性だ」
ヅィークが口元に薄く笑みを浮かべる。
刃物のように冷酷な笑みを。
「なんでも約70年前の大戦で敗北して以来、軍事力を放棄し大国の子飼いのような状態で経済成長を続けた国らしい。
信じられるかね? 自治権を有し国として独立しているにもかかわらず、かの国の国民は軍事力を嫌い、最低限の軍備しか保有しておらぬらしい。
軍事力の保有が戦争に繋がるからというのが彼らの意見だが、全く意味不明だ。諸国に攻められぬため、外交で不利な条約を結ばせぬため、軍事力の保有は不可欠。それを放棄するのは自殺行為といっていいだろう。
このような意見が出回るのは、国民が国を信頼していないことが原因だ。どうやら彼らの国が敗戦した際、戦勝国が国民に対し『国の指導者が諸悪の根源だ』と吹き込み、洗脳したことが今に続いているようだ。
……洗脳にはまず既存の価値観を破壊し、不安になったところで手を差し伸べ、新しい価値観を植え付ける、といった手法が用いられる。勝利を信じていた国が負け、アイデンティティが揺らいだところを突いたわけだ……なかなかにうまいやり方だと思うがね」
嬉々として洗脳について語るヅィークに、魔人達の数名が顔を見合わせ、ヒソヒソと小声で話し合う。
「話が逸れたようだ。つまり、ニホンという国の現状は、国と民の意識が乖離し、さらにろくな軍事力すら保有していない。侵略するにはあまりに都合の良い国だといえる。まずはニホンを侵奪。後に橋頭堡とし、あちらの世界の国々を順次落とす」
断言するヅィークに、魔人の一人が挙手し尋ねた。
「ラグ族族長のシーカと申す。簡単に落とすというが、転生者達の世界は我々の世界よりだいぶ技術が進んでいると聞く。そんな国を相手に我々が勝てるのか?」
「そうだ! それに我々の使う魔法は別世界では使えぬのだぞ! たとえ軍事力の低い国とはいえ、簡単に侵略できるとは思えん!」
魔人達が口々に反発を唱え、議場が騒然となる。アルトライン王が安堵の表情を浮かべた。
だが、中心のヅィークはいささかもひるまず、冷静に口を開く。
「問題はない。諸君らはすでに前例を見ているだろう? 転生者達を?」
何を言ってる? と魔人達がざわめく。ヅィークは淡々と説明する。
「転生者達はこちらの世界に来る時、体の組成が分解・再構成されることであのような絶対的な力を得る」
その言葉に、俺はゾッとした。
あいつ、まさか……!
「我々がニホンへ向かう場合にも同じことが起こる。体の分解・再構成を経た後、我々の肉体は強大な力を得るだろう……そう、我々全員が転生者と同等の力を得られるのだ」
この発言が、議場全体の魔人達を驚かせた。
「我々が……あのような力を!?」
「本当にそんなことができるなら……」
「勝てる、な……どのような世界でも……確実に……」
……転生者ってのがどれだけの力を持っているのか、いまいちピンと来ない。
だが、転生者であるキョウコの能力を見る限り、もし彼女のような力を持つ軍勢が俺達の世界へ侵攻すれば……どの国でも太刀打ちする事はできないと思えた。
「ここからは具体的な計画を話そう。まずは小隊規模の人員100名を組織し、ニホンの政治中枢を乗っ取る。軍や国民の混乱の最中に逐次100人単位で部隊を投入し続ける……唐突に国土に敵兵士が現れるわけだ。どのような国でもまともに対応できまいよ。
また、ニホンの中枢を簒奪した後は、諸外国に逐一情報を流す。どうなると思う? 野心をもった周辺国がこれを好機とニホンの国土への侵略を始める。ニホンの軍はそれらへの対応で手一杯となる……自国の民が、家族が、恋人が犠牲となるのを見ながら、諸外国の部隊へと出撃する兵士達の心情はいかばかりであろうな」
ヅィークの語り口は冷静だが、その言葉の端々から愉悦の色がにじんでいる。
嬉々として戦争を語るこの男……やはり危険だ。
「ニホンという国を初めに侵略する理由はもう一つ。かの国は世界一の債権国と称されており、経済への影響も非常に大きい。そんな国が侵略されれば、世界中の経済も混乱するだろう。ニホンに関連する企業は軒並み危機にさらされ、投資家連中は強烈なショックにより投資活動が保守的に。うまく連鎖すれば世界規模での経済の停滞が発生するだろう。
経済の停滞は貧富の差を広げ、人々の不満はやがてテロの気運を高めていく……我々はそれらの火種を育てるだけでよい。
ニホン侵略後は保有する財の大部分をあちらの世界のテロ組織へ流す。さすればたちまち世界中で火の手が上がるだろう。国と民が一体となり対応しなければならぬが、貧富の差が拡大した状況だと民はむしろテロリスト側へと傾く。
……あの世界に埋没していた不満、覆い隠された矛盾をすべて吹き出させてやる。野火はやがて世界全土を焼く焔となり、国々は内紛に明け暮れるようになるだろう。ほどよく食べやすい大きさになった国々を順に侵略。これで異世界の征伐は完了する」
唖然とする魔人達。
束帝カルムは、まるで感服したような表情でヅィークを見つめている。
俺はといえば、軽いめまいのようなものを感じていた。
“日本侵略”という奴らの目標をどこか冗談めいたもののように捉えていたからかもしれない。
こんな中世丸出しの時代遅れの連中にできるはずがないと。
だが違った。こいつらは本気だ。綿密な計略を練り本気でこちらの世界の征服のために動いている。
そしてそれは間違いなく達成できる。そう直感が告げていた。




