4章-(2)侵略者達の集会
キョウコがカッターナイフで周囲を切ると、一瞬で周囲の景観が変わった。
宿屋から出てすぐの、舗装すらされていない土ホコリの舞う田舎道。
それが一瞬で、豪勢な革張りの椅子が並ぶ会議場の一角へと変化した。
周囲にいるのは……魔人の一団。
セイウチのように立派な二本の牙を生やした魔人達が、不安げな表情で自分たちと会議の行く末を話し合っていた。
――こいつら、俺達に気づいていない……?
「わたしが切った範囲から出ないで。結界の中にいれば、気づかれないから」
――結界?
「うまく言えないんだけど、閉じ籠もれる能力って言ったらいいのかな? 一時的に世界から隔絶できる能力というか……」
――ニュアンスだけはなんとなく分かった。
「それだけ分かれば十分。タネも仕掛けもない魔法なんて、理論理屈よりニュアンスで理解するしかないんだから」
――苦労しているニュアンスだな。
「……まあね」
キョウコがため息を吐くと、それに連動したかのように、階下に人の動きがあった。
二階席から下に大きな楕円の卓があり、それぞれ割り振られた席に6人が座っていく。
……6大陸。6つの国の頂点に立つ者達。席に座る者達には、そんな風格を感じた。
だが、その時。
俺はあり得ないものを……余りに見覚えのある後ろ姿を見た。
ラスティナ。
その後ろ姿は間違いなくあの女だった。
違っていたのはその服装。赤黒いかっちりとした軍服のようだが、端々に華美な意匠が施されている……儀礼用の制服かなにかか?
俺が二階席の手すりに手を掛けた、その時。
ラスティナの動きが止まり――
こちらへ振り返り、艶然と微笑みを浮かべて見せた。
――あいつ。
「……嘘でしょ? なんであの人……異世界人に気づかれるはずは……」
驚愕の表情を浮かべるキョウコ。
……この世界の人間に比べ、転生者はどいつもこいつも異常なほど強大な力を持つ。
後に知った、“チート能力”とかいうやつらしい。
だが奴は、ラスティナは他の異世界人とは違う。転生者達をこの世界へ呼んだ元凶、グランスピリッツをその身に宿している。それがキョウコの結界を見破った理由なのだろう。
ラスティナは傍らの大男――シュルツさんに促され、テーブルの最後の一脚に腰掛けた。
「揃ったようだ――では諸侯、我が呼びかけに応じ、はるばる我が領地ニルディンまで足を運んでくれたこと、謹んで礼をさせていただく」
円卓の上座、浅黒い肌に銀髪の若い男が、やや緊張した面持ちで頭を下げる。
……20代、へたすれば10代後半くらいだが、あの男がここで最も大きな権力を持っているのだろうか?
その割には、どこか頼りげがないような……
席に付く6大国の長――ラスティナを入れた6人が、パラパラとおざなりに拍手。
その数拍後に、円卓を囲む魔人達が万雷の拍手を送る。
隣の魔人を見る。大きな牙を持つ男は、懐疑的な眼差しで円卓を見据えている。
……態度ばかりは場の雰囲気を尊重するが、腹の底では全く信用してはいない。そんな様子だった。
「束帝カルム。一応、6大国のリーダーみたいな存在なのかな?」
キョウコが、あの銀髪色黒の男を指さしてそう言った。
――ソクテイ?
「他の国の王達のまとめ役、みたいな意味だと思う。“満月国”のニルディンの領主だけど、即位したばかりだから、ちょっと軽んじられてるみたいだけど……」
――満月国?
「……ソウジ君、もしかしてこの世界のことぜんぜん知らないの?」
――来て早々に城に監禁されてたからな。城から出た後も立ち寄った街がすぐ消し飛んじまったし。
「苦労してるニュアンスだけど?」
――ほっとけ。
「諸侯、そして遠路からここへ列席した部族の方々。本日はあなた方へある提案をしたい」
魔人ではなく『部族』。その表現に、ざわ、と魔人達がどよめいた。
続く二の句に、俺は愕然とする。
「異世界征伐――ニホンという国への出兵に、協力いただきたい」
…………
「言った通りでしょ?」
俺はキョウコの発言に反応せず、じっと束帝カルムとかいう奴の発言に耳を傾ける。
「突然の事に驚いているかもしれない。だが諸君も知っているはずだ。9ヵ月後――“9回目の新月”がすでに迫っていることに」
――新月?
「この世界はね。わたし達の世界の“太陽”の役割を“月”が担っているの」
――どういう意味だ?
「太陽も月もこの世界に存在する。だけど太陽はわたし達の地球より少し遠いせいで、世界の7割近くが凍土に覆われてるの。
凍土とそうでないこの国の違いは――月が見える位置にあるかどうか」
――よくわからない。
「わたしもうまく説明はできないんだけど……この世界は月がわたしたちの世界より近いから、潮汐熱、だったかな? 引力の影響で土地が暖められるみたい。
ついでに火山活動も活発化するみたいで、月の見える土地は温泉が良く湧くんだよね。そういうのの影響で人が住めるレベルまで暖かくなるんだって」
――つまり、月のおかげで生活ができると。太陽より月のほうがありがたいと思われてるってことか?
「そういうこと。ちなみにここの満月国ニルディンは一番月の影響を受けている温暖な土地だから、この世界で一番豊かで一番世界に影響力を持っている国でもあるの」
満月国ってのはそういう意味か。
キョウコの説明に納得していると――束帝カルムの演説で気になる単語が聞こえた。
「我々の世界はこれまで8度の困難に直面した。100年に一度訪れるかの【死の太陽】の接近。90日間に及ぶ恐ろしき凍夜。冬眠により難を逃れようと、隣り合った家族や恋人は冷たくなったまま二度と目を開けぬ……【死の太陽】の宿命には逃れられぬ。それがこれまでの常識だった」
――死の太陽?
聞き覚えがある気がした。城でのパーティーの時、マーリカがそんなこと言っていたような。
「この世界にある天体のことみたい。特殊な恒星でね、太陽の光と真逆の波長の光を発する星みたい」
――真逆の波長の光? そんな星が接近する、ってことは……
「……ある音波と真逆の波長の音波がぶつかると、音が消失して無音になる。それと同じことが太陽光でも起こる……【死の太陽】は、太陽の光を遮る星。陽の光を失ったこの星は、死の太陽から離れる90日の間、陽の光が全く届かない氷に閉ざされた星になる……」
――そんなことが……
「そう。それが――」
キョウコの発言を引き継ぐように、カルムが言った。
「9回目の新月……月に守護されし我々の世界において、100年前の災禍が訪れようとしている……だが! 我々はすでにこの宿命に抗う術を持っている! そう、それは100年前、200年前にも行った、国の垣根を越え世界が一丸となり達成せし覇業! 異世界征伐である!」
――なんだと……!?
「グランスピリッツによりもたらされた魔法! さらに次元を超える【開闢の鍵】を用いることにより、死の太陽が訪れる前に異世界へ侵攻。異教の蛮族共を一掃し、我らがフロイア聖教の領土を拡大する。同時に異世界の資源や技術を得れば、死の太陽から解き放たれたばかりの世界でも、十分すぎるほど豊かな暮らしができるだろう!」
……なるほど。同じだ。
魔人達を「必要悪」の名の下、生贄にし資源を略奪していたあの街の連中と。
魔人だから。転生者だから。だから何をしても問題はないと。
同じ人間と扱うつもりはないと――
「……顧みて、現状の生活はどうだ? 農作物への病や害虫の跋扈により飢えや貧困が拡大し、それに関わらずどの国も“魔人”と忌み嫌われる周辺部族との対立を深めるばかり……私は束帝として、この世を束ねる者として、この危機を世界平和へのチャンスに変えるべきだと考えている」
――なに……?
「直面する死の太陽を前に、我々が争う事に何の意味があるというのか? “異世界征伐”。この目標を胸に、国や人種の想いを一つにすれば、長年横たわってきたこの世界の禍根を取り除くことができるだろう……そうだ。我々の世代で変える! 変わるのだ!! 争いのない世界へと!!」
――争いのない世界? 別の世界を生け贄にして、世界平和だと?
「……大真面目に言ってるよ。あの人。あの人だけじゃなく、この会場のほとんどの人がそう思ってる」
――攻め込もうとしてんのは、俺達の世界なんだろ?
「……ええ」
――侵略者共が、ふざけやがって……!




