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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
四章「伏魔会同」
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4章-(1)善悪の筋道

“正しい事”とは何だろうか?


本当に正しい事とは?

俺は今まで“正しさ”というものを実感したことがなかった。

正しい事と悪い事の区別がよくわからなかった。どちらも行動の末に、他人が後から勝手に善悪のラベルを貼り付けているだけのような、そんな風に思えたのだ。


 色々と本を読んだことで、俺は“正しい”ということが“スジが通っていること”だと理解した。


 スジが通るということは、論理的に整合性がとれているということ。

 因果応報。他方が一方的な利益を得れば、別の誰かに一方的に裁かれる……それは美しい数式のような整合性だ。


 そんな整合性こそが正義だと今まで思ってきたし、この認識で間違いを指摘されることもなかった。


 だが……()()()()はそうではないらしい。


【ソシオパス】


反社会性パーソナリティ障害ともいう。

その特徴は物事の善悪に無関心で、衝動的に他者を傷つけてしまうこと。

他人への共感性が著しく低く、己の利益のために他者を操ろうとする。

性質は自己中心的で自己愛が強く、他者を(さげす)み、衝動的な行動をする。仕事は続かず友人や恋人とも長くつきあえない。


……反社会的行動……犯罪を起こす傾向が強い。


性質はサイコパスに近く、医学的にはどちらも同じ反社会性パーソナリティ障害に分類される。

あえて違いをいうなら、サイコパスは先天的な生まれた時からの性質。対してソシオパスは後天的に形成される性質だという。


……幼少期のトラウマ……虐待、が、原因だと考えられている……


俺はプリントアウトされた一枚をテーブルに置き、ため息を吐いた。

テーブル上の無数のプリントが息で一瞬めくれ、また再びテーブルへと落ちる。


再び紙面へ視線を落としていると――控えめなノック音。


俺が応じるより先に、きしむ音と共にドアが開く。

右手にパン、左手に肉と各種スパイスを煮込んだシチューのような料理を持ち、セーラー服の少女が現れる。


「起きてた? お昼ご飯食べる?」


俺が頷くと、彼女は遠慮無く料理をプリントの上にどっかりと置いた。

褐色の飛沫がプリントの上に散り、俺はうんざりとため息を吐く。


「プリントは知り合いに頼めばまた作ってくれるから。今は食事を楽しもう?」


 この世界では滅多にお目にかかれない貴重な紙。だが彼女の友人の転生者に頼めば無尽蔵に提供してくれるらしい。

 しかも元の世界のネットの情報まで印刷してくれるのだとか。異世界来てまでなんでコピー機まがいのことしているのかは謎だが。


 ……食欲をそそる香り。そういえばもう昼近いのに朝メシも食ってないな。

 俺は諦めて彼女と対面に座り、素直に食欲に従うことにした。


「ここに来てもう3日も経つけど……ずっと読んでたの?」


 彼女の問いに、俺はスプーンを口元へ運ぶ手を止めた。


 ――まあな。


「どう思った?」


 …………

 どう答えれば良いか考えていると、彼女はクスリと笑う。


「まだ実感がないんでしょ? いいよ、無理に答えなくたって」


 そう言い、彼女は大きめにカットされたシチューのジャガイモをほおばった。


 ――梗子(きょうこ)


 彼女の名を呼ぶ。九浦敷梗子(くらしききょうこ)。それが彼女の名前だ。


「……なに?」


 ――どうすればまともになれる?


「…………」


 ――プリントはすべて目を通した。なんていうか……“安心”した。今まで人との関わりで感じてきた違いやズレ。そいつを客観的に認識できたというか、系統立てて説明されたことで妙に“納得”できた。


 ――自分の中の未知を解明できた。それが俺にとって大きいのかもしれん。

 

「それはよかった」


 ――だが本題はそうじゃない。俺の現状は理解した。問題はその先にある。


「…………」


 ――どうすればいい? どうすればまともな人間になれる? そこのプリントにはその辺が書かれていない。“ソシオパスは年月と共に改善した例がある”。それだけだ。どうすれば改善するんだ? 肝心なことが書いてない……


「……どうしてそんなに焦ってるの? まるで時間が限られてるみたいに」


 限られてるんだよ。俺には。

 そう反論したかったがやめた。瑞希との事を知られるのは伯爵とラスティナだけで十分だ。


 キョウコは人差し指をあごにやり、数秒考えた後に口を開く。


「申し訳ないけどこれ以上のことはわたしも知らない。その答えはあなたが自分で手に入れるしかないと思う」


 やっぱりか。

 安易に他人に答えを求めるべきじゃない……そんな事はわかってるが。

 俺の焦りと(いら)立ちを見透かすように、キョウコは両手を口元に組んでじっと俺を見つめる。


「あなたはどう思うの? どうすれば治せると思う?」


 それがわからないから尋ねてるんだが。

 とはいえこれは俺自身の問題。そもそも俺が解決しなけりゃならないことだ。


 ……どうすればまともになれるか。


 考えても答えがでない。なら、やれることは一つだけだった。


 ――スジを通す。


「スジを? それはどういう意味?」


 ――俺にとって正しいことの基準は論理的に正しいかどうか……スジが通っているかどうかだ。今の俺はこういう判断をするしかない。


 キョウコは視線を落とし、しばらく考えた後にこう答えた。


「それでいいと思う」


 ――待て。だけどそれで俺は間違えた。あの時も俺は正しいと思って……


「そういうのさ、普通の人でもそうなんだよ」


 ――えっ?


「誰だってそうだよ。自分で正しいと思ったことが間違っていたり、ほかの人から見てそれが悪いことだったり……みんな失敗するし、みんな間違う。それが普通。」


 …………


「……これはわたしの想像だけど、あなたは多分精神的に子供のままの部分があるんだと思う」


 唐突にそう言われ、どういうことだ? と思わず聞き返した。


「善悪への理解が小さい頃のままで止まってるんだと思う。正しいことへの実感がないのは、たぶんそのせい。あなたは純粋なんだと思う。善も悪もより分けできなくて、平等に受け止めることができるほどに真っ直ぐで」


 なんとなく、『子供だなあ』とからかう瑞希のことを思い出した。

 彼女の発言は、俺のそういう部分を指摘してのものだったのだろうか?


「今は、自分が正しいと思ったことをやり続けてみて。考えて、行動して……そうして経験を積んでいけば、あなたのそういう部分も成長すると思うから」


 自分自身の正義。

 スジを通す――それを続けていけば、瑞希の願ったまともな人間になれるだろうか?


「……なんなら確かめに行ってみる?」


 何気ない彼女の一言に、どういう意味だ? と聞き返す。


「この世界の悪意」


 真っ直ぐに俺を見据えながらそう言うキョウコに、一瞬背中が冷えた。


 ――端的にしか物を言わないのはクセなのか?


 やっかみ半分でそう言っても、彼女はぴくりとも笑わない。


「あなたを連れてきたのは理由がある。この世界の異常性を知って欲しくて」


 ――異常な出来事なら腹一杯出会ったよ。


「来たらわかるよ……あなたのお腹が破けるくらいの、本物の“悪意”を見せてあげる」


 深刻な表情でそう語るキョウコに、俺は底知れない不安感に襲われた。

 この世界に来てから最悪な事ばかりだったが、それよりさらに下があるってのか……?


「今日、今年3回目の6大国の首脳会議が開かれる。とある議題について話合うみたい」


 ――とある議題?


「元の世界――わたし達の世界を侵略するための話し合い」


 ――は?


 冗談かと思った。

 ありえないことだ。こんな時代のレベルすら違う異世界人が? 俺達の世界を? なぜ? なんのために?


 ……最悪だと思った時、実はその先に、さらにその下が存在していることがある。

 それを俺は、今日、嫌というほど思い知った。

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