3章-(13)最も公平な狂気
「ところでソウジ、あんたの近くにいる無闇に開放的な人たちは何なの? 裸族の民族大移動か何か?」
――ここに囚われていた魔人の人たちだ。汚水処理の生け贄として幽閉されていた。
「へえ? たかが汚水処理のために? ろくな術士いないのねー。やっぱし」
ケラケラとマーリカは笑い――俺へ向き直り、問うた。
「で? どうするの? ソウジは?」
――どうする、とは?
「当然、そこにいる街の連中の処遇だよ」
ざわ、と街の連中が騒然とする。
「ソウジはどっちにつくの? あたし達やそっちの魔人側? それとも街の連中側? あなたの正直な所が聞きたいかなあ」
――俺は……
「て、転生者様! どうかご慈悲を!!」
街の連中が声を上げた。
「魔人にしてきた事は謝る! もうこんな事はしない! ち、誓うよ! 神に誓う!!」
「こんな事になって自分たちがどんな恐ろしいことをしてきたかがわかった! ど、どうか我々に変われるチャンスを!」
「せめてこの子だけでも助けて! 3歳になったばかりなんです! 魔人への仕打ちとも関係ない!! この子だけでも……!!」
…………
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
チェックのスカートの女が涙ながらに謝り続ける。
「悪かったよ! あんたにした仕打ちは謝る!! この通りだ! か、勘弁してくれ……!」
夕方、俺にからんできた三人組が土下座までしてきた。
「そ、ソウジ……!」
赤い髪の女……ミューだ。
「ほんの出来心、だった……も、もちろんソウジを殺すつもりなかったよ! 国に売られた転生者は良い暮らしできるから! わたしもお金もらえるし! そ、ソウジも幸せに暮らせると思って! それで! それでわたし……!」
――もういい。
「え……?」
――もういいんだ。
許された。そんな顔で安堵するミュー。
その顔を眺めながら、俺は一人の少女の姿を思い浮かべる。
絶叫し、死に絶え崩れる魔人の少女の姿を。
――俺のことはどうでもいい。だがここでお前らを許すわけにはいかない。
「へ……」
――魔人達の受けた痛み、屈辱、怒り。それらを精算するにはお前らの言葉だけじゃ軽すぎる……謝って終いってんじゃあスジが通らねえ。
「ソウジ……?」
――死んで償え。それでイーブンだ。
ざわり、と街の連中が恐怖の声を上げる。
「う、嘘でしょ……? 冗談なんだよね? わ、わたしは! 殺されるような事なんて一つも――!」
――死ね。ここにいる以上お前も同罪だ。罪は償わなきゃならん。お前も俺も。
「……よく言ってくれた。感謝する、転生者殿」
俺の後ろにいた魔人達がそう言うと、雄叫びと共に変身した。
人の姿を捨て、獣の姿を纏い、一斉に街の連中へと殺到する!
「う、うわああああっっ!!」
「助けて! 助けて! 誰かああぁっ!!」
男も。女も。老人も、子供も。
等しく魔人達に引き裂かれ、噛み砕かれ、無残な肉塊へと変わってゆく。
……そうだ。この街にいた以上、誰であろうが粛正は免れ得ない。
生まれたばかりの子供だろうと例外ではない。現に奴らは魔人の夫婦の子供も生贄とした。等価交換の末の当然の因果。これで公平、これでイーブンな状態だ。
惨殺される人間達を眺めながら、マーリカとダンウォード、ネロシスはクスクスと笑う。イルフォンスは我関せずと刀の手入れを行うのみ。
周囲を囲むレイザさん達は無表情で、住人達の惨状を見下ろしていた。
そんな中、ケインさんだけが不安げにラスティナに訴える。
「ら、ラスティナ……このままでは大切な生け贄達が……」
「まあ待て。しばし好きにさせておけ。あれらは元々彼らの獲物だったのだからな」
「……10分の1ほど削れた所で止めましょう」
「ああそうしてくれシュルツ。マーリカ達にも手伝わせろ。一人もここから逃がすなよ?」
「承知いたしました」
ラスティナ達の会話を聞き、俺は魔人達に殺戮される住人達から目を離した。
これで片はついた。残りは――
「……これがあなたの望みだったの?」
セーラー服の少女。先ほどから、文句でもあるかのように俺を睨んでいた。
「命を救ったのは――わざわざ彼らに殺させるため……?」
――街の奴らまで救ったのはお前だろう。そこまでは考えてなかった。
「なに、言ってるの……? そうじゃないでしょ? どうして殺す必要があったの……!?」
――街の連中は魔人達を生け贄としていた。先に奴らがさんざん殺していた。ならば同じように彼らに殺されるのがスジだ。
「子供もいたのに? まだ善悪の区別もつかないような子供もいたのに?」
――奴らも子供を生け贄とした。これでイーブンだろ?
「……イーブン? 命が奪われることに公平も何もないでしょ? わかってるの? 命が今失われている事が問題だって言ってるの!」
今、命が――
俺は今一度背後を振り返る。逃げ惑う街の人々の背中を魔人がカギ爪で引き裂き、首筋を噛みちぎり、悲鳴と血しぶきが周囲を満たす。
――そうか。
――普通の人ならそう考えるのか……命に軽重はない。公平さで判断するのではなく、失われることそのものを避けるのが正解だったのか。
「あなた……」
――これが最も正しい判断だと思った……だが間違いだったみたいだな。
「もしかして本当に、何もわかっていなかったの……?」
――なんの話だ?
「あの判断が正しいって、本気で思ってたってこと……?」
――その通りだ。
俺がそう言うと、次に彼女は耳を疑うような言葉を発した。
「サイコパス……」
な……
俺の事を言っているのか?
待て、俺が? 俺が、そんな……
「……ううん。違う。多分あなたは先天的なものとは違う……きっとまだ引き返せる……!」
不意に、少女は俺に向けて手を伸ばす。
「一緒に来て。本当に正しいことがなんなのか、教えてあげる」
正しいこと。人として正しく生きること。
それはきっと瑞希の望みでもある。
だけど……そうだ。今になってようやく俺は自覚した。
俺の中の正しさの矛盾。
そうだ。
ずっと昔から気づいていた。
俺の正しさと、他の人との正しさにはズレがある。
彼女はそれを初めて俺に指摘してくれた。
彼女について行けばわかるのか? 本当に正しい事が?
瑞希の望むような、まともな人間になれるのだろうか……?
「あんな人たちと一緒にいたら、あなたは本物の怪物になる。人間として生きたいなら……来て」
差し出された彼女の手は、曇天に射した陽の光のようにまぶしく。
俺はその手へすがるように握ろうとした。
その時。
「逃がすと思うな……!」
イルフォンスだった。刀を構え、怒りと殺気をまとった鬼気迫る眼で俺を見る。
だが……そうか。今ようやくわかった。この男の真の目的が。
そして問うた――お前、最初から俺を殺すつもりだったな?
「その通りだがそれは正確ではない……俺は殺す。お前達のような転生者を全て」
――城の中でも常に俺の近くにいたな? 俺を殺すチャンスをうかがってたわけか?
「それもあるがそれは正確ではない……ナインズはナンバーごとに役割が割り振られている。知ってるか?」
俺が頷くと、イルフォンスの周囲に殺意を具現化したような血の霧が現れる。
「……ナイト“8”の役割は裏切り者の粛正……お前がその女と逃げるというなら、それは俺達ナインズへの裏切りと断定する。たった今からお前は俺の獲物だ……!」
――知らねえなそんな事は。
「なんだと……?」
――お前らも目的があってその組織に入ったんだろ? 俺もそうだ。だから目的を優先しそこへ向かう。何か問題があるか?
「……それを裏切りと言う」
――自分自身を裏切り続けてるお前が言えたことか?
「なに……!?」
セーラー服の少女が、カッターの刃を周囲に振る。
すると空間が断裂し、俺と少女の周囲の空間だけが切り離される。
「待て! どういう意味だそれは……!」
――俺も持ってるからなんとなくわかるんだよ。魔剣の意思に逆らわず迎合する。それはお前自身の意思を捨てた事と同じだ。
――そいつに聞けばいい。お前の持ってるその刀にな。
斬られた空間が瞬時に癒着し、愕然とするイルフォンスの顔も一瞬でかき消えた。




