3章-(12)一方的に過ぎる戦い
……目を開けると、周囲は完全な焼け野原であった。
牢屋も、浄水槽も完全に蒸発し、どす黒く焦げた大地がどこまでも続いている。
周囲にいる人は、セーラー服の少女と、赤い霧で天空の極大魔法から身を守っていたイルフォンス。
それに――
「う……お、俺達……?」
「生きてる……みんな! 大丈夫か……!」
檻に入れられていた魔人達も全員無傷だった。
――君が守ってくれたのか?
セーラー服の少女に問うた。少女はこくりとうなずく。
「全員をあの威力から守り切ったのか……これが転生者……」
イルフォンスは赤い血の霧を振り払い、忌々しくそう言った。
だがその時。
イルフォンスは無数の気配に振り返る。
「な……なんだ? 一体何が起きたってんだ?」
「ま、街が……なんで、こんな……!?」
街の住人達だった。
彼らもまた無傷。唐突に焼け野原と成り果てた街を見回し、呆然としている。
――あいつらも助けたのか?
「余計な犠牲はないに越したことはない。あなたが言ったことでしょ?」
腰に手を当て、あきれたように少女が言う。
確かにそうだ。その通りなんだが……
俺が複雑な気持ちを抱いた、瞬間。
黒く焦げた大地の周囲から、まばゆい光が弾けた。
なんだ? 俺が目を細めて見ると――それらの光は無数の魔方陣へと変化した。
やがてそこから――人影が現れる。
マーリカ。ダンウォード。ネロシス。シュルツ。ケイン……ナインズの5人を筆頭に。
レイザさんやオクトゥのほか、あの城で見た魔人達が総出で出現し、俺や街の連中を取り囲むように立っていた。
「驚いたな。街の者まで残すつもりはなかったのだがな」
声は頭上からだった。
ラスティナ。左肩から二枚の翼を生やし、ひらりと軽やかに地面へ降り立った。
一瞬レイザさんと同じ種族なのかと思ったが、彼女の腕は人間のままだ。魔人であることは間違いないがレイザさんとは異なる種族のようだ。
「いや、むしろ僥倖だ。これだけあれば使いようもある」
眉間にシワを寄せ、どこか不安げな表情でケインがそう言った。
「これだけの数の生け贄がいれば、使える術の幅も広がる……よい案が浮かんだ。ぜひ彼らを捕らえてもらいたい」
生贄。
その言葉を聞き、街の連中は騒然とする。
「な……何言ってんだ!? 人間だぞ!? 俺達は!?」
「ま、魔人だ……! 魔人が俺達を生贄に……!?」
「悪魔……! 魔人でも転生者でもない、普通の人間を生贄にするだなんて……!?」
……こいつら。
「化け物っ! あんた達化け物の生贄になんてなるもんか!」
チェック柄のスカートの女が叫ぶ。ギルドの案内をしていた女だ。
そして彼女の言葉に共鳴するように、ギルドにいた冒険者連中も勇ましく声を上げる。
「どれだけ数をそろえてようが所詮モンスターだ! 態勢を整えれば敵じゃない!」
「残念だったな! ここには100人近い冒険者がいる! ザコがいくら群れようとものの数じゃねえんだよ!」
「一人10匹がノルマよ! みんな! 力をあわせて戦いましょう!」
…………こいつらは。
本当に。
救えねえクソ共だな……!
「ねえねえケイン? あそこの冒険者連中も生贄リストに入ってんの?」
「マーリカ……うむ。いや問題ない。あそこの連中は消しても計画に狂いはない」
「オッケー。んじゃ、ちゃちゃっと片付けちゃおっか」
毒を含む笑みを浮かべ、マーリカが連中に向き直る。
同時にダンウォード、イルフォンスも己の武器を構えた。
……まさかたった3人で戦おうってのか? 彼らが相当な手練れということはわかるが、流石に3人では無理じゃないか……?
「ランサー・ナイト・モンクは前衛! 賢者とソーサラーは中央で魔法攻撃と支援を! 僧侶は後衛で回復魔法に専念しろ! アーチャーは遠方から攻撃しつつ僧侶を守れ!」
「各々の持ち場につけ! モンスター共は所詮突っ込んでくる事しか知らん獣だ! 恐れることは――」
情勢は一瞬で変わった。
冒険者達へ下知を飛ばしていたリーダー格らしき男の首が、瞬時にマーリカのムチにより一撃ではね飛ばされたのだ。
「はあ? 態勢なんて整わせるわけないじゃん? アホなの?」
「あ……あ、き、貴様――ギャア!!」
ドン!
という轟音と共に、前衛の冒険者達がやすやすと吹き飛ばされ肉片と化す。
「……かと言って、正面から挑めば簡単に突き崩れよる。なんじゃこいつら? まるで歯ごたえがないんじゃがのう?」
血糊の付いた穿牙槍を振り払い、ダンウォードが呆れるようにそう言った。
「ふん。おおかたその辺の魔獣やら非戦闘員の魔人を狩って『レベル上げ』とやらをしてた情けない連中なんじゃない? 格下しか相手にせずいっぱしの勇者様気取りなわけ?」
100近い冒険者達に向かって、マーリカは最大限の侮蔑を放つ。
「対人戦闘経験は皆無。戦術スタイルは教科書通り……腑抜け腰抜けの上に間抜けだなんてお笑いにもならないわねえ」
「な、な……舐めるなああっ!!」
数にものをいわせるように、冒険者達が一斉にダンウォードとマーリカへなだれ込む。
だが。
「オォォオォオッッ!!」
ダンウォードの怒声。
重さと速さを伴う激烈な一撃が、10近い冒険者をまとめて吹き飛ばした!
「く、クソ! 魔法だ! 賢者とソーサラー! あの鎧の男に魔法攻撃を――!?」
その時、冒険者の一人が見た。
ゆらりと刀を構え、不穏な雰囲気をまとう男――イルフォンスの姿を。
「宝刀キーディーン……そうだな。お前の言う通りだ……共に行こう」
次の瞬間。
血の霧を纏いながら、イルフォンスは赤い稲妻のような速度で蛇行するように突き進む。
冒険者達の隊列から抜け、血霧と血糊を払うと――賢者とソーサラー達は一瞬遅れてバラバラに切り刻まれた。
「ひ……! た、隊列を整えろ! ナイトとランサーは盾を構えて敵が入り込む隙間を与えるな! 回復役の僧侶を守れ! い、一旦退くんだ!」
守りを厚くし、態勢を整え士気を回復。その後に攻撃に打って出る算段なのだろう。
……だがその判断は、この場で取れる最も愚かな策であった。
「――はい。ご苦労様」
マーリカが唱えた魔法により地面から無数の氷の槍が出現。
後退し、ひとかたまりになる冒険者達をまとめて串刺した……僧侶連中はなす術なく全滅。
「やっぱねえ。ゴミを片付けるには隅にまとめて掃くのが一番よねえ。あっはは!」
悲鳴。絶叫。断末魔の声がいたる所で上げられる。
血が飛沫き、肉が爆ぜ、次第に充満する血とはらわたの生臭さ。
100近い歴戦の冒険者達が、たった3人を相手にボロ雑巾のごとく殲滅されてゆく。
「ひいっ! は、はあっ……!」
一人逃げおおせた冒険者が、その光景にガタガタと体を震わせた。
「う、嘘だ……これは悪夢だ……こここんな、こんなことが……ああ!?」
冒険者の男が悲鳴を上げる。
シュルツさんだった。彼が冒険者の男の頭を握力だけで掴み上げ――
「――“峻雷”我が敵を貫き灰燼と成せ」
白閃。まばゆい光と轟音。
激烈な雷撃が冒険者の悲鳴ごと塗りつぶし、一瞬にして炭へと変えた。
シュルツさんは掴んでいた炭を握りつぶし、右腕の腕時計をちらりと見る。
「52秒。素晴らしい。100近い冒険者を1分掛からずに壊滅せしめるとは」
「当然だな。準備運動にすらならん……」
イルフォンスは刀を納め、不満げに吐き捨てる。
「むしろ時間掛かりすぎっしょ? あんな数だけのザコ相手に1分近くかけるなんてさ。あーあ、体なまっちゃってるのかなあ?」
マーリカは軽く伸びをしながらそう言った。
「い……あ……いやああっ!!」
チェックのスカートの女が絶叫した。
無理もない。頼みの綱だった冒険者連中が全員屍と化したのだから。




