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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
三章「奴隷少女の生まれ変わり」
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3章-(10)イルフォンス

 ――お前、いったいどこから――いや、まさか俺の後を追いかけてきたのか……?


「任務だ」


 そう言い、イルフォンスは刀にへばりついていた血を振り払った。

 こいつ、誰かを斬ってきたのか……?


「……ナイト“8”からナインズ各員へ。目的は達した。この街の魔術防壁は崩した。いつでも()()に移せる」


 イルフォンスは左手を耳に当てるような素振りをしながら、他のナインズへ報告をしていた。

 あのピアスを使っているのか。俺に聞こえないのは魔法が使えないこの牢屋に入っているからだろうか?


「ああ……転生者は生きている。ああ、手足もちゃんとついている。問題ない」


 話し終え、他のナインズからの報告を受けたイルフォンスが笑みを浮かべた。

 歪んだ笑みを。


「……5分後だな。了解した」


 通話を終え、イルフォンスが俺に向き直った。


「俺は、お前を認めない」


 ――別に認められたいと思ったこともないが?


「身の丈に合った謙虚(けんきょ)さは認めてやる。だが他の連中はそうは思わないらしい」


 す、とイルフォンスが刀を構える。

 すると、刀身から血のような赤い霧が吹き出した。


 これは――何か、やばい感じがする!

 俺はとっさに鉄格子から身を離す。


 その直後。


 刀身が見えぬほどの(はや)さで、鉄格子が一瞬で木っ端微塵に斬り散らされた。


「……牢から出ろ。転生者」


 不快感全開の顔で手招きをするイルフォンス。

 だが俺は動かない。奴に指図されることも嫌だったが、近づけば斬られそうなほどの殺気を奴が帯びていたからだ。


「来ないのか……?」


 ――それが助けに来たやつの顔か? 殺しに来たって面構えだぞ?


「その通りだ。俺は殺しに来た……残念ながらお前以外をな」


 ――どういうことだ?


「5分後、この街はこの大陸から消滅する」


 なに……!?

 唐突にそう告げられ、俺はつい驚きの声を上げてしまった。


「この街に張られていた魔術防壁。それを張っていた術士共は全て(ほうむ)った。今やこの街は丸裸同然だ。

 5分後ナイト“1”がこの街を焼き払う……その時、お前のお守りをしてやれと命令された。こっちに来い転生者。でなければお前も死ぬ」


 ――街一つ滅ぼすってのか……? あの女一人で? そんなこと本気で……?


「……伯爵の力を多少引き出せる、と言っていた。ならばそれほど不思議なことではないだろう。どのみち俺は命令を遂行するのみ」


 もうあの伯爵の力を使えるようになったってのか。さすがナインズのリーダーだな。


 だが……


「牢屋に残れば死ぬぞ。お前以外は全て消すと言っていた」


 ――地下のここも焼き払うってのか?


「ああ。そうなる」


 ――ここには魔人がいる。


 イルフォンスが牢屋を見回す。牢屋の人たちは息を呑んだ。


 ――あの城にいたような魔人達だ。この人たちも見殺しにしろってのか……?


「そうなるな」


 即答だった。


 こいつ……!

 怒りを覚える俺とは対照的に、イルフォンスは「下らん」とでも言いたげに鼻を鳴らした。


「城から出て、一体何を見てきた……? この程度の犠牲にいちいち動揺するな」


 ――この程度、だと……!?


「……所詮は“転生者”だな。おい、お前らはどうだ? 生きたいか?」


 イルフォンスが牢の人たちへ話しかけた。

 誰だって生きたいに決まっている。一斉にイルフォンスへ非難をするだろうと俺は思っていた。


 だが――


「……構わない」


 答えは、俺の予想と真逆だった。


「構わん。どのみち消される命だったのだ。今さら未練などない」

「むしろこの街の連中の手に掛からないだけマシだ! やってくれ!」

「この街の人間共が滅びる……夢のような話ね。それならいつ死んでもいい……!」


 牢の人々は、まるで神の祝福でも受けたかのように大喜びだ。

 ……自分たちの命が消されようとしているんだぞ? まるで生け贄のように……この街の連中とやっていることは変わらないはずなのに、なぜ……?


「……転生者ごときにはわからんだろう。俺達の“現実”が」


 イルフォンスは静かに、だがわずかに怒りをにじませる声色でそう言った。


「犠牲。生贄。俺達にとってそれは当たり前だ。何かを得るには何かを犠牲にする……それが当然。ガキの頃から当たり前だと教え込まれ、疑問を持たずに当たり前だと信じ続けてきた……だがそんな常識は覆された。お前達転生者に……!」


 ――転生者に……?


「お前達転生者の話には驚かされることばかりだ。だが何よりも衝撃だったのは……お前達が生贄を必要としない生活を送ってきたということだ……! 

 俺達にとっては夢のような話だ。転生者達の世界の話に誰もが憧れた……だが同時に、自分たちの状況がひどく惨めに思えたんだよ。今まで当たり前だと思ってきた犠牲が、転生者達の世界から見れば無駄な犠牲らしい……笑えるな。憎悪すら覚える……!」


 ――お前。


「逆恨みだと言うか? だがな、どれだけの論理を積み重ねようと、この胸に宿る感情を支配することはできない……犠牲は必要悪だと、仕方のないことだと諦めていた。その感情を打ち砕いたのはお前達転生者だ! 

 生贄を必要としない世界があるなら、弱者にばかり犠牲を強いるこの世界は間違っている! 俺達は! 俺達ナインズは! だからこの世界の破壊を目指す……!」


 悲痛な表情で語るイルフォンスに俺は絶句した。

 世界の破壊を目的とするナインズ。

 その組織ができたきっかけが……俺のような転生者……


 ……いや待て。だが、だが違う……!


「その顔。何か言いたげだな? 言ってみろ転生者」


 ――犠牲を認めないというなら、ここにいる人たちを犠牲にするお前達のやり口はなんだ!? 結局お前らも犠牲を強いてるんじゃねえのか!?


「言ったはずだぞ。俺達にとって犠牲は当たり前だと」


 ――どういう意味だ!?


「命を使う。己の目的のための礎として、未来のためにこの命を使う。

 己の子や孫、大切な者達が未来へ生きるため今の自分たちを犠牲にする。ナインズに属する魔人達はほとんどがそうだ。お前の背後の魔人達もそうだろう」


 命を使う。

 ラスティナが、瑞希が、口にした言葉。


「子供や孫、未来……すまないな。私達にいわせれば綺麗事だ」


 すみにいた男がそう答えた。隣にいる羽の生えた女性は恋人だとわかった。


「私たちには子供がいた。やっと授かった念願の子供。だが身ごもった妻は自由に動けず、この街の冒険者共に捕らえられた。情けない事にこの私も一緒に……

 生まれたのはこの牢の中だった。だが誰よりも喜んでいたのはこの施設の管理者共だった。言っていたよ。『この世で犠牲はやむを得ない。お前達にとって大切なこの子の犠牲がこの街全てを救う。これは等価交換だ』とな……

 ふざけるなよ……私たちの子供が、お前らの汚物と“等価”だと……? ふざけるな……! 

 今もあの子の悲鳴を、最後の姿を夢に見る。もう私たちに未来や希望は見えない。残った望みはただ一つ、この街の連中が惨めに死ぬことのみ……それが叶うならこの命を使ってくれて構わない……!」


 恨み。己の命すら惜しまぬほどの憎しみ。


「……これでも偽善を口にするか転生者? ちゃちな正義感や安い同情で俺達を語るな……転生者風情がわかったような面でな……」


 確かに俺は、彼らの事を何もわかっていなかったかもしれない。


 だが。

 だが……!


「……なんだと?」


 俺はイルフォンスに、もう一度言ってやった。


 ――そいつはスジが通らない。


「俺が言ったことを理解できていないようだな……スジがどうのという問題では――」


 ――スジが通らねえ。


「お前……?」


 ――お前らの実情はまだ全て理解したとは言えん。お前らの気持ちもわからない。だが、それでここの魔人が命を落とす理由が納得できん……!


「それはお前が甘っちょろい転生者だから――」


 ――違う。


「な……」


 ――復讐だろうが何だろうが、それで命を落とせば結局ここの街の連中の犠牲になるのと変わらねえ。それを変えたいんじゃなかったのか? お前ら……!


 周りの魔人は沈黙する。


「お前は……」


 ――言っとくがこれはちゃちな正義感や安い同情でもない。俺から見ればお前ら全員が欺瞞(ぎまん)をほざいてるようにしか見えないんだよ。そういうねじくれた悲観思想(ひかんしそう)(かたよ)った諦観思考(ていかんしこう)がムカついて仕方がねえだけだ……!


「怒り……」


 愕然と目を見開くイルフォンス。

 しかし次の瞬間、刀の切っ先を己の右側へと素早く向けた。


「何者だ……!?」


 闇の中で影が動く。

 紺色のセーラー服を着た俺と同年齢くらいの少女。


「助けたい?」


 少女は、俺に向かってそう問うた。

 見覚えがある。ラスティナを探していたあの日、暗闇の中で出会った転生者の少女だ。


術式残滓(じゅつしきざんし)すら感じない……上位術者。いや違う……お前、転生者だな……!」


 敵意を燃やすイルフォンス。だが彼女はイルフォンスに一瞥(いちべつ)もくれず、俺の方を真っ直ぐに見つめている。


「人を助けたい? 死の連鎖を止めたいと本気で願う?」


 ――どういうことだ?


「犠牲を止めたいと思う?」


 やぶから棒に。まともに答える気も無しか?

 だが、余計な犠牲はないに越したことはない。

 俺がそう伝えると、少女は懐から銀色のものを取り出した。


 小型の、カッターナイフ。


「動くな……!?」


 刀を構え直すイルフォンス。

 しかしその瞬間、奴が焦りの表情を浮かべた。


「ナイト“1”……! 待て!! 想定外のことが起きた! 応答を……! クソッ! 予定変更はナシか!!」


 イルフォンスが天井を仰ぎながら絶叫する。


 天井を超え、地上を超え、巨大な三日月を乗せる宵闇(よいやみ)の天空に――ラスティナが(たたず)んでいた。


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