1章-(2)駕籠からの脱走
「貴様……!」
「おっとと、それ以上近づいたら鎧ごと斬っちゃうよ? オジイちゃん?」
マーリカは手に持ったムチで、威嚇するように床を打った。
すると床のレンガがまるで刀剣で斬ったように綺麗に割れる。
……目を凝らすと、彼女のムチにウロコ状の小さい刃が生えているのが見えた。
なるほど、高速で打ち据えることでヤスリのように削り斬るのか。
鉄格子を斬ったのもあのムチか? だとすれば恐ろしい切れ味だ。
「ワシを斬るだと? 面白い! やってみせい小娘が!」
「うーわ、もしかしてゴリ押しで仕掛けるつもり? 肉を切らせて骨を、みたいな? 勘弁してよ。そういう汗臭いの好みじゃないんだよねー」
「ああ!? ふざけとるんか貴様!」
「ふざけてるのはアンタじゃないの? こっちには転生者サマもいるってわかってる?」
――は?
「ああん!? そこの小僧のことかあ!?」
「そ。チート能力? だったっけ? ってのを使いこなす転生者サマ。
眉ひとつ動かさずに島一つ消し飛ばせる――そんな戦略兵器級の力を個人で持つ破格の存在。アンタの目の前の男はそんな転生者サマなわけ。さっさと投降したら?」
――は? いや待てちょっと待て。
「そこの小僧がか? クハハ、面白い! では一つ、転生者サマの力をワシにも拝ませてもらおうか!」
がしゃん、がしゃん、とヒゲ甲冑が俺へとにじり寄る。
――お、おいマーリカ! どういうことだこれは!
「どういうもなにも、あなた転生者でしょ? なら、片手でも指先だけでもチョチョイと倒せるって。
ここに来た転生者ってみんなすっごく強いのよ? あなただってそうなんじゃない?」
……ムチャクチャだ。あんな甲冑着たレスラーまがいの男を俺が倒せるわけないだろ!?
「どうした!? 臆したわけではあるまい! 転生者の力、見せてみい!!」
「大丈夫よソウジ。転生者は肉体もあたし達の数倍強靱。なんの考えなしにぶつかるだけで、どんな大男も吹っ飛ばせるんだから!」
……くそ。だがこの狭い牢屋の通路ではこのヒゲ甲冑から逃げることも難しいだろう。
体格から、着ているものからみても相手はかなりの重量がある。
なら、相手を地面に倒すことができれば自らの重みで立ち上がれなくなるのでは?
……ここは一か八か、やってみるか……!
「かかってこい! 転生者あ!」
うおおおお!!
……と、雄叫びをあげるような気持ちで俺はヒゲ甲冑へ体ごとぶつかった!
クラウチング気味の体勢から、十分な助走をつけ渾身の体当たり!
だが――ぐっ!!
尻餅をついたのは俺のほうだった。
全力でぶつかったのに相手のヒゲ甲冑はびくともしない。代わりに反動で、俺が吹っ飛ばされた格好だ。
「ぬ……? なんだ、まさか今のが全力……か?」
拍子抜けしたようにヒゲ甲冑が呆然とのたまう。
「貴様、転生者だろう? これではそこらの小僧と変わらんぞ? 本気を見せい!」
……本気でぶつかってこのザマなんだがな。
てか、こっちは体当たりの余波で全身痛めてる状況だ。立ち上がろうにも腰をしたたか打って立ち上がれない。本気もクソもないんだよなあ……
「えっ……貴様、まさかもう降参なのか? ワシまだなにもしとらんぞ!?」
うろたえるヒゲ甲冑。降参した覚えはないが……これ以上抵抗したところで無駄な気もする。
「……期待外れにもほどがあるのう。まさか転生者がこの程度とは……」
ヒゲ甲冑はポリポリ頬をかき視線をあさっての方角へ向ける。
完全に油断している。チャンスか……?
(いいよ。またさっきみたいに体当たりして)
ぼそりと背後の声。マーリカだ。
なにか考えがあるのか?
なら、どの道打つ手なしのこの状況だ。そもそも彼女は鉄格子すら簡単に切り裂くほどの力の持ち主。彼女の考えに従うのが道理だ。
意を決し、ダメージから回復した俺は馬鹿の一つ覚えのようにヒゲ甲冑へ体当たりする!
「ぬ、なんだ貴様! 馬鹿の一つ覚えのように!!」
甲冑にぶつかり当たり前のように床へ倒れる。
……何やってんだ俺は。そう思った、その時。
「ぬっ!?」
驚愕の声を上げるヒゲ甲冑。
見れば、天井にある補強用の細い鉄柱にマーリカがムチを巻き付け、軽やかに頭上を跳躍する姿があった。
天井近くまで跳び上がると彼女は猫のようにくるりと反転。
「ほいっと」
そのまま天井を蹴りヒゲ甲冑へと急降下!
「ぐほあっ!!」
甲冑で覆われていない顔面に、稲妻のようなマーリカの蹴りが突き入られる。
一撃。少女の蹴りの一撃でヒゲ甲冑は鈍い音と共に沈んだ。
「陽動ありがとね、ソウジ。おかげで簡単に倒せたよ」
…………唖然とした。
まるでサーカスでも見ているような現実離れした動き……
「ん? このムチが気になる? すっごく便利なんだよ~このムチ。
高速で打ち据えれば鋼も断ち切るし、巻き付ければ刃が食い込んで外れなくなるの。斬るも縛るも自由自在? って感じ?」
唖然とする俺の姿に何かを勘違いしたのか、マーリカがうれしそうに武器のウンチクを語り出した。
異世界……か。物の考え方も違うみたいだ……
「さーて、オジイちゃんが起き出す前にさっさと出よっか……大丈夫? ソウジ?」
――ああ。いや大丈夫ってのはどういう事だ?
「ボンヤリしてるけど、まーだ夢とか妄想とか思ってるのかなーって」
――いや……そうか。大丈夫だ。
そう答えた時、一つの疑問が俺の頭をよぎった。
――これからどこへ行くんだ?
「ん? どこって、出口だけど? 『伯爵』に気づかれる前にさ、さっさとこのお城から出なきゃいけないよ?」
――ここは城の中なのか。で、城から出てどうする?
「どうする、って?」
――どうやったら帰れるんだ? 俺は……元の世界へ。
「さあ? あたしが知るわけないじゃん?」
あっけらかんと答えるマーリカ。
……お前。お前が「出たいか?」と言ったから俺はその言葉を……!
俺がそう言いかけた時マーリカは朗らかに答える。
「今は逃げることが先じゃん? ま、この世界にこれたなら、帰る方法もあるんじゃないの?
あなたの目的は『それ』を探すこと。今は目の前の事に集中。OK?」
――あ、ああ。
「うわ、生返事とか。全っ然理解してないんじゃないの? あたしの言った事?」
――今の現状……自分の立場は理解したさ。
「ほんとかなぁ……ま、いいけど」
ふう、とため息をつきながら先を進むマーリカ。
俺もその後を追い牢屋の先にある階段を下った。
薄暗い石造りの廊下。手のひらほどの小さい窓からは、砂糖をぶちまけたように異様な数の星々が瞬く。
……窓とほぼ平行の位置で星空が眺められる。ということは、ここは城のかなり上層ということだろう。
「さーて、ここからどこへ行けばいいんだろ? こっちかな?」
やけにのんきな調子でスタスタ歩くマーリカ。
おいちょっと待て。出るルートすら考慮せずに脱走したのか? そんな当てずっぽうで……!?
「誰だ? ……おいそこの二人、所属と名前を言え」
……俺が危惧した瞬間これだ。背後からの誰何。そして近づく二人分の足音。
衛兵か何かか? クソ、早速見つかってるじゃねえか……!




