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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
三章「奴隷少女の生まれ変わり」
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3章-(8)生贄の末路

 背後から若い女の声。

 紛れもない、ミューの声だった。


 ――どういう意味だ?


 俺が振り返ると、彼女は武装した10人近い男達と共に、俺の周りを囲んでいた。


 ――これは、何のマネだ?


「知らないの?」


 ミューは笑った。これまで一度も見せたことのない下卑た笑みを。


「転生者は高いお金で売れる」


 ……そういえばマーリカも言ってたな。転生者は極上の生け贄になると。

 なるほど……こいつら、俺を生け贄としてどこぞに売りさばこうってのか……

 俺はミューに問いただした――それがお前の本性か? と。


「最後にごちそうしてあげた。あれでチャラにして」


 ――面白えな。あのマズい飯一つで死ねってのか……最初っから俺を騙してたのか?


「うん。ソウジを売って、そのお金で人生をやり直す。それで生まれ変わるの。わたし」


 ――あそこの宿屋の親父も一枚噛んでたってわけだ。本当に笑えねえ。


「うん。あの宿屋の人も協力者。

 ソウジの食べ物に、()()()()()()()()()()()()()()()


 ぐらり。


 不意に、体のバランスが崩れる。

 まるで寝起きのように、体の感覚が麻痺していく感覚……

 睡眠薬……クソ! すでに一服盛られてたのか……!


 背中の斧を手に取り、構える……が、足腰に力が入らず、俺はそのまま地面に倒れた。

 さすまたのようなものを持った男達が、数人がかりで俺を押さえつける。


 痛みはない。何の感覚もない。

 だが――遠くでニヤニヤと笑う、あの元奴隷女の笑みだけは許せねえ……!

 胸から湧き出る怒りの感情。だが、意識はその感情すら道連れに、無意識の彼方へと消失した。






 石づくりの床の冷たく固い感触。


 目を開ける。頭痛とめまいにさいなまれながら、体を起こす。

 真っ先に視界に入ったのは――見慣れた鉄格子だった。

 ……最初にこの世界へ来た時と逆戻りか。


「大丈夫か?」


 話しかけたのは俺を取り囲むように座り込む檻の住人達。その一人の中年男性だった。

 彼を初めほとんどの人が布一枚も身にまとっていなかった。しかし引き締まった肉体と歴戦の勇士のようなたたずまいが、裸でも一種の風格を感じさせる。


 ――あなた達は?


「敬語は結構。ここ入った以上、立場や身分に意味はない……それより見ていたが、どうやらあの奴隷の少女に騙されてしまったようだな」


 俺は返答代わりに自嘲の笑みを浮かべた。

 正直まだ腹は煮えたぎっているが、彼らに怒っても仕方ないし騙されてブチギレかましてるのはダサいと思えた……が、頬のあたりがピクピク引きつってしまった。

 中年男性が苦笑を漏らす。結局ダサい所を見られちまったか。


「君のように奴隷に騙される転生者は多い。君達転生者は奴隷を一人の人間として平等に扱うからな」


 ――それが何か問題でも?


「大ありだよ。主人が奴隷達に厳しくするのは彼らから反抗する意思を削ぐためだ。愉悦(ゆえつ)のために非情な扱いをするのではない。統制のためだ。

奴隷に対して同じ人として接し、親切にしてみろ……彼らからすれば『なんて甘っちょろい奴だ』と軽んじられ、やがて彼らから逆襲されるだろう」


 ――なんだよ。それ……それは人間のやることなのか……?


「……根本から間違っているな」


 中年男性は、ため息を一つ吐いた。


()()()()()()()()()()()()()()。主人と奴隷の間にあるものは上下関係のみ。その中に恩義などの余計な感情は無意味。彼らへ向ける同情や哀れみは彼らからすれば弱みを見せたように感じるのだろう」


 ありえない……と思ったが、それがこの世界の現実なのだろう。

 建物や文化、経済状況だけでなく、人間の精神も中世並みなのだ、この世界は。

 さっさと元の世界に帰りたいもんだ。生け贄にされなければの話だが。


「……いやに落ち着いているな? こういう経験は以前にもあったのか?」


 珍しそうに尋ねる男性に、俺はため息交じりに「一応は」と答えた。


「そうか……いらぬ世話かもしれんが、君は安心していい。()()()()()、売られたとしても好待遇で迎えられるだろう」


 ――なぜ? 転生者は極上の生け贄になると聞いたが?


「情勢が変わったのさ。おそらく君を買うのは6大国の内のいずれかのエージェントだろう。比較的この街と近いジレド公国かミレンジア連合国、または交易で盛んな“極東の海の国”あたりだと思うが……どの国も今は戦力の拡大に注力していると聞く。

 生け贄にして使い捨てるよりも、味方へ引き入れ、自国の戦力に組み入れる……それが現在の大国のやり方だ」


 ――生け贄にされる代わりに鉄砲玉にされるってわけか。どちらも願い下げだな。


「……そうとも言えない。噂で聞いたが、転生者を懐柔するため国民が総出で転生者をもてなすらしい。

 なんでも、転生者の言葉一つに驚いて見せたり、その考えを無条件に受け入れ口々に感謝を述べ()めそやすそうだ。

 男性の転生者なら若い女性を、女性の転生者なら高貴な家柄の男性を“偶然を装って”あてがい、関係を深めることでなし崩しにその国へ縛り付けるらしい」


 ……ようするに“お芝居”か。どこぞの連中と同じく他の国でも俺みたいな奴に俺みたいな事をしでかしてるようだ……まあ、流石に靴舐めさせられるような事はされてないだろうがな。そこは羨ましい限りだ。


 だが、気になるのは、先ほど男性が言ったセリフだ。


『君は安心していい。()()()()()、売られたとしても……』


 これはどういう意味だろうか? 中年男性に問いただした。


「……我々はいずれ生け贄となる。魔人だからな」


 魔人……!


 そういえば、牢屋の隅にトカゲのような姿の人や、たくさんの羽毛が生えた人、大量の鉱物に覆われた人など、さまざまな異形の者達もいる。

 ここに来る前に見た、ハーピーの討伐依頼のことを思い出す。生け捕りで高い金額を提示していたのは――生け贄を確保するためだったのか……


「……あまり奥にいる者達を見ないでくれ。一応女性なんだ」


 左隣に座る若い男性がそう言った。


「こんな立場になっても羞恥心はある……人間だからな」


 ――あ……すまない。


 目線を奥から手間の男性らに反らす、が、反らした先も同じ男性とはいえ裸だ。いたたまれなくなり、結局俺は背後の鉄格子側へと視線を反らした。


「魔人を見て恐れるよりも恥じ入るのか……やはり面白いな、転生者は」


 先ほどの中年男性が笑う。いや、笑える状況じゃないだろここは。

 それよりも、なぜ彼らが生け贄にされるのかが問題だ。

 その点を尋ねようとしたとき――ざわ、と牢屋の人々が声を上げた。


 彼らの視線を辿ると……地下の湖の縁、飛び込み台のようにせり出した足場に、3人の人影。

 白いローブのようなものを羽織る男が二人。その後ろから……首輪でつながれた全裸の少女が、ずるずると力なく引きずられている。

 少女の顔をよく見る。顔はあざだらけで目は虚ろ。その頭部には……まるで猫のような耳が生えていた。


 あれは……まさか彼女も魔人……?


「生け贄だよ」


 背後の中年男性が、そう言った。


 ――なに?


「これから生け贄にされるのだろう……連中、その前に()()()()()()()()ようだな。人と呼ぶにもはばかられる畜生共め……」


 中年男性の声に、怒りの感情はなかった。

 ただ、底なしに暗い失望と無念が重く牢屋に響いた。

 白いローブの男が、足場の先端を指さし少女になにかを命令している。


 すると――先ほどまで力無く引きずられていた少女が、突如として立ち上がり急いで引き返そうとした。

 それをもう一人の男が制止する。首輪を引いて引き倒し、顔面を容赦なく踏みつけ、うずくまる少女の髪をひっつかんで強引に先端へと引きずった。


 もはや足腰も立たず、地面でもがきながら震える手でしきりに何かを訴える少女。

 白いローブの男達は一切耳を貸さず、事務的に淡々とした様子で何かを唱えている。

 すると、足場の先端の魔方陣が輝き、光の柱が現れる。


 神聖な輝きを発する白光の柱の中――少女は絶叫した。


「あ、あ、ああァアァア゛ア゛ア゛――ッッ!!」


 遠く離れるこちらにも、すさまじい悲鳴が響き渡る。

 輝く光の柱の中で、少女の手足がもぎ取れ、千切れ、バラバラに崩れていく。

 浴槽に溶かす入浴剤のように、崩れて溶ける。


 最後は肉塊一片も残さず、神聖な光の柱と共に綺麗に蒸発した。


 …………


 言葉が出なかった。

 生け贄。魔法の贄にされるとは、ああいうことなのだろう。

 悲鳴が耳にこびりついて離れない。可憐な少女の声が、車のブレーキ音の如く甲高く引き延ばされ、最後は吹き上がる喉の血でカラスのように濁る、あの声……


「……あれは浄水槽だ。この街の下水をためた後、ああやって洗浄している。あそこの水は生活用水として街の連中が使う」

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