3章-(6)奴隷少女との出会い
緩やかな坂道を下る一人の少女が、助けを求めながらこちらへ走り寄ってくる。
――お、おい――
混乱する俺をよそに、少女は素早く俺の後ろへ回り込み、坂道の上を怯えるように見ていた。
彼女の視線の先を辿ると――3人のガラの悪そうな男達が、ゆっくりとした足取りでこちらへやってくる。
「……よう、兄ちゃん。ちょっと人捜ししてんだけどよ?」
3人組の一人、剣を背負ったスキンヘッドの男が、そう言った。
――人捜し?
「人、っつーか、奴隷なんだけどよ。そこの商人から買った俺の奴隷。逃げちまったんだわ。知らねえか? 女の奴隷」
背後の少女を見る。顔は美人だが、ぼろぼろの衣服を纏い、顔にもいくつか汚れが見て取れる。
……奴隷なんてのもいるのか。いよいよもって腐ってるな。この世界。
だがここは俺のいた世界ではない。俺の世界の常識――人権意識を持ち込むのも間違っているのかもしれない。
ならばここは不干渉を貫くべきだ。俺はこの世界の人間ではないのだから……
「なあ、知らねえか兄ちゃん? 赤いショートの髪と緑色の目をして、ぼろい服を着た150くらいの身長で、あんたの1,2個下くらいの年の女なんだけどよ?」
スキンヘッドの男は、俺の背後の少女を見つめながら、彼女の特徴をそらんじる。
当てつけのつもりか? 俺がこの女を守ってるとでも思っているんだろうか?
「なあ? 兄ちゃん? 知ってんだろ!? なあ!?」
声を荒らげるスキンヘッドの男。
背中の少女は、俺の服の裾を握りしめたまま、ブルブルと震えている。
……きっと彼女を助けるのが正しいことなんだろう。
だけど、先ほどの酒場とは違い、怒りを感じることはなかった。
普通の人なら、残酷な境遇にいる彼女に同情し、男達に怒りを覚えるはずだ。
だが俺は違う……理由はおそらく彼女が他人だから。魔人の件ではレイザさんとの関わりから怒りを覚えたが、彼女は全くの他人。他人ならばどれだけ悲惨な境遇だろうと他人事だ。
……きっと普通の人なら違う。普通の人なら……
胸の奥に冷たい感触を覚えながら、奴隷を買った鬼畜のような3人組に言った。
――俺には関係ない。さっさと連れて行け――と。
背後の少女は、一瞬絶望に満ちた表情を浮かべた。
だが、彼女は諦めなかった。目をぎゅっとつぶり、必死に俺の服を握りしめ、離さない。
「……あーあ。兄ちゃん罪な男だねえ? 惚れちまったみてえだぞ? そいつ?」
――だから? 俺には関係ない。
「ははは。めっちゃカッコイイこと言うね……もしかしてビビってる?」
なんだこいつら。さっさと連れて行けばいいだろ。
……いちいち絡むんじゃねえよ……
「大丈夫だよ。俺ってば優しいからさ。服全部脱いで全裸で土下座してくれたら許してやるよ。ああ、有り金も全部よこせや? な?」
…………
「聞こえてんだろカスボケェ!!」
スキンヘッドの男が、壁に立て掛けられた木材を蹴り飛ばした。
ガラガラと派手な音を立てて転がる木材。
……俺はだんだんと、自分の内側がさらに冷えていくのを感じた。
「俺気ぃ長くねんだわ。な? 謝る気あんの? ないの?」
……不干渉だのなんだの。どうでもよくなってきた。
こんな連中に義理立ててなんになる? もういい。こいつらはもういい。
「口利けねえのかな? 面白えなあ! 久々にブチ切れそうなんだけど!?」
――いちいちうるせえ。かんしゃく起こした子供みてえによ……
「…………あ?」
――カルシウム足りないんだろ? ミルクでも飲めばいい。お前の大好きなママのミルクとかな。
スキンヘッドの男の顔色が、怒りによって一瞬白く染まる。
そして、背後の男に振り返り一言。
「殺すか?」
声を掛けられた背の低い男がうなずく。
「殺ろう」
スキンヘッドの男が、背中の剣を抜いた。
俺は即座に背後の少女を後ろへと突き飛ばす。
「ッシイ!」
男は俺の元へ素早く駆け寄り、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
俺は――冷静に剣の軌道を読み取り、素早く背中の斧を振り抜いた。
ガギン!
「……え?」
大きな金属音と共に吹き飛んだのは――スキンヘッドの男の剣だった。
……正面から斬りかかられた時は、振られる瞬間に一歩退き、相手の刃と己の斧との“接触点”を見極めるべし。
打ち合えば、重量の重い斧が打ち勝つのは必定。まずは相手の武器を狙うこと――ダンウォードとの特訓の成果がさっそく現れたな。全く嬉しくないが。
「っこいてんじゃねえぞガキぃ!!」
背の低い男が、大型のナイフを構えて突進。
だが遅い。回避は容易。
俺は突進をかわした後、反転し、斧の腹の部分で男の背を思い切り打ちすえた。
「げごっっ!!」
ヒキガエルのような声を上げ、背の低い男は先ほどの木材の中へと吹っ飛んでいった。
「調子乗るんじゃねえ……!」
三人目の細身の男が、フリントロック式のピストルを俺へと向けた。
ハンマーは起こされ、後は引き金を引くだけのようだ。
――それは洒落じゃすまないな。
俺の発言に、細身の男がホッとしたように笑う。
「ああ済まねえぞ! だがこれはテメエのまいた種だ! いまさら後悔しても――」
――撃てよ。
「あ、あ……?」
――引き金、引いてみろ。そいつは洒落じゃない。撃てば洒落じゃ済まさん……
「ひ……」
脅しを込めた警告だ。
一方で、俺は懐の時計を服の上から触れ、いつでも魔法を使えるよう体勢をとっている。
引き金を引いた瞬間、奴の銃の時間を止める。
その後は――
唐突に、脳裏にイメージが弾けた。奴が斧によって惨殺される光景がおよそ30通り。
最適な攻撃方法――そうか。これは魔剣である斧の意思。
効率的に敵を殺すアタックプランを教えてくれているのか……悪くない。
「うう……」
銃を握ったまま、脂汗をにじませる細身の男。
どうした?
早く引け。引き金を引け。撃て。
その瞬間テメエを即座にブチ殺して――
(おい! もうよせ! やめろ!!)
(やっぱあのガキ転生者だ! 俺達の手に負えねえ 退くぞ!!)
スキンヘッドと背の低い男に促され、細身の男は慌てて銃を懐にしまった。
「く、クソ……!」
3人組は慌てて元来た道を引き返していった。
…………
俺はさっき、何を考えていた?
銃を取り出したのを見た時、とっさに魔法で対処しようとした。そこまではいい。
だが、途中で俺は奴が引き金を引く瞬間を心待ちにしていた。
撃った瞬間、奴を殺す大義名分が立つから。
……殺したかったから……
これが魔剣か。ダンウォードからも聞いていた。魔剣はあらゆる感情を増大させる。歓喜、憤怒、悲哀、快楽……だがそれらの感情が行き着く先は一つしかない。
魔剣が増幅させた感情はどれでも最終的には――殺意に繋がるのだ。
昂ぶる感情を鎮めるべく、大きく深呼吸した。この斧を握る時は、感情に飲まれないようにしなければならない。冷たく、静かに、鉄のように……
「お兄さん……ありがとう……!」
奴隷の少女がいつの間にかそばにちょこんと立ち、オーバーなほど深いお辞儀をペコリとした。
――俺が一方的に絡まれただけだ。お前のためじゃない。
「それでもお礼がしたいから……」
俺は肩を落とし、さっさとその場から離れようとした。
……すると、あの奴隷の少女が俺の後をついて回る。
――なんのつもりだ?
「あの……わたしも、連れてって……?」




