3章-(5)冒険者ギルド
俺が店内を進むと――周囲の人間がカードを切る手を止め、ジロジロと俺へ無遠慮な視線を向けてくる。
「……なんだあいつ?」
「ずいぶんデケえ斧持ってるな。本当に扱えんのか? あれ?」
「あの妙な服装……まさか転生者、ってことは……?」
あー……やっぱここでも目立ってるな、俺。
陽気な賑わいは、しだいに不穏なざわめきへと変化しつつあった。
その時。
「すみません! ご新規の方でしょうか!?」
店の奥から、チェックのスカート姿の若い女性が人垣をかき分けながら現れた。
――まあそんなところなのですが。仕事を紹介して欲しくて――
「なるほど! どのようなお仕事を?」
――今文無しなので、今すぐお金になる仕事を。
人混みの中の数人が小さな笑い声を上げた。だが金がないのは事実。気にしちゃいられない。
「なるほど! ではこちらへどうぞ! 各種手続きの後にご紹介いたします!」
女性の後へ続くと、酔客の好奇の視線が俺の背後を追ってくる……うっとうしいな。仕事が得られたら、さっさと出よう。
「では、こちらに署名を」
女性は、なにやら分厚い板を一枚俺に手渡した。
――あの……
「あ、印盤はあちらの暖炉の上にありますから、ご自由にどうぞ!」
暖炉のほうに近づく……暖炉の上の方に、木の取っ手が付いた焼きごてのようなものがくべられていた。
一つ手に取ってみる。赤熱はしていないものの、かなりの熱を持っているようだ。
焼きごての一つひとつは、こちらの文字に対応している。つまり――この板は、この焼きごてを押して文字を書くもののようだ。すげえ原始的なタイプライターだな。
焼きごての端には、小さいカギのようなものもついている。
このカギに引っかけて先に文章を組み立て、まとめて板に押す感じか……文字を書くのにいちいちこんな板を消費していたらすぐ資源が尽きてしまうんじゃ……
「削板器はこちらです。押し間違えた時はこれで削ってください」
女性からカンナのようなものを手渡された。
なるほど、消しゴム代わりにカンナで削って字を消すのか……合理的なのか、原始的なのかよくわからないな。
「記し方はわかりますか? 念のため、こちらに署名の例文をご用意していますが……」
本当に至れり尽くせりな対応をしてくれる。ありがたいな。
だが……署名をする前に、一つ確認しなければ。
――あの。
「なんでしょう?」
――仕事というのは、どういった内容なんでしょうか?
「そうですね……特に経験がなく、すぐにお金になる仕事といえばやはり、“モンスターの討伐”がほとんどですね」
ああ。やっぱりか。
「よろしければお客様の討伐実績についてお伺いしたいです! それほどのご立派な斧をお持ちですから、さぞや腕には自信があるのでは?」
――これはマキ割りをするための道具です。
「……え?」
――マキ割りには自信があります。暖炉のマキ割りとか・・・・・・それがダメなら皿洗い、調理やホールでの接客の手伝いとか、そういう仕事はないですか?
「あ……アハハ! まさかご冗談を!!」
真剣に話したのにジョーク扱いされてしまった。くそう、斧が無駄にいかついせいで……!
「まあ、そういったお仕事は今すぐご紹介するのは難しいです。ウチを含めて経営は苦しいですし……失礼ながらお客様のような旅の方だと、接客業の場合、印象を気にされる人も多いですし……」
よそ者は受け入れない。ここでもそういう話らしい。
「で! お話は変わりますが、討伐依頼は山のようにありますよ! わたしのオススメはこちら! ハーピー10匹の討伐です!」
ずい、と女性が木板を俺に手渡した。
その板には、簡易的な絵と文字が焼印されていた。
翼の生えた人間の絵。
その瞬間、ゾッと背が冷えた。
これは……まさか……レイザさんと同じ、魔人……?
さらにその下には、“討伐で1匹10,000ガロ・捕獲で30,000ガロ”と書かれていた。ガロとはこの世界での通貨の単位だろう。
……やはり討伐対象のモンスターとは、レイザさん達のような魔人のようだ……
「どうですか? すこし難易度の高い依頼でしょうか? ハーピーは素早い速度で空を飛びさらに知能も高い“モンスター”です。斧では少し相性が悪いですかね……?」
――魔人は、モンスターですか?
「え……?」
――彼らは話も通じる、同じ人間ではないんですか……?
「ええと……一体何をおっしゃられるんです? 魔人とは人間に化け、人を騙すこともできる知能の高い“魔獣”のことではないですか? 魔獣と同じ人に危害を加える化け物ですよ?」
――あんた……
わずかに胸に点る、怒りの火。
そんな俺の気配を読み取ったのか、女性が慌てて付け加える。
「た、確かに魔人と人が友好を結んだ事例もありますし、コミュニケーションが通じる相手ですから、転生者の方ですと心苦しいと感じるかもしれません!
ですが、彼らを討伐するのは理由があるんです。街が発展するに従い、問題となるのが食料や燃料、鉱石といった資源。より多くの資源を得るには、山の奥地や洞窟の奥、潮の流れの激しい遠洋といった場所まで出向かなければいけません。
しかし、そういった人のいない場所は、彼ら魔人のテリトリーになっていることが多いのです。資源を得るため、街にいる家族の飢えや貧困を防ぐため、わたしたちは魔人の討伐をしなければいけない……必要悪なんです。これは」
――それは、あんたらの理屈だろ?
女性がぎくりと身をこわばらせた。
――どこが必要悪なんだ? あんたらが際限なく人口を増やしたツケを魔人に支払わせているだけだろ? しかも資源を共有するのではなく、魔人を殺戮して一方的に資源を奪うような最悪なやり方で……
「あなた……一体なんなんですか?」
目を大きく見開く女性の顔。
その顔は――明らかに恐怖の表情であった。
「あなた、どこの国から来た人間なんですか? ありえない……転生者ですらそんな事いわないのに……まさか、魔人が化けて……!?」
今にも悲鳴を上げそうだったので、俺は「冗談だ」とだけ言い残し、そそくさとその店を後にした。
何人かが異変に気づき、剣やら弓矢やらを持って追いかけてきた。
俺は夕日の当たる表通りから暗い路地へ素早く移動する。
何度も路地を曲がっていくと、いつの間にか追ってくる連中もいなくなっていた。
……危ない所だった。もう少しで魔人と勘違いされて斬られていたな。
しかし想像以上だ。この世界の差別意識は。
城のパーティーで会ったオクトゥも言っていた。『魔獣と同じ扱いをして斬りかかるな』と。
レイザさんも言ってた。大国のやり方や魔人達の立場を変えるため、世界を破壊することを至上とするナインズの一員になったのだと。
……どうやら、俺の想像以上に深刻な問題のようだ。
『だがまあいい機会だ。知っておくといい。私の、我々の見ている世界をな』
ラスティナの言葉が蘇る。
これが、彼らの見ている残酷な世界なのか……
ため息を吐き、暗い路地から陽の当たる通りへと出た。
すると。
「助けて! 助けてっ!!」




