3章-(4)黄昏に一人
俺の叫びも虚しく、レイザさんは意地を貫き通し、なんとか3時間の道のりを飛び続けてくれた。
最後の方はヘロヘロとした航路となり、いつ墜落してもおかしくない状態だ。
大陸の岸にたどりついた時、高度が下がったタイミングで、思い切って地面へと飛び降りた。
……とはいえ3、4メートル近い高さがあったから、降りたときは足が痺れて動けなくなったがな。もちろん尻も激烈痛い。
遠くを見ると、同じように地面に倒れ、疲労困憊で動けなくなっているレイザさんがいた。
大丈夫ですか? と、動けるようになった時に彼女へ訊いた。
「こ、この程度、どうとういことはない……や、休めばすぐに……」
未だゼイゼイと息の荒いレイザさん。
彼女が回復するまで、しばらく待つことにした。
「ふう……醜態を見せたな。ソウジ」
休んで元気になったレイザさんは、いつも通りの直立姿勢でキリリとそう言う。
全くもって醜態の一言だったが、そこは言わないでおいてあげた。
「向こうのほうに街が見えるだろう? 今日のところはあの街で一泊するといい」
――レイザさんは一緒に来ないんですか?
「いや、私はもう少し休んだ後、城へ戻るさ――心配そうな顔だな? 大丈夫だ。私一人が戻るだけの体力は残っている」
――本当に大丈夫ですか?
「問題ないさ。それに――」
レイザさんは、自分の翼を広げて見せる。
「私のような人間は、ああいった街では馴染みにくくてな」
そういえば、以前のパーティーで彼女から聞いた。彼女のような魔人は人との待遇に差がある、というようなことを。
やはり姿が違うから、差別のような扱いも受けているのだろうか……?
目の前の本人に訊くのは少し気が引けたので、俺は何も聞かずここまで運んでくれたことの礼だけを言った。
「――ソウジ!」
街へと歩き出そうとする俺を、レイザさんの声が引き留めた。
――どうしました?
「ああ……いや、なんでもない……気をつけてな」
微妙な歯切れの悪さが気になったが、俺は軽く手を振って彼女と別れた。
(……ナインズの方々も、酷なことをする……)
何か、レイザさんが呟いた気がしたので振り返ったが、彼女は口の端を緩める薄い笑顔を浮かべるだけだった。
1時間ほど歩き続け、陽が傾いてきた頃、ようやく街の門までたどり着いた。
「失礼。旅の御仁、お手を拝借」
体格のいい門番らしき人にいきなり手をつかまれる。な、なんだ? いきなり逮捕とかするつもりじゃないだろうな?
俺が身構えていると――門番らしき人は一本の針を取り出し、それを俺の薬指に刺す!
――痛っ……
「まこと申し訳ない……うむ。血は赤。まぎれもなき人間である」
門番は緑色をした謎の液体に針を浸し、煙のように一筋沈む俺の血を見て、満足げにそう言った。
まぎれもない、人間……?
もしかしてこの人、俺を魔人かどうか試したのか……?
「驚かせたが、“改め”はこれで終わりだ……港町シパイドへようこそ」
門番が合図すると、両脇に控えていた二人組がロープを引く。すると、太い丸太を組み合わせた巨大な門が徐々に開いた。
こういうあからさまな差別をするような奴は正直不快だし、そういう奴が平然とのさばっているであろう街には入りたくなかったが……装備ナシで野宿するよりはマシだ。
俺は不愉快な感情をなるべく顔に出さないように気をつけ、門の中に入った。
視界に入る。なだらかに下る傾斜に沿って、賑わいの見せる街並み。
薄黄に色づく陽光に、茶色のレンガ屋根の家がいくつも軒を連ねる。
家と家の間にはヒモで結ばれ、そこに掛かる洗濯物はカーテンの様に風に揺れる。
井戸の周りで談笑する5人の婦人。そのそばを駆けていく子供達。
……改めて、ここが異世界であることを実感する。
欧州の田舎でも、未だこんな暮らしをしている所はほとんどないだろう。
陽が落ち始めているからか、市場とおぼしき通りではランタンを軒につるし始めている。テーブルを外に出しているのは酒場のようだ。
反対側に目を向けると、遠くに大きな帆掛け船の帆が見えた。港町らしいし、どうやらあそこに港があるようだ。
……現在の状況を簡単に言えば、俺は今完全に文無しだ。
ラスティナ達は硬貨の一枚も俺によこさなかった……せめて宿代くらいは融通して欲しかったが……今さら悔やんでも仕方ない。
どの世界でも共通の真理。それは、金を得るには働くしかないということ。
はるばる異世界に来てやることがバイトとか悲しい話だが、背に腹は代えられない。
こちらの世界のことをよく知らない俺でもできそうな仕事は、やはり肉体労働系だろう。
であれば、あちらの港側へ行くのがベストかもしれない。
俺はわずかに見える帆を頼りに、港へと足を向けた。
「――え? なに?」
港へ着くと、さっそく荷下ろしをしている若いガテン系の男を見つけた。俺はすぐさま彼に「手伝わせてくれませんか?」と話しかけた。
「働きたい……ってこと?」
俺はうなずき、さらに「お金が足りず宿にも泊まれない」という話も付け加える。
「んー、事情はわかる、けどねえ……」
男は俺をてっぺんからつま先まで、ジロジロと眺め回す。
そして肩を落とし、首を横に振った。
「……悪いね。正直人手は欲しいけど、運んでる荷物はどれも貴重品でね。よく知らない奴をいきなり雇うわけにもいかんのよ」
――他に、仕事を紹介してくれそうな人に心当たりは……?
「どこも難しいと思うよ。いきなり雇うのは……よそ者だからね」
よそ者、か。
レトロな街に住む彼ら異世界人は、やはり考え方も時代に沿った閉鎖的なもののようだ。
まあ、西洋人的な顔立ちの彼らからすれば、思いっきり東洋顔の俺は目立つのだろう。男はさっきから不審な人物を見るような目つきで俺を見ている。
……まいったな。どうやって金を調達するべきか……とりあえず、ここでは仕事にありつくのは難しそうだ。
俺は男に礼を言って、賑わいを見せる市場の方を目指した。
すると。
「おおい!」
先ほどの男が走って俺を追ってきた。
「仕事が欲しいなら、酒場のほうに行くといいよ。あそこはよそ者にも仕事を斡旋してくれるから」
わざわざ走って来てくれたことに感謝し、礼を言おうとした。だが男はまるで1秒でも関わりたくないといわんばかりに、さっさと踵を返して去ってしまった。
まあ……善意で教えてくれたのは確かだ。モヤモヤするが、気にせず酒場を目指すか。
しかし、酒場で仕事を斡旋? よくわからないシステムだな。
そういえば、ソシャゲとかやってると酒場でクエストを依頼したりもできたな。酒場兼冒険者ギルドみたいな、そんな感じなんだろうか?
……冒険者ギルドって、ようは傭兵のことだよな? モンスターと戦って、それで金を得るような。
金のためにそんなリスクの高い仕事をするのは避けたい。皿洗いとか、そういう地道なバイトがあればいいんだが……
頬をかきながらそんな事を考えていると――1軒の酒場が見えた。
レンガ屋根に白い西洋漆喰の外観だが、ドアはなぜが西部劇に出てくるようなスイングドアであった。
ヨーロッパなのかアメリカなのかハッキリして欲しい所だな。まあ一応入るが。
中に入ると、室内はたくさんの客で賑わっている様子だった。
店の調度はほとんどが木材であり、燭台の明かりによってオレンジ色に輝いている。
そしてテーブルには酒の瓶と食事の皿と……カード?
よく見ると、客の手元に貨幣またはチップらしきものが積まれている。酒場兼賭博場なのか? ここは?




