3章-(3)違う世界と人と
あの女から渡された紅いピアスからの声だ。ラスティナと直接通話できる機器のようなものだ。
――早くも尻が痛い
『ははは。なにたったの3時間だ。慣れるには十分な時間だろう?』
――さっそく通話してくるなんてな。暇なのか?
『そうでもないさ。見送りに出られなかったのだから、せめて声だけでもと思ってな。部下へのねぎらいも上司の仕事のうちだ』
――ねぎらいなら金や物資のほうがありがたい。
『わかっていないな。そんなものを持たせれば、お前を運ぶレイザの負担が増えるだろうに。お前と斧をわざわざ運んでいるレイザへの感謝の心を忘れずにな』
ちらりとレイザさんを仰ぎ見る。
特に表情に変化は見られないが――実はかなり負担になってるんだろうか? ……確かに、レイザさんへの思いやりは足りなかったかもしれない。
『……なんだ? まさか本気で悪いと思ってしまったのか? 真面目なやつだ』
――うるさい。
悪態をついた後、ふと、ラスティナへ尋ねた。
――あのオグンの墓を建てたと聞いた。
『ああ……見たのか』
――あんたといい、オグンといい……なんでそんな簡単に命を捨てられるんだよ。
『まさか殺した事に責任を感じているのか? それはオグンへの冒涜だな』
――どういう意味だ!?
『オグンはただ命を捨てたのではない。己の納得いく形で己の命を使ったのさ』
……命を使う。
瑞希も口にしていた。己の生きた証とするため……と。
だけど、そんな簡単に……割り切れるものなのか……?
『理解できないか? 無理もない。生きている世界が違うからな』
――確かに俺は別の世界から来た部外者だが――
『違う。世界軸の話ではない。人としての話だ。
己の命を賭けねば成せぬ。そんな状況の中での意思決定だ……同じ世界にいても、私とお前の見ている世界は異なっているのさ』
――わかった風なことを。
『事実だろう?』
――よく、わからない……
しばしの無言。
紅いピアスから、再びラスティナの声。
『……最後に、旅立つお前に言葉を送ろう』
――なんだよ。改まって。
『どこへ行こうと、お前の帰る場所はここだ。それを忘れるな』
――感動するべき言葉、なんだろうな。本当なら。
『なんだ? 感動してはくれんのか?』
――あいにくとな。呪いの言葉としか思えん。
『言ってくれる……だがまあいい機会だ。知っておくといい』
――何を?
『私の、我々の見ている世界をな』
そう言い残し、ラスティナからの通話は切れた。
……なんだよ、今の。
やけに、重い響きのある言葉だった。
命を賭けて何かを成そうとする、彼らの見ている世界、か。
ふと、前方斜め上を見ると。
なぜかニヤニヤしている、レイザさんと目が合った。
――あの、何か……?
「今の会話はラスティナ殿とか?」
――そうですけど?
「その紅いピアスは初めてみるが、それはラスティナ殿に直接通じるものだな?」
――そうですけど……?
俺がそう答えると、レイザさんは「ほほぅ」とさらにニヤつく。
あれ……まさかこの人、最悪の勘違いしていないか……?
「あいにく風のせいで声が聞き取れないな……どんな話をしているかはわからないが、邪魔はしないので好きなだけ語らうといい」
ああ……
やはりこの人、ラスティナと俺がデキてると本気で勘違いしている……!
――あの! レイザさんが思っているような話じゃないですよ!?
「あー、聞こえないなあ……だがまあ、私は幸いにも口が堅い。その辺は安心するといいかもしれないなあ……」
うわ。だめだ。全然聞く耳持たねえ。
……まあ、勘違いされるのも無理ないかもしれない。俺も今日あいつに紅いピアスを渡され、困惑したのだから。
あれは部屋から出て、中庭に向かう途中のことだった。
『こちらへ来い、ソウジ』
唐突に現れ、あいかわらずの高圧的な態度で接してくるラスティナ。
俺は嫌々ながら、しぶしぶあいつの言葉に従った。
『これをやろう。耳につけておけ』
渡されたのは、紅く艶のあるリング状のピアス。
マーリカに付けられたのと、ほぼ色違いのようだった。
『それは私へ直接通話ができる代物だ。ナインズを介さず、私と会話を楽しむことができるぞ』
――いや、わざわざあんたへダイレクトコールする気はないんだが。てか、連絡ならこの白いやつで十分じゃないか?
『時には人に聞かれたくない秘め事を打ち明けたくなるものさ』
――んなもん聞きたくねえよ。
『わからん奴だな。なぜ私がお前にこれを託すと思う?』
――なぜ、って……ナインズを介さずに直接話し合う……ってことはあんた、まさかナインズに……?
『……ナインズを監視し、密告を依頼する……普通はそう考えるだろうが、残念ながら違う』
――じゃあ……?
『ナインズにはそれぞれ役割がある。組織の物資や人員の管理・統括を担うシュルツや、戦闘を担う“朔夜隊”の総指揮を執るダンウォード、ナインズの行動指針から軍事面までの参謀を担うケインのようにな……ナイト“9”のお前は補佐だ。他のナインズのアシストから戦闘時の介入に至るまで、広範に動いてもらう必要がある』
――それで……?
『だが、お前には新たに役職を与える――この私専属の騎士となれ。ソウジ』
――な、何を――!?
『組織だとな、緊急の事態になれば、指示やら連絡やらの食い違いで対応が遅れてしまうことがよくある。だから、私の指示をすぐに受け取り素早く動ける、小回りの効く駒が欲しいのさ』
――それが俺か。駒呼ばわりかよ。
『そう言うな。守るべき者のないさまよえる騎士ナインズ達の中で、お前は私を主とする唯一の騎士となれるわけだ。名誉なことだろう?』
――まるで嬉しくねえな。
『忌憚なく物が言える間柄で嬉しいよナイト君……いずれお前には直々に作戦を伝える。その時は他のナインズには伝えず、何よりも最優先で私の指示に従え。いいな?』
……そう言って、あの女は有無を言わさずピアスを渡し、自分勝手に去って行った。
レイザさんが想像しているような甘いやりとりなど微塵もない。ラスティナが勝手に俺を自分の駒扱いし、その証として渡してきた迷惑極まるピアスなのだ。
だというのに。
「うむ。確かにラスティナ殿は同じ女性である私から見ても、ため息が出るほどお美しい。惚れてしまうのも無理はないな!」
レイザさんは空を飛びながら、なにやら一人で納得したり盛り上がったりしている。頼むから俺の話も少しは聞いて欲しい。
「む……!? だが待て、君はあのメイドのユウムともなにやら仲が良さそうじゃないか! まさか、君は二股を……!?」
――あのー? もしもーし?
「いや待て! マーリカ殿も君に気があるような素振りを見せていたぞ! さ、三股だと!? この世界に来て早々に三股!? き、君の世界では一夫多妻は普通なのか!? だがこちらの世界でそういった考えは少数派だ! そのようなハーレム展開はだな――」
――ストップストップ!! 海面近くまで高度が下がってるって!!
「ぬおお! 私としたことがっ!!」
レイザさんはすんでの所で必死に羽ばたき、なんとか元の高度へ戻った。
「ふう……だが三股はいかんぞ、ソウジ」
まだ言ってる。
俺は誤解を解くべく、ラスティナから命じられた雑用をこなすため、このピアスを一時的にもらい受けた、と説明した。
……騎士うんぬんの話は、みだりに言いふらしてはいけない気がした。
他のナインズにも秘密にしている、という話がなぜか引っかかったからだ。
「む……そうなのか……」
まだ納得していない部分もあるようだが、とりあえずレイザさんの誤解は解けたようだ。
俺がほっと胸をなで下ろすと――
「……で、結局誰が君の好みの女性なのだ?」
誤解は解けたが恋バナが終わらねえ!!
とりあえず、「特に好みの人とかいないっす」とおざなりに答えておいた。
「馬鹿な! ラスティナ殿にマーリカ殿、ユウムにオクトゥと、やたら女子に囲まれていたというのに誰一人眼中にナッシング!?」
それ言ったらあなたも女性じゃないですか、と言おうと思ったが、ヤブ蛇になりそうなので黙っておいた。
「むう……これが噂に聞く草食系とかいうやつか……いや待てよ、もしかしてソウジ、君は元の世界に好きな人が――」
――そんなに好きなんですか? 恋バナ?
「え!? いや、そうだな……元々傭兵稼業をしていたせいで、そういった浮ついた話が皆無でな。そういう話は新鮮だし……正直憧れる」
へえ……
――レイザさんが好きな男性は?
「なっ!? なにをッ!?」
何気ない質問だったのに、レイザさんは激しく動揺していた。
「い、いや、そういう事は考えたこともないというか……! わ、私のことは関係ないだろう今はっ!!」
レイザさんは赤面し、翼をわたわた動かしてわかりやすく慌てる。
翼の動きが不規則になれば、当然高度は下がるわけで……
――ストップ! レイザさんストップ!!
「ぬおおまた高度が下がったかああ!!」
翼を猛烈に羽ばたかせ、一気に上昇。
元の高度まで上がると、レイザさんはゼイゼイと息を切らしていた。
――まだ一時間も経ってないんですけど、大丈夫ですか?
「ぐ……! あ、ああ大丈夫だ! 問題なく君を送り届けよう! 武士に二言はないからな!」
傭兵なのか武士なのかどっちかにして欲しい。
「……ちなみに、飛び立ってからどれくらい時間が経っただろうか? 教えてくれないか?」
俺は懐中時計を取り出し、時刻を見る。
――だいたい15分くらいですね。
「じゅ……!?」
――残り2時間45分くらいですが……大丈夫ですか?
「フッ……」
――レイザさん?
「命賭けだな……!!」
――引き返してくれえええ!!




