3章-(2)見送る墓標
レイザさんだ。今度は初めて会った時のように、両腕に翼を生やしている。
「いや。時間通りじゃ。わざわざ呼び出してすまんの」
「いいえ。ダンウォード殿を初め、ナインズの皆様の要望には喜んで馳せ参じる。私以外の皆も同様の気概を持ち合わせておりますゆえ、そのようなお言葉は不要」
レイザさんは直立姿勢でキリリと答え、すぐに俺へと向き直った。
「では行こうか。乗るといい、ソウジ」
……乗るって……え? レイザさんに?
背中にでも乗れってのか……?
俺の疑問を察したように、レイザさんは足でチョイチョイと指し示す。
彼女の足下に転がる、3つの棒とロープで構成されたブランコ状の足場。
そしてロープの先端は彼女の胴体にくくりつけられている。
まさか……空を飛ぶレイザさんにぶら下がり、本当にブランコみたいに乗れっていうのか……?
「む? 耐久性に不安があるのか? 安心するがいい。このロープはザンツ製の特注品だ。砲台でもぶら下げられるほどの耐久性があるからな。途中で切れることなどありえんよ」
フフン、と得意げに胸をはるレイザさん。いや、耐久性の話ではなく……足下がブラついた状態で空を飛ぶのが嫌なんだが……
「空中ブランコ状態なんて大丈夫? 背中に乗せたほうがよかったんじゃないの~?」
「いえ、この状態で運ぶほうが安定するのです。背中に乗せると空気抵抗を受けるので」
「色気ないなあ。背中に乗せて密着したほうが楽しいじゃん? ちょうど胸のあたりが掴みやすそうだしさあ?」
「…………」
レイザさんは無言でマーリカを睨む。見てるこっちの背が冷えるほどの強烈な視線だ。
「ね? この人ちょっとジョークが通じないところあるから注意してね? セクハラかましたら海にたたき落とされるかも」
――お前じゃあるまいし誰がやるか。
「……もし落ちてもすぐに拾い上げる。安心して乗ってくれ」
はあ……また高所か。
だけど、この空中ブランコ以外外へ出る方法はないようだし、従うしかないのか……
「顔青いけどまだ高いとこ苦手なんだ? でもまあそろそろ慣れるんじゃん?」
――そうだなマーリカ。早く慣れるといいな。チクショウ。
「座ったか? ロープはしっかり掴んだな? では行くが……大丈夫か? 大丈夫だな?」
不安げに何度も確認してくるレイザさん。心配性な性格はわかるが……逆に不安になってくるからやめて欲しい。
「おいおい座って大丈夫かソウジ? これから3時間ぶっ続けのフライトを楽しむことになるんだが大丈夫なのか? お前の尻は」
3じ……マジ? と俺は思わずネロシスに聞き返した。
「俺はいつだってアレな方向に大マジだぜ? まあ、その簡素を通り越して無骨なイスでケツを鍛えるのもいい思い出になるかもな? いや待て……お前は転生者だ。ケツを鍛えればその分お前のケツは鋼鉄をしのぐ硬度を得られるかもしれねえぞ……!」
――1つ聞きたい。鋼鉄のケツを得て、俺に何が得られる?
「恥じゃな」
「もちろん素敵な思い出さ!」
「リバであたしがスパンキングすることも可?」
――なるほど。この組織、深刻なツッコミ役不足が問題だろうな。
「へ~……突っ込まれるのも好きなんだ? ソウジは……」
マーリカのキモい発言はキモいので無視し、俺はレイザさんにOKサインを出す。
「……3時間の旅となるが、君はその体勢で問題ないか?」
立ち漕ぎ状態で空を飛ぶ勇気はない。俺はこくりとうなずいた。
「そうか……それほどまでに欲しいのだな……鋼鉄のケツが」
――ちょっと。
「あ、す、すまん! ちょっと私も乗っかってみたくなって……!」
わたわたと顔を赤くして取り乱すレイザさん。
いや、別に非難したわけじゃないから! 頼むから冷静な状態で飛んでくれ!!
「……お前ら、行くのか行かんのかはっきりしたらどうじゃ?」
至極まっとうなダンウォードの指摘。レイザさんはギクリとし、冷静さを取り戻すため咳払いを一つ。
「も、申し訳ありません! では、これより任務に発ちます!」
レイザさんが大きく翼を広げると――グオン! と一気に上昇!
容赦なく浴びせられるGと風圧。ロープに必死にしがみついていると――足下で地面が恐ろしい勢いで小さくなっていくのを見た。
も、もう降ろして欲しいかも……と訴える間もなく、あっという間に俺がいた巨大な城がスイカくらいのサイズになるほどの高所についた。
ごうごうと激しく耳を打つ風。レイザさんが力強い羽ばたきを2、3度すると、気流に乗ったのかブランコの揺れが急激に収まった。
両足が地面から遠く離れた地面を恋しがっているのか、足の裏にじりじりとした嫌な感覚が走る。俺は腰掛けられる面積の小さいブランコの上で、ロープを握ったまま固まったように動けずにいた。
せめて恐ろしい足下を見ないよう、必死に視線を反らそうとした時。
目の端に、ふと見えた。
切り立った崖の先端に――四角錐のモニュメントのようなもの。
あれは一体――
「高い場所が苦手ならあまり足下を見ない方がいい。恐怖は体をこわばらせ、体のバランスを取りにくくする」
斜め前方を飛翔するレイザさんにうなずき、ついでにあのモニュメントについて尋ねた。
「崖にあるもの……? ああ。四角錐のものか? それは元ナインズのオグン殿の墓だ」
……お墓だったのか。あれ。
「君が来た翌日の早朝に、君を除いたナインズの面々と隊の団長達で弔ったんだ。これから我々が行うことを特等席で見せるため大陸側の崖に建てるよう、ラスティナ殿が計らってくれたらしい」
あの女が、そんな取り計らいを……
……オグンか。そういえば、あの男について俺は何も知らない。一方的に襲いかかってきて、『伯爵』の影をなすりつけた、はた迷惑な奴というイメージしかなかった。
奴が元々どんな人間だったのか、俺はレイザさんに重ねて訊いてみた。
「どんな人だったか、か……私もあまり話したことはなかったな。
だが、遠目で見た限りは、物静かで知的な雰囲気を持つ人だった」
――物静か? あれが……?
「あの城に来るまでは、魔術の研究を行う読書好きで空想好きの青年だったそうだ。
……城につれて来られ、伯爵の実験であんな姿にされたが……それでも私が見た時は物腰の柔らかい話し方をする、落ち着いた雰囲気の人だった」
――だめだ。全然想像できない……
「シュルツ殿から訊いたが、伯爵を封印した影響で人格に大きなひずみが現れたそうだな。私としては、君が想像するようなオグン殿が想像できんがな……」
伯爵の影響か。
確かに、奴のあの精神世界での出来事から考えると、人格が歪むようなこともされそうな気がする。
「君があの方をどう思っているかはわからないが……少なくとも私は、オグン殿を尊敬している」
――あいつに尊敬を?
「伯爵を倒した後はラスティナ殿の体に伯爵を封印する……当初はその計画だったが伯爵の力が想像以上に強かったため、やむなく半分に割って二人に封印する必要が出た。
では誰に? という時に、真っ先に名乗り出たのが、あのオグン殿だ」
――そんな事が……
「ナインズの面々の中でも特に酷い扱いを受けたのに、あの方はそれすらいとわず、己の身を差し出した……弔辞でシュルツ殿が言ったよ。『彼は決して己が身を悲観しなかった。誰よりも過酷な体験をし、しかし誰よりも希望を抱いていた』と……
……己の姿に絶望し、自暴自棄な状態で伯爵を封印し、君に殺されたわけではない。私が思うにそれは、君に希望を託したのだと……そう思う」
…………
忘れようと思っていた。いや、正確には言われるまで忘れていた。
オグンという一人の人間のことを。
自分のしたことに後悔はしていない。俺も、彼も、必死だった。
だが……やはりそうだ。知らないものを「知らぬ」とフタをして捨て去るのは……罪なのだろう。
オグンという人を知らずに忘れ去ろうとした、罪。
…………だけど。
きっと後悔するべきなんだろう。胸を締め付けられるような想いを抱くべきなんだろう。
だけど。
俺の胸は何も感じない。ただただ空虚に、胸の奥が冷たくなるだけだ。
キチリ。キチリと。空虚な胸に時計の音が反響する。
俺は……やはりまともな人間ではないのか……
『――どうだソウジ。空の旅は快適か?』
唐突に、ラスティナの声が耳に届いた。




