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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
0章「死慕慟哭」
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0章-(8)彼女はそれでも笑う

 な……


「だがそれは我々が阻止した。召還している最中、オグンを含めたナインズの9人が伯爵に仕掛けた。そして奴を半分に切り裂いた後に私とオグンの体へそれぞれ封じたんだよ」


 ……それが、シュルツさんやマーリカが言っていた、伯爵の呪いの原因。

 オグンが倒れた時に現れた影。ラスティナを操った存在……呪いというよりは、封じられた伯爵の一部……影のようなもの、だったのだろう。


「元の世界へ戻る手段を教える、と言ったな?」


 ラスティナの声に、俺は思わず顔を上げる。


 ――教えてくれるのか!?


 そんな俺に、ラスティナはニヤリと笑う。


「ああすまん。実は()()知らないんだ」


 ――お前! ……いや待て、私は、とは?


「言った通り、こちらの世界へお前達転生者を召還しているのは〈太源理子の始祖〉共だ。奴らならば知っているのではないか? こちらへ召喚することができるなら、あちらへ返すこともできるのが道理だ。七罰ごとやつらを締め上げ、吐かせるなり実行させるなりすればいい」


 ――『伯爵』は知らないのか?


「お前の時計に潜む奴は、お前の声に応じるか?」


 ――いや……


「だろうな。むしろ声が聞こえる方が厄介だ。奴への封印が緩んでいる証しだからな。奴が再び現れれば帰る術を教えてもらうどころではない。ならば奴を封じ、奴の力を利用しつつ、他の七罰や始祖共を締め上げたほうがいい」


 ……魔法の元である理子を生み出す存在、〈太源理子の始祖〉。

 そんなとんでもない存在ならば、こちらとの力の差は歴然。であれば、俺が元の世界に戻る方法を聞いても、連中が素直に答えるとは限らない。

 同じ始祖である伯爵の力を引き出せるなら、少なくとも交渉のテーブルにつく可能性が高まる、というわけだ。


 ……あんなクソ野郎の力なんぞ借りたくないが、背に腹は代えられない。使えるならとことん使ってやる……


「私とお前がいれば、伯爵の真の力を引き出すことも可能だろう。故に、七罰を狩る時は私とお前が揃っている時だけだ……私がいない時は、決して連中に手を出すな。いいな?」


 ラスティナの言葉にうなずく……が、その時、一つ疑問が浮かんだ。


 ――七罰。あの時お前は、七人の転生者を抹殺する、といったよな?


「ああ、そうだ」


 ――最後の七人目。それは俺の事だといった……これはどういう意味だ?


「始祖を完全に滅ぼすには、奴らが根を下ろす転生者を殺さねばならん。つまり7柱の始祖を殺すには7人の転生者ごと殺す必要がある」


 ――つまり、俺を殺すと……?


「あわてるな。方法なら他にもあるのさ」


 方法とは? と俺が訊くと――ラスティナは自分の首に指を向け、真一文字になぞって見せた。


「……お前が始祖と転生者を六人全員抹殺できれば、ご褒美に私の首をやろう」


 ――お前、一体――!?


「聞け。私が死ねば、私が封じる伯爵の半身も道連れとなる。流石の奴も体の半分が完全に消滅すれば生きてはおれまいよ」


 ――自分の命を掛けて……なぜそこまでする……?


「いずれ教えてやるといったろう? 口説くならがっつかず、雰囲気を大切にな?」


 ――どこまでも人をからかう……


「ああ、連中を狩る途中で帰還の方法がわかったとしても、お前にはナインズとして最後まで付き合ってもらうぞ? お前は帰還の方法を知るため我々の戦力や情報を利用するがいい……その代わり、こちらはお前の力も存分に利用させてもらう」


 ――どうせ選択肢はないんだろ?


「あるのか? 今、お前が選べる選択肢が?」


 ――ない……


 その時、こちらへ近づく複数人の足音を聞いた。


「……さすがにこの姿では格好がつかんな」


 袖の余った、ぶかぶかの学ランを見回し、ラスティナは苦笑する。


「見つかる前に着替えてくるか。ではソウジ、また会おう」


 立ち去ろうとするラスティナ。

 俺はとっさに、その後ろ姿を引き留めた。


「何だ?」


 俺はとある『お願い』を彼女にした。


「……物好きだな。まあいいだろう。貸してくれた服の恩だ。許可しよう」


 背中を向いたままラスティナはひらりと手を振り、再び闇の中へと姿を消した。




 再び薄汚い自室に戻った。

 扉を閉め、ベッドに腰掛けると、こらえていた涙が一気にあふれ出した。


『伯爵』の手で生々しく呼び起こされた記憶。

 あの時の怒り、憎しみ、絶望――彼女への想い。

 渦潮(うずしお)の如く混ざり、嵐のように荒れ狂う感情の濁流(だくりゅう)……涙は止めようがなかった。


 ――クソ。あの野郎……! 今度現れた時は殺してやる……!!


 その時、コンコン、と控えめなノック。

 俺はドアに背を向け、無言を貫いた。


「……あの。わたし、ユウムと申します」


 ドア越しの声。今朝現れたあのメイドさんか。


「あの……あの! ラスティナ様を見つけて、助けてくれたと聞きました! ありがとうございました! 

 その……本当はわたし、ラスティナ様がお籠もりになっていた扉を監視する役目があったのですが……気がつくと床で気を失っていて、扉が開いていて……目の前が真っ暗に……」


 …………


「それであの! 直接お礼がいいたくて! ……入っても」


 ――入るな!


 ドア越しに、息を飲む気配。


「……ですが」


 ――帰ってくれ……今は一人にしてくれ……!


 沈黙。

 物音一つない、静寂。

 ……帰ってくれたか。

 胸をなで下ろそうとした、その時。


 かちゃり。


 扉が、ユウムの手で開かれた。


「あの……」


 ――入るなよ……!


 怒りを込めてそう言う。ユウムは(おび)えたように小さく声を上げる。


「そ、それでも! ここは面と向かってお礼を……泣いてらっしゃるのですか?」


 ――うるさい。


「あの……何があったのでしょう? わたしでもお役に立てれば――」


 ――お前に関係ない……!


「あ……」


 わずかにたじろぐ気配。

 だが……彼女は何を思ったのか、俺のベッドへ腰掛け、背中合わせに座った。


 ――何のつもりだ?


「落ち着くんです。私たちの部族は、こうやってお互い身を寄せ合っている時が」


 ――それが何だってんだ。


「わたしはソウジさんの気持ちはわかりません。だから気持ちを分かち合うこともできないし、何かアドバイスすることもできません」


 …………


「でも、一人のつらさは知ってます。孤独の苦しさは知ってます。『一人にして欲しい』と言った時……本当はどうして欲しいのか、そのことは知ってるんです」


 ――それは。


「わたしはここにいます。あなたが落ち着くまで、ずっと」


 背中越しに伝わる、暖かい体温。

 なぜかそれが、心地よく感じた。

 流れる時間の一刻、一刻が心地いい。そんな感覚。

 ……どこかで、同じ気持ちになったことがある。

 どこだっただろうか?


 ……ああ、そうか。

 瑞希と過ごした。あの昼休みのひととき……


「……あの~」


 ――何だ?


「そのう……ソウジさんの横の、斧なんですけど……魔剣なんですよね? あの、いきなり襲ってきたり、とか……」


 ――怖いなら早く帰れよ。


「そ、そういうわけにはいきません! 明日もベッドメイキングするためにこの部屋には来ますし、シュルツ様から大掃除するように仰せつかってます! 慣れるためにも、こ、ここでヘタレるわけには……!」


 ――俺の部屋よりも掃除するべきところがあるだろ? マーリカの部屋とか。


「い、嫌ですよ絶対! あの部屋入ったら生きて出られないって有名なんですよ!?」


 ――イルフォンスの部屋は?


「入れてくれないんですよね~……何度もトライすれば心を許してくれるかなって思って、一応毎日お声かけしてるんですが……」


 ――そういえば、ネロシスの部屋には行ってないな……


「そうなんですよ! あの人、ああ見えて謎が多くて! 普段どこで寝てるんでしょうね……?」


 俺の適当な質問に、全力で答えるユウム。

 俺は――無意識に、笑ってしまった。


「……ふふふ」


 ユウムも笑う。

 二人して、笑い合った。

 ……この世界に来て、初めて心が安らいだ時間だった。

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