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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
0章「死慕慟哭」
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0章-(7)罰

 そして目が覚める。


 ここは……?

 石造りの古めかしい廊下……異世界だ。

 そうだ……今のは全て、ここに来るまでの()()()()……!


 だが、今のは過去の記憶などという生易しいものじゃない。完全な追体験だった。

 まだ残っている。校庭で彼女と話していた時の陽の暖かさ。工事現場でのゾッとする血の臭い。彼女を背負った時の手の感触。夜の病院の冷たさ……

 生々しい過去の感覚は過去の絶望すらも生々しく呼び覚ましてくれた。


 ……畜生。畜生っっ!!


「実に素晴らしい」


 怒りと憎しみを抱く俺と裏腹に、伯爵は満足げにそういった。

 何が……嬉しいんだこいつ……!


「期待通り――いやそれ以上だ。凄絶かつ懸絶(けんぜつ)かつ冠絶(かんぜつ)なる怒り、憎しみ、絶望……素晴らしき()()だ。転生者としての素質は余りある」


 ――黙れ。


「だがなぜ帰りたがる? お前が帰ればお前はあの世界の法で裁かれるだけだぞ?」


 ――黙れよ……!


「布地嶋瑞希との約束がお前を駆り立てるのか? まるで理解ができん。お前はあの少女を愛しているのだろう? 

ここにいれば彼女の願いは叶えずに済むぞ? 彼女に手を掛けずに済むのだ。律儀に約定(やくじょう)を果たさずとも結末を先延ばしにするという選択肢もあるはずだ。違うか?」


 ――テメエが! 瑞希の名前を口にするな!!


「案ずることはない。こちらとあちらの世界では時間軸が異なる。つまり、お前はここでどれだけ時間を過ごしてもあちらの時間はコンマ一秒も経ってはいない。

 そう、お前がここにいる限り、布地嶋瑞希は永遠に生きて――!?」


 伯爵の言葉が、止まる。

 いや、止められた。

 半分になった伯爵の喉に、一本の剣が突き刺さっていた。


 その剣は――翼のように複数連なる、刃翼の一本。

 そしてその刃翼は――目の前の女の子から生えていた。


 ラスティナ。


 見た目だけは幼いが、その邪悪な笑みはあの女のもので間違いない……!


「き、さ、ま……」

「レディを待たせて浮気するからそうなる。爵位が泣くぞ? 無様な伯爵殿?」


 くくく、と口の端をゆがめて笑うラスティナ。

 彼女の背後の伯爵もまた、刃翼によって串刺しになっていた。

 すると――ぞわり、と伯爵の姿が消え、血のような真紅の影が、彼女の背後を覆い尽くす。


「こちらの伯爵は私が抑える。もう一方の伯爵はお前が封じろ」


 ――封じる? どうやってだ!?


「背後へ押しやれ! 奴の闇ごと普遍無意識の彼方へ追放しろ!!」


 よくわからんが――力技でどうにかなるならやってやる!

 俺は背後の伯爵に思いきり体当たりした!

 勢いのまま駆ける! 押しやる! どこまでも、どこまでも……!


「待て……お前の望みはこんなことではないはずだ……あの女に乗せられるな……あの女はお前を……」


 ――二度と! 俺の前に! 現れるなっっ!!


 俺が押すと、俺の後を追うように背後の紅い闇の勢力も増す。

 暗闇の果てが見える。俺は渾身の力で伯爵を突き飛ばした!!


「……後悔するぞ……」


 そう言い残し、伯爵は自らの闇に呑まれるように姿を消し、闇もまた消滅した。


 はた、と気づく。

 倒れたまま燃えているロウソク。

 薄暗い廊下。


 ここは――そうか。さっきまでいたのは、あの伯爵の作った精神世界、みたいなものなのか……?


「命の恩人だな。礼を言おうソウジ」


 振り返ると、元のサイズに戻ったラスティナがたたずんでいた。

 そう、元通りだ。衣服を身につけていない裸の状態で……


「……なに、気にせず存分に見れば良い。恩人への礼として隅々まで鑑賞させてやる」


 ――からかうな。


初心(うぶ)なやつだ。せっかくの機会だぞ? 見ねば男が廃ると思わんか?」


 俺は無言で学ランの上を脱ぎ、ラスティナへ渡してやった。


「紳士的だな。わざわざ顔を赤らめるのも紳士ゆえの配慮かな?」


 ――うるせえ。さっさと着ろ。目のやり場に困る。


「では好意に甘えさせてもらおう。ここは冷えるしな。この服は洗って返しておくが――洗わないほうが嬉しいか?」


 ――いい加減にしろ。そろそろ真面目に話してくれ。


「ああ、すまん。少し嬉しくてな、ついからんでしまった」


 ――嬉しい?


「伯爵の暴いたお前の記憶。あれは私も見た」


 …………

「この世への怒り。憎しみ。絶望――どうやらお前は、この私と()()()()()()()()()ようだ」


 ――それはどういう意味だ?


「いずれ話そう。お前と知り合って間もないし、な?」


 ――人の過去は覗き見ておいてか?


「文句は伯爵に言え。奴を介して記憶が私にまで流れこんだのだからな」


 ……伯爵、か。

 体が半分になった状態で、なお俺やラスティナに干渉してきた。

 一体あいつは何なんだ? 人間なのか? それとも……


「伯爵が何者か、だと?」

 俺が問うと、ラスティナは吐き捨てるように答えた。


「〈太源理子の始祖(グランスピリット)〉、七柱の内の一柱。我々が倒すべき相手だ」


 ――そいつは確か、魔法の素の“マナ”とかいうやつを作ってるっていう……


「その通りだ。そして、この世界に多くの転生者を召還している元凶であり……その中でも図抜けて強大な力を持つ転生者、〈七罰(しちばつ)〉の守護者でもある」


 七罰。それは昨日聞いた、ナインズが倒すべき相手だ。


「太源理子の始祖はそれぞれが人間の一部の感情に根を張る特徴がある。

 すなわち、我欲(がよく)淫奔(いんぽん)虚栄(きょえい)貪婪(どんらん)暗憧(あんど)惰穏(だおん)赫怒(かくど)。始祖共はそれぞれこの七つの感情を司り、それらの性質に属する転生者の守護を担っている」


……ややこしいが、言い換えれば、強欲と性欲、プライド、食欲、嫉妬、怠慢、怒り……といった感情を表しているのだろう。


 聞き覚えがあるな。七つの感情。七つの罪……キリスト教の考えだったか? 「七罰」という名もそこからあてがわれているのだろうか?

 その感情はどれも人の根源的な欲求に基づくものだ。では、感情に根を張るという意味は……?


「魔法しかり、魔剣しかり、人間の感情や精神力をエネルギー源にするやり方は変わらん。始祖共も同じく、な」


 それは実感できる。昨日の夜オグンの攻撃を受けた時に発動したあの魔法。あれも感情が起因となって発動した。


 怒りの感情が。

 ……ちょっと待て。〈怒り〉? 

始祖の内の一人は怒りを司っている。そしてあの『伯爵』もその一人。

 まさか……


「理解したようだな」


 くくく、と嘲るように笑うラスティナ。


「伯爵は〈赫怒〉を司る者。そして伯爵が召還したお前こそ、七罰の最後の一人となるはずだった転生者だ」


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