19章-(4)
『先に入ったマーリカからの伝言だ。街に入る門の前で行列ができている。門番が外から来る者達を厳しくチェックしているからだそうだ。
偽装外套を使ってもごまかすことはできない。侵入するなら十分に頭を使え、だとさ』
――そいつはどうも。それで、あんたはナインズのトップなのに部下の伝言係か?
俺は街に向かって急ぎながら、状況をわかっていないかのように話をするラスティナへ嫌味まじりの返信。
ラスティナは気にも留めず、通信を続ける。
『なに、少しお前と話をしたくてな。伝言はついでだ』
――話? 手短にしてくれ。あんたの命令を遂行するのに忙しいんでな。
『それを聞いて安心した。では本題から話そう。
……1人になりたがるのは、斧の殺人衝動を抑えるためか?』
俺は少し考え……口を開く。
――今まで俺達の会話を盗み聞いてたならわかるだろ? スジの通らない殺しはしない……
『お前の言うスジとは? つまり、悪党以外は殺さない、という認識でいいのか?』
――ああそうだ。その認識でいいさ。
『ではお前の考える悪とは? お前の考える善とは何だ?』
俺は……沈黙する。
返答しようがなかった。それが今ハッキリと区別できないからこうして悩んでいるのだ。
『なるほどわかった。パスコウ島の一件以来、様子がおかしいとは思っていたが……そんな事で悩んでいたのか』
――そんな事……ああそうか、あんたならそう思うだろうな。邪魔者は全て消すがモットーのあんたじゃあな。
そう言うと、通信ピアスの向こうでラスティナのため息が聞こえた。
『善も悪もない。我々は目的の遂行のために動く組織だからだ。その場その場の感情で動いてしまっては目的すら果たせない。そうなれば更なる被害と犠牲を生むことになる』
――わかってるさ……単なる俺のワガママに過ぎないなんてことは……目的完遂のためには個人の感傷なんざ棄てちまえってんだろ?
『感傷か……いや、それは大事にとっておけ。それはお前がお前でい続けるために必須だ』
――は……?
一瞬足を止めそうになったが、俺は気を取り直し、改めて聞き返す。
――その場の感情で動くなと言っておいて、どういう意味だそれは?
『命令を忠実に遂行する兵士を求めてはいるが、無感情に命令に従うだけのマリオネットは願い下げということだ。傀儡ではこちらの意図も敵の意図も理解できない。いちいちこちらが糸を繰らねばならない。そんなものは足でまといでしかないからな』
……感情を持ち続けろというのか。
感情を殺さずに、感傷を抱き続けながら人を殺せというのか。正気を保ったまま人殺しを続けろというのか……!
『酷なように聞こえるか? だが一流の兵士とはそういうものだ。確固たる自我と精神を保ったまま引き金を引く。これは狂気ではない。己の中に明確な線引きをしているだけだ』
――線引き……?
『無用の殺しは避ける。だが殺すべき時は殺す。一線を越えた瞬間に引き金を引く……己の中に殺しの線引きをしているのさ』
――それは……
『ああ。つまりは“スジ”を通しているわけだ。ソウジ。お前は何も間違ってはいない。この広い世界を見聞し、考え、悩み、そのたびに線を引き続けろ。確固たる線引きができたなら、お前の精神は今よりも大きく強固に成長できるだろう』
俺はこの時……情けないかもしれないが、自分のやり方を肯定され心から嬉しく思ってしまった。
そしてこれまでの悩み、苦しみを思い出し、それらをラスティナに全て打ち明けたくなった。
しかし――遠目にはもうザルディメルの街が見て取れる。この通話もここらがタイムリミットだ。
『おっと。楽しい会話はもう終わりのようだ』
愉快そうにラスティナはそう言った。
……まさかこの通信ピアス、通話だけじゃなくこちらが見ている映像も受信できるのか?
『お前の悩みについてだが、若者の悩みの相談役といえば物知りの老人と相場は決まっている。前教皇のメリキウス6世に会えたなら教えを請うてみるといい』
――あの囚われの前教皇に……? 殺しについての悩みをか……?
『ああ。いいアドバイスをくれるだろう。何せ彼は6大国の行う魔人狩りに異を唱えたことで囚われの身となった……彼の正義とは、スジとは何か、問うてみるといいさ』
そうして通信はあっけなく途切れてしまった。
目の前には街の周囲を被う厚い外壁と深い堀。堀を渡す跳ね橋の奥に厳めしい門がそびえ立っている。
外壁の各所に円形の櫓が建ち、弓矢を片手に小型望遠鏡で周囲を見渡す兵士の姿がある。門を避け壁を登ろうと思ったが、気づかれずに行うのは難しそうだ。
また、青く発光する羅針盤のようなものを持つ兵士もいる。
あれは海賊エルマノスの船で見た。確か魔法の発生を感知する器具だったはず。時間魔法の“加速”で門を通り抜けたとしても、術式残滓とかいう魔法の残り香のようなもので探知されてしまうだろう。
俺は木の幹と草むらに姿を隠しながら考える。まず壁を越えることはできない。そして魔法を使ってもすぐにバレてしまう。
斧の血の霧を使うか? あれはあらゆる魔法の源である“理子”の動きをねじ曲げる作用がある。術式残滓を調べる羅針盤もまた魔法で動いている以上、血の霧の中で魔法を使えば発覚されることはない。
……いや、ダメだ。それだと斧を持って街に入ることになる。この斧は目立ち過ぎる。斧を持って入ればすぐに見つかってしまうだろう。斧はここに隠して進入しなければ。
ここで血の霧を使い、斧を置いて“加速”で進入を……ダメだな。霧から出ればすぐに探知されるだろう。街の中まで入ればすぐに見つかることはないだろうが、何者かが魔法で侵入したと知れば街中で厳戒体制が敷かれる。もちろん元教皇の収監される牢屋まで……
やはり魔法は使えない。となると魔法を使わずに外壁か、あるいはあの門から街へ侵入するか……
もう一度門の様子を見る。
大勢の商人や大道芸人達が道に並び、イライラした様子で門番がチェックをする順番を待っている。外回りをしていた兵士まで容赦なく調べており、軽い小競り合いまで起きている始末だ。
気づかれずにあの列に並び……何か、門番や商人達全員の気をそらすことができれば侵入できそうだ……だが、どうやって気をそらす? どうやって注意を引けば――
そこまで考えて、ようやく思い出した。
俺にはもう一つ使える“スキル”がある。
七罰のスキル――マーカー。敵の注意を一瞬そらせることができる。
だが“スキル”もまた魔法の一種。そのまま使えばやはり術式残滓を追われるだろう。
ならばどうする?
遠くに見えるのは、小競り合いを続ける門番と兵士。
……騒ぎに乗じてみるか。
「出る時ゃあ何も言わなかったくせに何で入るのにこんな手間取らせんだよ! ベルオルの野郎が呼んでんだよ! わかるだろギム! あのクソ上官、1秒でも遅れたらよお!!」
「外から来た奴は誰だろうと調べろとのお達しだ。通したら俺の首が飛ぶ。お前こそ分かってるだろ?」
俺は商人の貨物に姿を隠しながら門に接近。道中で拾った石ころを取り出すと、小競り合いをする兵士二人の背後にそれを放った。
そしてスキル“マーカー”を石ころに放つ。
【mark】石【/mark】という俺だけに見える表示が石ころの上に現れると、門の兵士達や商人達の視線が唐突に石ころへと集中する。
次に俺は石ころへ時間魔法の“遅延”を一瞬だけ放った。
正直使う魔法はなんでもいい。視線を集中させた石ころに魔法を付与することが目的だ。
石ころの周囲に魔方陣と特有の青い光が発生。
すると――それを目撃した商人達が叫んだ。
「ま――魔法だああっ!!」
途端に門の周囲は騒然とする。慌てて逃げ出す商人達。櫓の兵士達は一斉に弓や魔法銃を構え、門番は兵士へ向かって抜剣してみせる。
「お、俺じゃねえ! 今のは俺じゃねえっ!!」
「止まれ! すぐに武器を捨てゆっくり地面に両手をつけ!!」
「俺が魔法使えるわけねーのは知ってるだろうが!!」
「黙れ! 早くしろ! さもなくば斬る!!」
「く、クソ……!」
俺はその混乱に乗じ、慌てる商人達を避けながら門へ近づき、門の兵士達に気づかれる前に素早く門の中に入った。
すると前方から街から駆けつけた大勢の兵士達と出くわした。
何食わぬ顔で兵士達を避けていると――1人の兵士とぶつかってしまった。
「おっと! 大丈夫かい君?」
俺は軽く会釈し、未だ騒ぎが続く門を悠々と後にした。
……以前渡された偽装外套の効果だ。俺以外の人間はこの外套の効果により、俺が8~9歳程度の子供に見えているだろう。
偽装外套もまた魔法の技術が使われている。だが先ほどの騒ぎで悠長に術式残滓を探っている奴もいない。門さえ抜ければこの子供の姿というのは便利だ。無害そうに見えるから変に怪しまれることもない。
と、目の前に羽の生えた小さい赤ちゃんのような、妖精らしきやつが飛んできた。
スキル“マーカー”を使うと飛んでくるやつだ。そいつはニコニコしながら小さい看板のようなものを俺に見せてくる。
『レベルが上がってるよ! 新しいスキルが手に入ったよ! スキル詳細を見る?』
新しいスキル……? マーカー以外になにか使えるようになったのか?
気にはなったが……調べるのは後にした。
路地の裏からマーリカが顔を出し、“早く来い”といわんばかりに手招きをしたからだ。




