18章-(6)
※ここから先は胸糞要素が含まれています。心してお読みください。
「……キアラ……?」
状況が、飲み込めず。
愕然と、彼女の名を呟くことしかできず。
そんな俺に。
彼女はにっこりと微笑んで。
自らの首にナイフを深々と突き立てた。
「キアラっ!!」
おびただしい血とともに。
彼女は後ろへと倒れ込む。開け放たれた窓の外へ。
真っ白になった頭のまま窓へ駆け寄る。
窓の下には――小さな、小さな彼女の亡骸だけがあった……
キアラ……
キアラ……キアラ…………!!
「ああ。遅かったわね。残念」
他人事のように言い放つマーリカ。怒りを露わに睨み付ける俺に目もくれず、この女は悠々と窓の下をのぞき込む。
「……死体が二つ。あのメッセージを残したキアラって娘は目が見えないんだっけ? じゃあもう一つの死体はその子のサポート役だったのかもね。
キアラちゃんの代わりに文字を書いたのも、あたし達が3階に行くタイミングを見計らって窓から神父の部屋に忍び込めたのも、あっちのサポート役がいたからってことね」
「何を、何をふざけた事を……!」
思わずマーリカに詰め寄ろうとした。その時。
「……まず読め。これは、あんた宛てのメッセージだ」
ソウジが素早く割り込み、俺に1枚の木板を押しつけた。
手に取る。それは、俺に宛てた彼女の告白文であった。
『親愛なるシンガへ。
これであなたに送るメッセージは2通目になるね。でもこれで最後になる。もっと色々話したかったね。ごめんね。
転生者の人と一緒に来たんだってね。だから、みんなで話し合った。もうお終いだろうね。じゃあわたし達で終わらせようね。みんなで、そう決めたんだ。
ねえ、シンガ。
わたしはあなたに謝らなければいけない。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
妹さんにあのヒールタブをあげちゃうなんて思わなかった。あなたが肺を患ったことを知ってたから、自分で飲むと思ってた。だって妹さんは回復に向かってるって言ってたもの。あなたが飲むと思ってたのに。
あのヒールタブには呪いを込めていた。飲んだ人間が完全に失明する呪いを。
妹さん、体が弱ってたからかな。だから呪いに体が耐えられなかったのかもしれない。これは完全にわたしのミス。本当にごめんなさい。
でもね。
シンガ。わたしはあなたに感謝してるんだ。
あなたはわたしを救ってくれた。覚えてる? “俺もお前もみんな平等なんだ”って言ってくれたこと。
本当に嬉しかったんだよ。
わたしはね、シンガ。わたしは、本当に自分がこの世に不必要な存在だって思ってた。そんな自分に納得していた。
親を亡くしたっていったでしょ? あれはウソ。本当は捨てられたんだ。“タダ飯食らいの欠陥品”だって。
そうだね。その通りだね。
街の片隅で残飯を漁ってると、近所の子供にいわれたよ。“デカいドブネズミがいる”って。
そうだね。その通りだね。
あなたがお仕事に行ってる間、わたしが何してたか知ってる? 体を壊して仕事ができなくなった元鉱夫達に代わる代わる犯されてたんだ。
“何の役にも立たない欠陥女。せめて俺達のオモチャぐらいになれ”だって。
そうだね。その通りだね。
わたしはとっくに諦めてたよ。納得してたよ。
わたしは欠陥品。わたしはこの世で最も卑しい。
だからこんな扱いされるのは当然だから。だからこんな目に遭うのは当然だから
だからちっとも苦しくないから。悲しくないから。つらくなんてないから。
でもね。
そんなわたしを、あなたは救ってくれた。平等だよって、言ってくれた。
……本当に、魂ごと救われた気がしたんだ。
苦しいのに悲しいのにつらいのに、そんなことないって必死に思い込んでたんだね。気づかせてくれて、本当にありがとう。
でもね。
でもね。
みんな平等なら、おかしいよね?
どうしてわたしばっかりこんなに苦しいのかな? どうしてわたしばっかりこんなにつらいのかな?
どうしてかな? どうしてかな? みんな平等なのにどうしてかな?
ヒールタブを作るのってとってもつらいんだ。知ってる? 魔法ってね、強い魔法ほど使った後に大きな副作用が出るんだ。わたしは心臓の動きがおかしくなるみたいで、何度も失神して死にかけたよ。
でもどうしてかな? みんなヒールタブを飲んで傷や病を治してる。でもどうしてわたしはこんなにつらい思いをしてるのかな?
どうしてかな?
どうしてわたし達ばっかりこんなにつらいのかな?
みんな平等なのにどうしてかな?
フロイア聖教のディエスズ様はみんなを平等に公平に愛してくれる神様なんだ。
みんな平等なのが一番だって、そう教えてくれる神様なんだ。
じゃあおかしいよね?
平等じゃないのはおかしいことだよね?
わたし達だけが苦しいのはおかしいよね? わたし達だけ悲しいのは間違ってるよね? わたし達ばっかりつらいのは馬鹿馬鹿しいよね?
みんな平等なのだから。
みんな平等に苦しくて悲しくてつらくならないとおかしいよね間違ってるよねそうだよね。
だからね。平等にしようと思ったんだよ。
みんな平等に呪ってわたし達と同じ苦しみを分けてあげようと思ったんだよ。
当たり前だよね。みんな平等なのだから。
わたし達が苦しんでるのに一人だけ楽しく幸せになってるなんて間違ってるよね。
みんな平等なのだから。
だからあなたにも感謝を込めてヒールタブを贈ったんだ。
みんな平等なのだから。
でもね。でもね。
呪いが強すぎたのかもしれない。死んじゃった人も何人かいるって聞いちゃった。
ごめんね。それじゃあ、わたし達がひとりだけこうして生きてるなんて間違ってるよね。
みんな平等なのだから。
みんな平等に。
神父様もみんな一緒に。みんな平等に死なないとおかしいね。
あなたも一緒に殺してあげられないことが残念です。
でもあなたが妹さんを亡くしてひどく悲しんでるって知って。わたしはとっても嬉しかったよ。
みんな平等だね。これでみんな、平等だね。
キアラより。誰より大切なあなたへ』
…………
震えた。
木板に書かれた狂気のメッセージに。
いやそれよりも。
俺が。俺が彼女にかけた何気ない一言のせいで。
結果として妹が死に、教会の修道士や神父が死に。
キアラもまた自ら命を散らせてしまった――その事実に。
俺のせいなのか? 結局俺が余計なことを言ってしまったから?
俺が教会に行くよう促してしまったから?
俺が自分より妹を優先してヒールタブを送ってしまったから?
俺が。
俺が。俺が。俺のせいで。全部俺のせいで。
「あ、あ、あああああアアァァァ――ッッ!!」
頭がおかしくなりそうだった。涙は止まらず俺は頭を抱えたまま絶叫するだけだった。
そんな中、背後のソウジとマーリカの冷静なやりとりだけが耳に届く。
「……なるほど。これがヴィンの言っていた、フロイア聖教の歪みか……」
「“自分ばっかり苦しんでるのに楽してる奴がいるのはおかしい”。そういう貧しい考え方するやつってのはいつの世の中にもいるけどねえ。
それが宗教に結びつくと最悪なのよ。“不平等は悪”とかいう幼稚な正義感で、手前勝手に相手を裁き始める。相手の立場や状況なんて全く見もせず考えもせずにね」
「俺の元いた世界にも大勢いたな。デカい事件や災害があるとそういう奴らが現れる。みんな苦しんでるのに。つらいのに。ひとりだけ自粛してない奴はおかしいってな」
「結局感情でモノ言ってるだけなのよねえ。“不平等”だの“みんな”だのデカい主語振り回して、結局は自分が気に入らないってだけなのよね。結局は誰のためでもない。狭い視野の中で癇癪起こしてわめき散らしてるだけってことよ」
……自分のため。
結局キアラはひとりぼっちだった。
俺は彼女を手前勝手に救った気でいたのかもしれない。
本当の彼女を知らず、狭い視野で勝手なことを言ったから。何の責任も負わず、教会に押しつけるようなマネをしたから……
結局全て俺の自己満足だったから。だから彼女はひとり取り残された。
そして俺もひとりになった。
…………
キアラ。
満足か?
笑ってくれるか?
それなら良かった。俺はこの世で最も下劣な存在だろうから。
これで平等だな。
もう、ひとりぼっちじゃないな。
俺は泣きながら、精一杯笑おうとした。
でも駄目だった。悲しみと苦しみが邪魔をして頬の筋肉が動こうとしない。
心の底から死にたくなった。
でも俺は死なない。だってここで死んだらお前の苦しみも悲しみも十分に味わえないだろう?
キアラ。最後まで生き続けるよ。最後までこの苦しみを抱えて生き続けるよ。それできっと平等だから。
……きっと神様なんていない救いのないこの世界で。




