0章-(1)空虚の果ての出会い
――俺は、壊すことしかできない――
一番古い記憶は7歳。この真理にたどり着いたのもその時だ。
紙粘土をこねていた。教師に言われた。好きなものを作ってみろと。
好きなものは特に思いつかなかった。だから、適当に教室の隅に生けられた花瓶の花を作っていた。
自分でも驚くほどうまく作れていた。次第にあの花に親近感が沸き、綺麗だとさえ思えた。
うまく作ろうと思った。あの綺麗な花に負けないくらい、綺麗に――
だが、力が入るあまり、俺は致命的なミスをした。
花びらと茎をうまくくっつけることができず、花びらが落下した。
ぐしゃり。
地面に落ちる、惨めで醜い花。
――まただ。
そう思った。
俺が頑張るとこうなる。いつも台無しになる。
俺が気に掛けたもの。興味のあるもの。欲しいと思ったもの。好きになったもの。
俺が気に掛けた人。興味を持った人。仲良くなりたいと思った人。
……必ずダメになる。台無しになる。そんなつもりもなかったのに、傷ついてしまう。
だから。
――俺は、壊すことしかできない――
自分は他の人とは違う。そのことはかなり早い段階から悟っていた。
俺に家族はいなかった。物心ついた時から児童養護施設にいたのだ。
家族の顔は全く覚えていない。
だが、体中にある傷やアザが、どういう親だったのかを教えてくれた。
両親の顔を覚えていないのは覚える必要がないからだ。忘れるべきだったから忘れた。俺は自分自身でそう納得していた。
寂しくはない。
施設の他の子供とも関わらなかった。むしろ、向こうが俺と関わろうとしてこなかった。
けれど、寂しくはない。寂しいのが普通だと、昔読んだ絵本には書いていたのに。
いや、そもそも“寂しい”ってどんな感情なんだろう?
……胸の奥がいつも冷たい感じだった。それが、よくわからなかった。
「――総慈くん。こっち」
早世子さんだ。
この施設で、唯一俺に話しかけてくれる、職員の人。
30代後半くらいで、左目に眼帯をした女性。
「みんなには内緒よ。ほら、チョコレート。余分にもらったの」
差し出されたお菓子を、俺は急いで口に放り込んだ。
「ありがとう、は?」
俺はハッとして、慌ててお礼とお辞儀を何度もする。
そんな俺の様子を見て、早世子さんは笑った。
……とても、悲しそうな笑顔だった。
学校でも、俺は一人だ。
小学校。中学校。高校。
代わり映えはしない。通う場所が変わり、教わる内容が変わる。俺にとってはそれだけだ。
いじめを受けていたわけではない。
ただ、みんな俺と極力関わろうとしなかっただけだ
特に疑問は感じなかった。
ただ、ただ、胸の奥が凍り付いたように冷たい。
それだけだった。
高校一年。7月の晴れた校庭。
俺は校庭の端に植えられた大木に寄りかかりながら、いつものように昼飯の弁当を食べていた。
背後に聞こえる同級生の声。
それは遠くに聞こえるかすかな潮騒のようにも聞こえた。
なんとなく、目を閉じる。
深呼吸を一つ。睡魔はすぐにやってきた。
明るい木陰の下で、俺はさらに深い闇へと微睡んでいく……
(……え……)
深く深く沈む。暗闇へ。暗闇の中へ。
(……ねえ……ってば……)
暗闇の、最果てで。
「ねえ! 総慈くんでしょ、キミ!」
目を開けると、一人の少女が立っていた。
「あれ……もしかして、寝てた?」
少女は、すまなそうに片手を挙げて、ペコリと頭を下げる。
肩くらいの黒髪。白い制服のブラウスに、夏だというのに冷たさすら感じる白い肌。華奢な手足。
まるで深窓の令嬢のような見た目なのに、彼女は人懐っこい子犬のように、はつらつとした笑顔を浮かべた。
見た目と表情のギャップが違いすぎる……
初めて彼女を見た時、そんな感想を抱いた。
「ご、ごめんね! でも、一度キミと話をしてみたくって……」
――なんで?
「なんでって……え? えっと……なんで?」
――いや。俺が訊いてるんだけど?
「あ、あはは! 総慈くんってばやっぱり面白い!」
――は? もしかして、からかってる?
「えっ!? ち、違うよ! なんかほら、この空気がなんか面白くって。総慈くんの周りの空気が面白いのかな?」
――面白い空気?
「……ぶっ」
少女はまたケラケラと笑う。なんなんだ一体。
「……あー、久しぶりにこんなに笑った……やっぱり話しかけてよかったかも」
――なんで、俺に……話しかけたんだ?
「え? だっていつもここにいるじゃないキミ。昼休みに校庭にわざわざ出て、木によりかかって寝てるなんてワイルドな人、他にいないもん! 超ウケる……!」
は? と思わずそう返した。
なんだ……やっぱりからかってただけなのか、彼女は。
――他に一人になれそうな場所がなかったんだよ。
適当に、そう言い返してやった。
「トイレがあるじゃん! 便所メシだっけ? ボッチ君のたしなみだって聞いたけど?」
――どれだけ追い込まれても、そんな場所でたしなむのはご免だな。
「……木の下でたしなんでる人もどうなんだろね?」
――おい
「あはは! ウソウソ!」
そう言って彼女は笑う。
俺の目の前で、今までこんな風に明るく笑う人は一人もいなかった。
……なんだろう、この気持ちは?
「わたしは瑞希。布地嶋瑞希!」
――何だよいきなり。名前とか……
「わたしだけキミの名前知ってるのも不公平でしょ!? だから、キミも覚えてよ!」
――記憶力には自信がない。
「またまた~。他にキミに話しかける人もいないんだから、嫌でも覚えるっしょ!?」
――覚えたくない奴は覚えない主義なんだ。
「うぐ……なんか、冷たいね、キミ」
――俺はこういう奴なんだよ。わかったろ?
「面白い奴? ワイルドな奴? それともツンデレな奴?」
――お前……
「あっはは! ウソウソ!」
そう言って笑う。朗らかに。悩みなんて全て吹き飛ばしてしまいそうな笑顔。
……瑞希、か。
その日から一週間、瑞希は欠かさず昼休みになると、俺がいる木の下へやってきた。
自分の弁当を見せびらかしたり、俺の弁当の唐揚げだけを勝手に取ったり、逆に俺がおかずを取ろうとすると思いっきりブロックしたり……その後で必ず、卵焼きを譲ってくれたり。
弁当を食べると、たわいもない話をダラダラとしていた。
昨日見たテレビ番組。動画サイトのお気に入りのタイトル。嫌いな先生の愚痴。好きなお菓子の銘柄。今朝の寝グセのひどさ……
今までどうでもいいと思っていた一つ一つが、彼女と話すと、とても面白く感じた。
……なんだろう、この気持ちは。
寂しい、という感情を感じたことはなかった。
だけど……彼女とはずっと、いつまでも、こうしていたいと……そう思えたんだ。
――――そんなささやかな願いも、叶わなかった。




