18章-(4)
「――セイとウェンディの二人を残して良かったのか? ヴィンの館とは違ってあの二人を見張っている奴はいないぞ?」
「あら、一応あのアホまだ信用してなかったのね。大丈夫よ。いるんでしょ? 見えないミズリスの使者が?」
「知ってたのか……」
「馬車でケインを問い詰めたのよ。ったくそういう事は一番にあたしに話してよねー」
教会へと続く暗い夜道。俺は転生者――ソウジと、彼の仲間であるワンピースの女、マーリカの後をついて歩いて行く。
……奇妙な状況だ。見ず知らずの連中、しかも転生者と共に教会に殴り込みに行くなんてな。
あの酒場にやってきた修道士からはあまり詳しい話を聞けなかった。服の下に深い傷を負っており、酒場に居た数人が手当をするためにすぐに運んで行ってしまったからだ。
修道士から聞けたことは2つ。
最近ヒールタブの使用者が原因不明の病に罹ってしまうこと。
そしてその原因はあの教会にあるとのことだ。
“もう奴らの元に戻りたくない”――気を失う寸前まで修道士はうわごとのように呟いていた。
……一体あの教会で何が起きている? そんな教会でキアラは……
そんな俺の考えを断ち切るように、マーリカの声が届く。
「でさぁ? 教会襲うのは100歩譲るとして、後ろのろくでもない酔っ払いはなんなの? 邪魔どころか足手まといになりそうなんだけど?」
彼女は俺に振り返ると、これみよがしにため息を吐いた。
ちなみに彼女は最初こそメンドくさそうにしていたが、教会が貴重品であるヒールタブを作っていると聞いた途端、唐突にやる気満々で教会に乗り込もうと言い出した。
ろくでもないのはどっちなんだか……
「知り合いがいるらしい。彼を通じてその知り合いとやらから話を聞けるかもしれん。彼は使える」
ソウジは淡々とそう返答する。
……なんだろうな。この男からは人間的なものを感じない。心を感じない。
転生者ということを抜きにしても、言動の端々に冷酷さを感じゾッとする。
異世界からの来訪者か……モノの考え方自体も俺達の常識とは異なっているのだろうか? 一人で島一つ消せる力があるというのは本当か? 何で俺はそんな生ける爆弾と連れだって歩いてるんだよ……
足が重い。酔いと転生者への恐怖、重圧で呼吸が浅くなり、だんだんと気分まで悪くなってくる。
いつまで歩き続けるのか。このまま永遠に歩かされるのか――そんな絶望が頭をかすめたその時。
前方の二人が止まった。
慌てて視線を前方へ向けると――目の前に、硬質の闇。
教会の黒塗りの鉄扉が、厳めしく俺達の行く手を阻んでいる。
鉄扉の前で背の低い斜視の中年男が、ランタンを片手に静かにこう告げた。
「お引き取りを。教会の扉は明日10時に解放されます。本日はお引き取りください」
「悪いな。今日、たった今用事がある」
ソウジは冷たくそう言い放つ。
「お引き取りを。私はファーザー・ベイルガンから何も聞いておりません。アポなくこんな夜更けに訪れる者など、不埒な強盗以外おりますまい」
「うん。そう。あたし達それと似たようなモンだから」
門番を前にマーリカはクスクスと笑いつつそう言ってのけた。
「……強盗。聞き違いでは、ありませんな?」
「くどいわねえ。通さないならそう言えば? 門ごと斬って通ってもいいんだからさあ?」
「いえいえ、滅相もございません。」
門番はニッコリと笑うと、懐から爆竹のようなものに火を付け、空高く放って破裂させた。
「いえいえようこそ。ウチの警備の者からも話を聞いておりますよ。どうぞどうぞ」
ニコニコと笑いながら、門番の男はそそくさと門から遠ざかる。
同時にゴンゴンと重い音を立てながら開く鉄扉。
瞬間――直感が脳内を駆け巡る――ここは危険だ――!
「精一杯のおもてなしをいたしましょう……心逝くまで食らっとけ!!」
扉が開いたその先には。
ライフル式の魔法銃を構えた教会の警備兵十数名が、片膝をつき完璧な射撃体勢で俺達を出迎えた。
危ない――そう言いかけた俺は、さらに信じられないものを目撃する。
ソウジが。丸腰のまま、銃を向ける警備兵を前にひとり堂々と立ち向かっていたのだ!
「面倒だし、アンタに任せるわよソウジ」
「ああ。俺一人で問題ない」
そう言いソウジは全く怯む様子もなく進む。しかも魔法を使う様子すら見せずに。
無茶だ。いくら転生者でも魔法を使わない状態では――撃たれればひとたまりもないぞ!
「おい待――」
俺が叫んだと同時に、神の憐憫すら届かぬ宵闇を、無数の閃光と銃声が貫いた。
俺が素早く地面に伏せると同時に、けたたましい魔法銃の破裂音!
さらに地面を揺るがすほどの衝撃と音が俺の体を貫いた。何だ? 一体何が起きている!?
恐る恐る前方を見る。
目の前のソウジは――無傷。
ポケットに手を入れたまま変わらず佇む。しかし魔法を使っているわけではない。
彼の前方に――赤い霧をまとった巨大な斧が地面に突き刺さっていた。
何だあれは?
ひとりでに動く武器……? まさか魔剣……!?
警備兵達も唖然としていた。彼らの銃法撃は1発もソウジに届いていないようだった。
ソウジは無言で足下の土に手を伸ばし、前方へと撒いた。
すると――奇妙なことに撒かれた土は空中で静止。
ソウジは空中にある石ころをいくつか指さすと、突如石ころは青い燐光を放ち始める。
その時俺は気づいた――ソウジの足下に同色の青い魔方陣が広がっていることに。
これは――そうか、これが魔法……!?
「散れ」
ソウジが短く呟くと同時に、青い光をまとった石ころが発射される。
パアン!
複数の破裂音が轟くと――
「おがあっ!!」
「ぐあああ!」
対峙していた警備兵達が腕や足を押さえて悲鳴を上げていた。
どうやらあの石ころが彼らの体を貫いたらしい。
「……ふぅん。時間操作の応用? 石ころが飛ぶ時間を加速させたわけ?」
マーリカが尋ねる。ソウジは振り返らずに返答。
「ああ。時間というより速度だ。時間と速度は同義。それが俺の魔法だ」
「それがアンタの真理ってこと? でもさ、そんなことせずにその斧使ってぶった斬ればよかったじゃん。なんで魔法使ってまで生かしとくわけ?」
「……」
ソウジは振り返らず、斧を手に持ち沈黙を保つ。
「お人好しごっこもいい加減にしなさいよ? あの島じゃ殺しまくってたくせにさ……“スジ”ってやつが通ってないんじゃないの?」
「……殺す必要がない。あんなオモチャで俺は死なん……スジは通っている」
「あのね、殺す気で向かってきた奴を生かすってのはある意味傲慢なのよ。戦いをナメてるってこと。あんた、ちょっとばっかし戦えるようになったからって、調子乗ってるんじゃないの?」
「俺は冷静だ。ただ冷静に状況を判断したに過ぎない」
ソウジは一切振り返らず、次の瞬間素早く斧を真横に投げた。
すると――悲鳴。
「っっがァアアッッ!!」
兵士のひとりが切断された右腕を押さえて絶叫している!
あの斧の攻撃で斬られたのか? 流れ出るおびただしい量の血。地面には……魔法拳銃を握った右腕が落ちていた。
……兵士の方を一度も見ずに、敵の動きを察知し銃を握った腕のみ斬った……のか? バケモノじみた強さだ……
「があぁ! っぐぅ、ああクソがぁ!! お、俺の腕エェっ!! あああっ!!」
「黙って止血しろ! だから、だから転生者になんか関わるなっつったんだ!」
よく見ると、あの二人の兵士はさっき酒場で修道士を拉致しようとしていた二人組だ。ソウジの魔法で怪我を負いつつ、視界の外まで移動して魔法拳銃で狙撃しようとしていたようだ。
「ナメられたっ! あのガキ二度もっ!! 俺をォォっ……!! 痛え痛えぞクソァァ!」
「わからねえのか! 最初から俺達が勝てるわけなかった! 黒髪黒服、異様な大斧の男……! ナインズだ。あの男、ナインズの転生者だ!!」
なんだと……!?
ナインズ……? あの、パスコウ島に姿を現し、30隻以上の海軍艦隊を殲滅したという噂の……?
しかし、ではなぜあの狂人集団のナインズが、敵対した相手を生かすようなマネを?
まさか彼は、ソウジはもしかしするとこれまで誰ひとり殺さずに戦ってきた、のか?
ソウジは振り返らず、背中を向けたまま冷たく言い放つ。
「腕だ。お前の銃口は俺の腕に向いていた。だから腕を斬った」
「ハア、ハ、あ、ああっ!?」
兵士は激痛を抱えながら困惑したように聞き返した。
すると――ソウジがゆっくりと顔を、視線を兵士の男へ向ける。
「まだやる気なら掛かってこい――次は、頭だ」
瞬間――俺は全身の血が引き、滝のような冷や汗をかいた。
殺気。
次は殺すと冷酷に告げるドス黒い意思。
直接それを向けられていない俺ですら、身じろぎ一つできないほど縮み上がる。
違う。
彼が誰も殺してない? 大間違いだ。この尋常ならざる剣呑さは、人を殺した者だけが放つ気配だ。それも何十人、下手すると100人以上を……!
この殺気と対峙した2人の兵士はあまりの恐ろしさに口の端に泡を吐き、気絶寸前の状態に陥っていた。
……格が違う。次元が違う。目の前の存在は、普通の暮らしをしている俺達が触れていい存在ではない……!
「ほんともったいないわねえ。最初っからその調子でいてくれれば……ん?」
「ひ、ひっ! お見逃しを! 私めはただベイルガン殿からの命令を受けただけで……!」
マーリカは怯える門番の男を見て、とても愉快そうに笑う。
「ね、こいつどうする? 道案内兼、盾役として連れ回してみる?」
ソウジは一瞥し首を横に振る。
「いらん。門でも壁でもブチ抜いて進めばいい……さっさと消えろ」
「ひいいっ!!」
ソウジに睨まれ、門番の男は足をもつれさせながら這うように逃げていった。
そのまま教会へと歩を進める二人。俺は急いで体を起こし、必死に彼らへついて行った。
……ナインズ。しかもこんな凶悪な二人と一緒に行動など、命がいくつあっても足りそうにない。
だがそれでも俺は彼らについて行かねばならない。
俺がヒールタブを送ったせいで死んでしまった妹のアトナ。なぜあいつが死ななければならなかったのか、あの神父に問いたださねばならない。
そして今も教会にいるキアラのために……!




