17章-(6)
こいつ……今なんと言った?
ナインズだ、と言ったのか……? 偽装外套を身につけ、村にいた俺とは異なる子供の姿になっている俺に対して……!?
素早くマーリカの方を向くと、彼女もこの状況を理解し鋭い視線をメノウに向ける。
「あなたナインズでしょ!? 一昨日の晩にあの人と一緒にいた黒髪の転生者! あなたにお願いがあるの。わたしをナインズにして!!」
――ナインズに? いや待て、落ち着け。まずお前はどうやって俺を――
「話を逸らさないで! ナインズにしてって言ってるの! あのお方の近くに居たいの! そのためなら何だってする!!」
――だから待てって言ってるだろう? お前の望みは分かった、その前にはっきりと――
「やっぱりあなたじゃ話にならない! あのお方はどこ!? ラスティナ様に会わせて!! あのお方と話をさせて!!」
……ああクソ、テメエの意見ばかりを押しつけやがって、全く話にならねえ……!
無理だろうと思いつつ念のため耳のピアス型発信器からラスティナへ呼びかける。
するとラスティナに代わり、シュルツさんが返信をした。
『マーリカ、術式残滓は?』
マーリカが発信器ごしに回答。
『……まったく感じない。信じられないけど、この子魔法の類いで見破ったわけじゃないみたい。イタイ妄想が偶然当たったってんじゃないなら……』
『……恐るべき素養。村での振る舞いや周囲の扱いから一般的な少女のようでしたが、まだかつての記憶が戻っていない転生者かもしれません』
転生者だと……こいつが?
浅黒い肌に長いまつげ――明らかに現地人のような容姿をしているが、転生者ってのは必ずしも俺のように元いた世界と同じ姿をしているわけじゃない。
この世界の人間として生まれ直している奴もいれば、人外として生まれてきている奴もいる。こいつが転生者でもおかしくはない、が……そうか、初めから元の世界の記憶を持っていない奴もいるってことか。
俺は状況を把握した後、改めてシュルツさんに問いただす。
それでどうする? この女の希望通りナインズに入れるのか? と。
『……仲間とするには不確定な要素が多過ぎますね。生まれた家庭やあの村について、そして彼女がどのように育って来たか調査を行う必要があります。
食費やその他諸々の費用も……いやこれはこの際考えないとして、彼女を抱えるリスクは大きい。しかし転生者だった場合のリターンの大きさも無視できません』
『仲間にしなかった場合のリスクもデカいと思うわよ?』
マーリカの声。先ほどとは異なり声のトーンに緊張感があった。
『やたらラースにご執心でしょ? あたし達が断ったら、募らせた思いの分反動であたし達への憎しみに変わる可能性がある。あの村ではナインズの構成員の顔だけじゃなく戦力の一端も見せちゃったわけだし、敵になるとその情報もジレド側に渡るかもしれない。
……仲間にする気がないなら、転生者として覚醒してないうちに始末するべきよ』
殺すというのか……何もしていないのに。ただラスティナを追いかけてきただけの彼女を。
放置すれば禍根を残す。マーリカの言い分はもっともだ。
だが……だが、それはスジが通っているのか? これはスジの通った殺しと言えるのか……!?
再び心の内の指針がブレ始める。いくら自問しようと答えはやはり出ず、思考が堂々巡りするたびに視線が下へ下へと落ちていく。
出口のない思考を打ち切ったのは、誰より冷静なシュルツさんの声。
『今、ラスティナ様から承認を得ました……ソウジ君、彼女を――』
その時。
「沈黙、逡巡……どうやら彼らナインズは君を歓迎するつもりはないようだ」
シュルツさんの声に先んじて、ヴィンがメノウにそう言った。
「ウソだ! あの人達は何も言ってない! ラスティナ様は何も仰ってない!!」
「沈黙こそが証左だ。まずは客観視したまえ。君のような小娘を、果たしてあのナインズが仲間として認めるだろうか? 君には何がある? 卓越した知識が? 革新的な軍略が? 絶大な魔力が? 秀逸な交渉力が? ……君には何もない。断言する、君はナインズにふさわしくない」
メノウは打ちのめされたように肩を震わせる。が、瞬間キッとヴィンをにらみ付けた。
「……そんなこと知ってるよ。でも! それでも! わたしはっ!!」
「冷静に客観視したまえ。そもそも、ナインズに入って君の望みは叶うのか? 仲間となれば彼女、ラスティナに近づくチャンスは増える。しかしそれで君の願いは叶うのか?
君の願いはなんだ? 単にラスティナを間近で見られるだけで良いのか?」
「わたしは……ちがう。わたしは、ラスティナ様に……」
クッ、とヴィンの口元が吊り上がる。
「君の望みは分からないが、恐らくそれは彼女、ラスティナに認められて初めて叶う類いのものだろう。ナインズという組織に入れば組織という集団に飲み込まれるだけだ。ならば、彼女の視界に入るように振る舞えばよい。
そうだな。単刀直入に言おう。私の養子となりたまえ」
何だと……!? こいつ、まさか。
「私はいずれ彼女、ナインズと肩を並べる存在となる。そうなった時、彼女は君という存在を必ず意識するようになる。君の持つ力を逃した後悔と共にね」
やはりだ。やはりヴィンは気づいていた。彼女が転生者かもしれないという事に。
『マズいわね。どうする? 今からでも首を捕る?』
『それは無茶ですよマーリカ。これから派兵するにあたり彼のもたらす情報やサポートは不可欠となるでしょう。そんな相手の養子となるかもしれない相手を手に掛けるわけにはいきません』
……完全に先手を取られたというわけか。しかし、まだメノウからの返事はない。
メノウは面食らったように目を見開き、そして困惑した表情でヴィンに問う。
「なんで……? あなたは何? どうしてわたしを……?」
「私の名はヴィン・カルバンス。この街ジャンデの領主……の婿養子だよ。養子のそのまた養子という立場になるのは申し訳ない。だが待遇については保証しよう。君には、君の潜在的な力にはそれだけ期待しているんだ」
にこやかに笑うヴィンに、メノウは未だ懐疑の目を向けている。
「わたしの力……? 言ってることがわからない……なんで、なんであなたの養子になればラスティナ様がわたしを見てくれるの?」
「手元にあれば目もくれないが、いざ手元から離れるとなれば必死に追いすがる……人の性のようなものさ。私の元で力をつければ、彼女は君が彼女の手の平から逃れていくことを意識するだろう。
無論彼女のことだ。必死に追いすがるようなマネはしないが、それでも意識はする。ナインズの兵士の1人に成り下がるよりもずっとね」
……上手い。メノウのラスティナへの思い。それを利用しつつ、うかつな一言で激怒しかねないほど思い詰めているメノウの地雷を避け、冷静さを促しながら己に付くことのメリットを明確に提示している。
メノウはヴィンの説得で先ほどよりも落ち着いているが、表情に明確な変化があった。
懐疑的な表情が消え失せ……ヴィンの言葉に集中するような素振り。
どうやら、彼女の中で答えは決まったようだ。
「ちから……そんなのあるかわかんないけど……確かにナインズに入ってもあの方に見てもらえないなら意味ない。離れたほうがあの方にも見てもらえる、かも……」
「そうか。では、どうする?」
「…………なります。わたし、あなたの養子に……」
メノウはそう言ってぺこりと大きく頭を下げた。
『あ~あ、どうすんのあれ……?』
『いえ……まだ彼女が転生者だと確定した訳ではありません。ヴィン・カルバンス……彼は味方とはいえずとも、少なくとも現在は敵ではない。しばらくは彼の元に預けてもよいでしょう』
――ラスティナもそう言ってるんですか?
「ええ。それがどうかしましたか、ソウジ君?」
――いや、なんでもない。俺も異論はない……
異論はないが……それでも胸の内の不吉な予感はぬぐい去れない。
メノウ、そしてヴィン。この2人の動向は今後注意したほうがよさそうだな。




