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転生者殺しの第九騎士〈ナイトオブナイン〉  作者: アガラちゃん
二章「宴の後仕舞」
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2章-(10)運命とは過去に通ずる

 窓一つもない石造りの廊下。

 足下に気をつけながら、頼りないロウソクの明かりを元に、歩く。

 ……そうしているうちに、なんとなく思い出す。


 こちらに転生する前のこと。


 夜の病院に忍び込んだこと。

 

 彼女と過ごした、あの夜のこと。


 ……この暗闇。このまま進めば会えるのだろうか?

 再び彼女に。瑞希に……

 思わずため息をつく。

 ロウソクの明かりがゆらりと揺れる。

 すると――目の前で、人影がゆらりと。


 誰だ……!?


 ロウソクを正面にかざし、視線を真っ直ぐに向ける。

 すると、その先に。


 暗闇の最果てに――1人の少女。


 紺色のセーラー服に腰まで伸ばした黒髪。線の細い端正な顔立ちをした少女だった。

 ……セーラー服? ということは彼女は――彼女も……!?


「…………」


 俺が言葉を発する前に、セーラー服の少女は右腕を伸ばし廊下の角を無言で指さした。

 指し示した先を見る。そこは更なる暗闇。

 もう一度少女へ振り向くと――誰もいない。彼女の姿は忽然と消失していた。


 間違いない。今の少女は……転生者。俺と同じ世界の人間だった。

 俺になにか伝えたいことがあったのだろうか?

 それが、あの廊下の奥に……?


 ロウソクをかざし、俺はさらに慎重に廊下の先を進む。

 足下に気をつけながら、一歩一歩……

 だが。

 なにか、おかしい。

 暗すぎる。

 ロウソクの明かりがまったく地面に届いていない。


 漆黒の霧にでも覆われているかのように、ロウソクの明かりは手元しか――

 ……手元すら見えない。


 それどころか、明かりも見えなくなる。何も見えない。何も、何も、何も。

 待て。この感じ。この闇には覚えがある。

 そうだ。これは――


 俺が、こちらへ転生する前に見た――


「ようこそ、四舵総慈(しだそうじ)


 背後に、誰かが、いる。

 いつの間に現れた? いつから? 何者だ……?

 意を決して振り返ると――俺は思わず悲鳴を上げそうになった。


 男が立っていた。


 体が縦に半分裂かれたような姿の男が。


 シルクハットに黒いコート、口ひげをたくわえた姿はいかにもな貴族っぽい姿だ。

 だがその表情には高貴さ、優雅さ、心の余裕さはまるでない。なんの感情も見えぬ無の表情。

 しかし、こちらを見下ろす無言の圧力を伴う眼には……明確な憤怒が感じ取れた。


「私はこの城の主。そしてお前をこの世界へ召還した者でもある」


 縦半分になった状態で、男はゾッとするほど低く冷たい声でそう言った。

 ……待て。この城の主? 俺を召還、した?

 バラバラのパズルが当てはまったかのように、俺の脳内で一つの答えが組み上がった。


 こいつ……こいつだ! こいつがあの『伯爵』……!


「私のこの姿が気になるか?」


 無表情のままそう問う伯爵。

 俺は答えられずに固まったままだ。伯爵は俺の答えを待たず、残った左腕を前方へ向ける。


「奴の仕業だ」


 俺が振り向くと――暗闇の奥。最果てに、小さな女の子がうずくまっていた。


 ひっく、ひっくとしゃくり上げる声。泣いているのか……?

 やがて、女の子の背後にいる存在にギョッとする。縦に裂けた男、伯爵がもう一人。

 ……どうやら背後にいる伯爵の、文字通り片割れのようだ。


「四舵総慈。お前を召喚する途中で、あの女が謀反(むほん)を企てたのだ。たかが生け贄の分際で……よくもやってくれたものだ……」


 女の子の姿をよく観察する……なにか既視感があった。

どこかで見た。ボニーテールにした髪型……涙に濡れるあの瞳……!


 ――ラスティナ、か……?


「ははは、はははははははははは」


 伯爵が笑う。感情のこもっていない空虚な笑い声。


「そうだ。ずいぶん抵抗してくれたものだが、ここまで追い込んだ――」


 ラスティナの背後の伯爵が言うと、今度は俺の背後の伯爵が言葉を引き継ぐ。


「――潰れるのも時間の問題と思えたが、どうにも決め手に欠けていてな。半身だけではうまく力を発揮できん」

「「そこでだ」」


 二人の伯爵が同時に話す。


「「この女の体を動かし、お前をおびき寄せた。四舵総慈。共に我らの願いを叶えようぞ」」


 ――願い? 何の話だ……?


「こちらへ来い。四舵総慈。ならば我らは一つとなり、愚かな企みと共にこの女は完全に消滅する……私さえ完全なればお前の願いも叶えられよう……」


 ラスティナ側の伯爵が手招きをする。

 よくわからないが、ラスティナの近くに行けばこの伯爵は半分割の状態から元の姿に治るようだ。

それと同時に、ラスティナは死んでしまう。それは理解した。


 ……あの女がどうなろうが知ったことではない。が、こんな訳のわからん奴の言いなりになるのも危険だ。


「どうした? お前の願いを叶えられるのは私だけだ。私と共に来い、四舵総慈」


 ――さっきから訊いてるだろ? 俺の願いってなんだよ?


「……力だ」


 ――なに?


「他の者を生かす力。他の者を守る力。他の者を思慕(しぼ)させる力。他の者を滅ぼす力」

「彼の地を支配する力。彼の地を作り替える力。彼の地を操作する力。」

「己が身を強化。己が身を美化。己が身を特化。己が身を昇華(しょうか)


「「――自在に力を与えよう。望むもの全てを得る力を。

 何を望む? 異世界での冒険か? 異世界での恋愛か? 異世界での自由な生活か? 憎い敵を討ち滅ぼすか? 他者からの羨望(せんぼう)を得るか? 己の力を振い、頼られ、指導し、異世界人達を幸福に導きたいとは思わんか?

 ……元の世界では誰もお前に振り向きはしなかった。だがここでは違う。誰もがお前を認め、尊敬し、感謝し、お前という存在を愛するだろう。私が与えるのはそのための力だ」」


 ――くだらねえ。


「「な……」」


 俺が吐き捨てると、伯爵は無表情のままやや面食らったように動きを止めた。


「「なんだと……?」」


 ――誰もそんなもんが欲しいとは言ってない。俺が欲しいのは元の世界へ帰る方法だけだ。


「元の世界に帰りたいだと……? そんなはずはない……」

「元の世界に絶望しているはずだ。元の世界に失望しているはずだ。元の世界に憎しみを抱いているはずだ。元の世界に不満を持っているはずだ」

「己の境遇に不満があり、己の境遇を嘆き、己の境遇を自嘲し、己の境遇を哀れみ、己以外の全てを憎んでいるはずだ」


 背後とラスティナ側の伯爵が、交互にブツブツセリフを交わし合っている。


 ――勝手に俺の望みを()し量るなよ。それより知らないのか? 元の世界に帰る方法を?


「「…………」」


 伯爵がおし黙る。何で元の世界に帰りたいって言っただけでこんなに動揺してんだ?

 こんな世界に興味はない。俺には一刻も早くやらなきゃならん事がある。


「……なるほど。これは“知る”必要がある」


 背後の伯爵が、俺の頭に手を置いた。

 すると――ずるり、と伯爵の手がバターのように溶けた。

 いや、違う……!


 溶けているのではない……一体化している……俺の頭と……肉と……細胞と……!


「知らねばならぬ。他の転生者とは異なる四舵総慈の思考。記憶……」


 恐怖の中で、俺はなぜか過去の記憶を思い出す。

 まるで走馬燈のように蘇るさまざまな記憶。

 いや――違う! これは俺の意思に逆らいDVDの如く反芻(はんすう)されている!

 強制的に暴かれていく! あの日の記憶。あの日。あの時の――!!


 ――やめろ! やめろおおぉっ!!


 絶叫する俺の目の前に、伯爵のとろけた二本の指が現れる。

 そしてそれは当然のように――俺の眼の中へずぶりと侵入した。

 瞬間――周囲は完全な闇に閉ざされた。


 ――――――――


 無音。暗闇の中、どこかに落ちていく感覚。

 この感覚には、覚えが、ある。

 この世界に来る前。元の世界の――――

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